012
「――どうやら、今回はあまり芳しくないようですね」
次々移り変わる映像を眺め、火村は呟いた。
各所に設置されたカメラは生徒たちの動きを正確に追っていた。
たとえ煙に覆われようと、その程度で見失うようなことはなかった。
「ああ、別に二葉先生の指導力に難があると言っているわけではありません。……少し意外だったというだけです」
見失いことがなかったからこそ、2943側が追い詰められている様子が鮮明に映し出されていた。
当然のことながら、2811側に脱落者はない。
人数だけで見ても2943側にとっては絶望的と言っていい状況だった。
「神堂零次に見てもらったとはいえ、やはりまだ若い。……さすがに、二人で相手取るのは難しそうですがね」
比較的経験値の多い――少なくとも、この場に集まった者達はそうだと考えている――桐葉も、三人を相手に決して有利とは言えなかった。
封魔石による攻撃を逃れてはいたものの、反撃に転じるのはごく稀。
それだけの余裕がないことは誰の目にも明らかだった。
「彼の脱落も時間の問題でしょう。まだまだ荒削りな方ですし、よくやった方です」
――その時、桐葉達を映していたカメラの映像が二つに割れた。
桐葉の足元より起きた激流。
彼の姿を消し去った一撃は、たちまち画面を二分してしまった。
「ああ、やはり。……うちの生徒達が、うまく誘導できたようだ」
「……みたいですね」
罠が設置されていたその場所に、桐葉が降り立ってしまった。
回避した様子はない。
激流によって突き上げられたのは、誰の目にも明らかだった。
「気に病む事ではありません。東雲先生。何せ彼らはまだ一年生――
「ですが」
仕方がないという火村の言葉を、二葉は遮った。
「まだまだ荒削りなところも天条君の良さだと、私は思いますよ」
もちろん妹達も――と、どこか自信ありげな表情でそう言った。
「それに、脱落してしまうと決めつけるのは早いんじゃありませんか? 火村先生」
二葉の表情に迷いや焦りはない。
視線をモニターに向けたまま、真剣な顔つきを崩さず、そして。
「まだブザーは鳴っていませんよ」
「……?」
言われて、火村は首を傾げた。
二葉の言う通り、鳴るべき音が未だになっていない。
直撃したのであれば、とっくに警報器が作動していてもおかしくないというのに、だ。
その事実に、審査へ訪れた者達もざわめき出す。
嫌な予感は伝播し、部屋中を薄暗い雰囲気に包んでいった。
「何故だ。まさか装置が故障したのか?」
「現場の生徒に確認を! 火村、誰でもいいからすぐに――」
しかし、違った。
「なんだと……!?」
天条桐葉はまだ、脱落などしていなかったのだ。
(いつまで出てるんだよ、これ……っ!)
氷の足場を補強しながら、桐葉は毒づく。
真下からの激流を受け止め、削られていく氷の盾。
そこへ更に氷を付け足しながら、桐葉は凌ぐ。
(そろそろこっちの重さで押し返せると思ったのに、そういう雰囲気もないし。こんなに持続時間が長いなら実践で使えばいいのに……っ)
足元から激流が噴き出したその瞬間、桐葉は自身の足とそれの間に割り込ませるように分厚い氷を作り出した。
それを盾にして、桐葉は攻撃を受け止めた。
その甲斐あって、彼は未だ脱落せずにいた。
むしろ大きく押し上げられたことで、2811の生徒達の視界から外れることに成功していた。
(どうしようか、これ……さすがに向こうも、音が聞こえないことには気付くだろうけど……)
桐葉は最初、上に飛ばされたことを利用してこの場を離脱するつもりでいた。
しかし周囲は緑で埋め尽くされ、その余裕はない。
飛び移ることはできても、その先に繋ぐのが難しいと感じていた。
(……なんて、言っても駄目か)
――観念したように、ため息をつく。
先の展開につなげるのが難しいことに変わりはない。
人数の面で大きく不利な状況であることは確かなのだ。
(それ、じゃあ……っ!)
桐葉が飛び退いたのと、激流が収まったのはほとんど同時だった。
彼が思わず作為めいたものを感じてしまう程、狙いすましたようなタイミングだった。
(ぎ、ギリギリ……っ! 今の今まで持ってたのに……)
氷の盾も直に落ちることを桐葉は止めなかった。
破壊したところで、破壊しようとしたことで気付かれる。
攻撃を行った何者かがいるという事実から気付かれる。
そもそも、桐葉が下りてこない以上、そこにいないのは2811の生徒達にも伝わってしまう。
自信の健在を悟らせない方法を、桐葉は思いつくことができなかった。
否、考えようともしなかった。
(……こいつは、お返しっ!)
桐葉は自らが持つうち、炎の魔法が込められた封魔石に衝撃を与え、一気に手放した。
「えっ、ちょっ、何!? なんか大きな氷が降って来たんだけど!?」
「俺聞いてない! リーダー、リーダー! 何とかして!」
「退避だ、それ以外にない!」
落下までの距離は決して短いものではない。
桐葉が思案して、ようやく氷の盾が地面にぶつかった。
地面に落ちるより早く、爆発するのは間違いない。
「ね、ねぇこれどういうこと? なんでこんなの降って来たの!?」
「ほ、ほら。さっきの子が乗ってたとか。……で、彼は?」
「そこまでは分からん。だ、だが、ここにいないということは……」
桐葉の位置からでも、2811の生徒たちの居場所は手に取るように分かった。
話し声が桐葉の位置にもはっきりと聞こえていた。
上を探ることなく、戸惑った様子で周囲を見回していた。
(……心配させちゃって、申し訳ないけど――)
桐葉も、罪悪感を覚えなかったわけではなかった。
「お互い様って、ことで……!」
しかしだからと言って、ここで大人しく姿を見せるわけにはいかなかったのである。




