018
「ご、ごめんなさい……こんな時間に、お邪魔しちゃって……」
不思議というか予想外というか、やってきたのは東雲さんだった。
ドアを開けたときには何事かと思った。
すっかり暗くなったこの時間にやって来るなんて。
「そっちはいいけど、東雲さんこそ大丈夫? なかなかいい時間だけど」
「だ、大丈夫。その、お姉ちゃんにも相談してきて、許可ももらったから……」
つまり送り迎えのために待っている、と。
この部屋の正面じゃないにしても、どこかで。
東雲先生だって疲れてないわけじゃないだろうに。
わざわざ俺達のところまで連れて行くなんて。
先生本人も気になってるだろうに。
「や、やっぱり明日にした方がよかったですか? 途中まで、その方がいいかもって、思ったんだけど……」
「それこそ今更でしょう。明日またここまで来るのは二度手間にしかなりませんよ」
「それは同感。先生に送ってもらうにしても、そうじゃないにしても、それなりに時間はかかるだろうし」
今回はイリアに全面同意。
ここまで来てもらったのに帰ってもらうなんてさすがにできない。
東雲さんにも、先生にも色々と悪い。
明日までとなると東雲先生も気が気じゃないだろうし。
今日の模擬戦の疲れだってきっと抜けきってない。
……一晩休むこともせずに来た辺り、相当立ったんだと思う。
その東雲さんはといえば、テーブルを心配そうな表情で見ていて。
「で、でも、二人とも食事……」
「あ、そうだ。東雲さんもいる? 食べながらなら、気にしなくて済むんじゃない?」
「そんなことしたら、天条くん達の分が……」
そんなこと、気にしなくていいのに。
俺とイリアの二人だけが食べるわけにもいかないし。
だからといって、俺達が食べないとそれはそれで東雲さんが気に病みそうだし。
それに、今夜に限っては本当に心配してもらわなくても大丈夫。
「大丈夫、大丈夫。少し多めに作ってあるから」
「ほ、本当に……? その、無理に分けてもらわなくても……」
「本当、本当。もう今日のメニューが決まってるなら無理にとは言わないし」
「そんなことは……。……い、いいの?」
「東雲さんの方が大丈夫なら」
本当に、変なところを気にしちゃって。
わざわざ何度も念を入れるようなことをしなくてもいいのに。
足りなかったらその時はその時なんだし。
そのくらい東雲さんも分かってるだろうに、それでもしばらく悩んでた。
「……えっと、今お姉ちゃんに連絡するね……?」
……なんか、逆に気を遣わせてしまったような。
先生に怒られなきゃいいけど。
てっきりちょっと話すくらいのつもりだっただろうし。
「……うん。そう。そういうわけだから、もうちょっと……」
東雲さんときたら、そのまま本当に先生に連絡をかけ始めた。
あんまり長引かせない方がいいかも。
無理に食べてもらわない程度に。
「(……食材の都合でたまたまそうなっただけですけどね。今夜は)」
「(大した偶然だよ、本当に)」
余ったら明日の弁当にでも詰めようと思ってたけど、無くて困るわけでもない。
「それじゃあ、その……いただきます……」
東雲さんがお許しをもらえたみたいだから、ひとまずはそれでよし。
それでもどことなく遠慮気味だったけど、おずおずと――
「あ、美味しい……」
――ひとまず、東雲さんの下に合わないことはなかったみたい。
変なものを作ってるつもりはないけど、イリア以外に食べてもらう機会なんてめったにない。
いくら俺でも、そのくらいは緊張する。
「人に出せないようなものは作りませんよ。桐葉は」
「あれだけ教えてもらったからには、さすがに」
美咲に母さんにおばさんに、と教えてもらってたから間違いはないと思うけど。
それでも気にならないわけじゃない。
「えっ、これ、天条くんが……?」
「? そうだけど……」
ただ、東雲さんが気になったのは味じゃないみたいで。
「ご、ごめんなさい。その、あんまりそういうイメージがなかったから……」
「……あぁ~……」
そう思われるのも仕方がないかも。
言われてみれば、そんな話をした覚えはない。
いつもの言動からして、全然そういう雰囲気もないし。
美咲と違って――なんて言うと、本人は嫌がりそうだけど。
「ここには食堂がないでしょう? ですから、ある程度は作るしかないんですよ。それで桐葉が作ってくれているというわけです」
「毎回買いに出かけるのも手間だし」
「す、すごいね……?」
東雲さんも普通に作ってそうだけど。
東雲先生、遅くなることもあるだろうし。
……言われてみればこんな話をする機会もなかったっけ。
「あれ……でも、それじゃあ、天上さんは……」
(…………あっ)
この話題はヤバい。よろしくない。
早いところ別の方にもっていかないと――
「……私が、何か?」
(…………遅かった)
どうしろと。
真顔の衣璃亜のことを俺にどう説明しろと。
「えっと、その、料理とか……」
「料理ならここにありますよ。桐葉が作ってくれたものが」
「だから、そうじゃなくて……」
「? なんのことでしょう。私にはさっぱり分かりませんね」
(イリア……)
お願いだからそのくらいにしてほしい。
東雲さんがさっきからすっかり困っちゃってるから。
「別にいいじゃん。隠さなくても。俺だって、昔からあいつに教わってなかったらこのレベルすら作れなかったんだし」
「いいんですよ。私が美味しいと感じるんですから」
「今はそこじゃなくて。それを言ってもらえるのは嬉しいけど」
そうだ。そうだよ。
そういう話をしてこなかったんだから、知るわけがない。
そもそも食事の時間に誰かが来ることを想定してなかったのもあるけど。
「あら、どうかしましたか? 私には何の話をしているのか見当もつきませんね」
「よくもまあ平然とした顔で……」
だからといって、やるか。ここまでやるか。
惚ける気があるのかないのか分からない。
こんな露骨な態度を取られたら誰だって勝手に気付く。
「えっ、と…………?」
「多分、東雲さんが想像してる通りだと思う。……この話は、この辺りで」
「そ、そうだね……」
……具体的に何とは聞いてないのに、東雲さんが気を遣ってその話題を打ち切るくらいには。
「それより、あなたはどうしてここに? 一人を省いて反省会をしたいわけではないでしょう?」
「あ、はい……。そっちは、また明日に改めてやろうって、お姉ちゃんが……」
これ幸いと便乗したのはどうかと思うけど、それはそれ。
話を聞こうと思っていたのも本当のこと。
明日のミーティングを待てなかった理由もあるんだろうし。きっと。
「小城には話しづらいこととか? 俺も席外した方がいい?」
「そ、それは大丈夫っ」
「……そんな、必死に否定しなくても」
それなら他の人のところを訪ねてただろうし。
気になってるって言うのもあるけど――
「むしろ、その、天条くんにはいてもらわないと……」
「お、俺?」
…………一体、どういうことだ?




