013
「ど、どこに行った……?」
「そんな焦らくなくたても、近くにいるって! 見ただろ、さっきのスピード。そこまで遠くには逃げられないだろ!」
所在を探る声が響く。
走り回る足音が、離れていても耳に届く。
(好き勝手な物言いも……あまり、いい気分はしませんね)
背後から聞こえてくる声に、衣璃亜は思わず顔を顰めた。
無論、衣璃亜の走力に対する評価など原因ではない。
見ず知らずの他人に何を言われようと、衣璃亜にとってはどうでもいいこと。
それより、彼女の脳裏にはかつての恐ろしい記憶が蘇っていた。
桐葉と出逢うきっかけともなった日のこと。
黒い怪物を操る者達に追われていた時の感覚を、衣璃亜は思い出さずにはいられなかった。
(よりにも寄って、私の相手に二人も向かわせますか……。面倒なことを……)
煙幕の中で封魔石の追撃で分断されてから、衣璃亜は常に二人に追われていた。
追い立てる二人も、慣れた様子はない。
意思に封じ込められた魔法が衣璃亜に届いたことは、ただの一度もなかった。
名前こそ覚えていなかったものの、彼らが新入生だと予測するのは衣璃亜にとってそう難しい事ではなかった。
(不自然な程に準備がいいようですし、どうしましょうか……。こんな時まで桐葉に頼りきりというのは、避けたいところですが……)
桐葉と合流しようにも、現状では振り切れない。
相手側の脱落者が出たことを知らせるブザーは未だに聞こえない。
桐葉が多対一の状況に追い込まれていることは想像に難くなかった。
(……時間をかけても、こちらが不利になるだけですね……)
しかし既に、2943側は一人脱落者を出してしまっていた。
それが小城宏太か東雲三凪のどちらか確かめることはできていない。
しかしながら、残ったもう一方も数的不利に追い込まれていることは確かだった。
(勘違いでも起こして、どこかに移動すればいいものを……。いつまで待たせるつもりですか)
――桐葉がこの状況で脱落するなどあり得ない。
それは衣璃亜にとって、もはや不変の事実と言ってもいい。
現場を見ていなくとも、彼女が疑問を抱く余地などない。
(……彼のように、少し強引な手段とやらに出てみましょうか)
場所を特定されるのも承知の上で、衣璃亜は封魔石を手に取った。
これまでの反撃を宛てられていなかったのは衣璃亜も同じ。
しかしそもそも投げた回数が少なく、支給されたうちの7割以上が手元に残っていた。
「やっぱり、もうどこかに行ったんじゃないか? ほら、風の魔法を上手く使ってさ……」
「馬鹿、そんな高等技術を持ってるやつなんてこの学年にいるわけないだろ。先輩だってまだてこずってるのに」
「それはそうだけどさ……」
呆れるほど根拠のない決めつけだと衣璃亜はため息をつく。
当然、先の思考と関連付ける事などない。
「疑うのもいいけど、その前にあれを使ってからにしようぜ。もしかしたらどこかにいるかもしれないんだから」
「……まあ、いいけど……」
しかしその時、衣璃亜は首を傾げた。
「……?」
何かをあちこちに仕掛けた様子の2名の態度に、不信感を抱かずにはいられなかった。
(この程度の時間で、一体何を――)
その正体を確かめようと、衣璃亜が足を踏み出そうとした瞬間。
「な…………っ!?」
――突如、強烈な光が辺りを包んだ。
「おいおいおい、二人目かよ……っ!」
鳴り響くブザーに、小城は絶望感にも似たものを覚えた。
続けざまに光の柱が立ち上った直後、またしても2943側の脱落を知らせるブザーが響いた。
訊き逃していなければ、これで二回目。
小城を除けばあと一人しか残っていないということになる。
(さすがに天条はまだ無事だよな? あいつが残ってなきゃマジで勝ち目ねーぞ、これ!?)
桐葉一人残っていればどうにでもなる――そんな楽観的な思考は、小城の中になかった。
しかし桐葉が脱落していた場合、もしものことすらあり得ない。
宏太と三凪、そして衣璃亜。
そのうちの二人がどのような組み合わせで残っていようと、2対7の状況を覆せる筈がないのだ。
「ハァ、これ、きつい。マジで、キツイ……っ」
宏太自身、追っ手を振り切るために体力のほとんどを費やしていた。
その甲斐あって、周囲に他者の気配はない。
もちろん、チームメイトの気配も感じられない。
(しかもなんか向こうばっかデカイのポンポン使うしさぁ!? 不公平にも程があんだろ……っ!)
――それもこれも、2811側が予めそういった計画で纏めていたからこそのこと。
それ理解していたものの、不満はあった。
2811との手数の差は、もはや倍半分どころのものではなくなっていた。
宏太自身、これまでの経過でそう感じていた。
(っべーよ。こんなのどーしろってんだ……? 教団のやつらでもここまではやらねーって……)
むしろ、実戦の間にこれほどの量を仕掛けられるのかとさえ宏太は思ってしまった。
二人目が脱落した直前の光の柱が、なおさら彼にそう思わせた。
「――こっちはどう? まだ見てないんじゃ?」
(げぇ……っ!?)
さらに悪いことに、彼の耳に2811の生徒の声が聞こえた。
分断された直後、追っていた男子生徒のものではない。
声の高さからして、明らかに女性ものだった。
「まだ見てない。……広すぎるんだよ、ここ……」
「文句言わない。狭くしたっていいことないんだから」
しかし、その男子生徒もその傍らにいた。
(おいおいおい……! そりゃねーだろ、こっち来たのかよ!?)
一人であればまだチャンスはあった。
しかし二人が相手となると、とたんに望みは薄くなる。
(くっそ、こうなりゃ――!)
――これ以上待っても、状況が悪化するだけ。
「…………あり?」
そう思って飛び出した小城が見たのは――誰もいない、森だった。
「……この辺りに入ると思ったよ」
しかし。
「げっ――――」
小城の視界を、両脇から爆炎が覆っていった。




