010
「こんのっ――!」
開始の合図とほぼ同時に襲ってきた激流。
(ぎ、ギリギリセーフ……っ!)
それを寸でのところで受け止めたのは、桐葉の《氷壁》だった。
激流を目にしたその瞬間、彼は込められる限りの魔力を注ぎ込んだ。
全員を守り切れる強固な防壁を、一瞬のうちに作り上げたのだ。
(やっぱり、どこかに隠れて……? かなりの威力だったけど――)
激流の消失を確かめ、すぐさま桐葉は魔法を解く。
その一撃を防ぐための防壁はあまりに大きかった。
それこそ、桐葉達自身の視界を遮ってしまう程に。
「マジかよ、今の……。あんなにデカいとか聞いてねーぞ……」
「い、一応、候補の中にはあったよ。……持ち運びが大変だから、そんなに多くは持ってないと思うだけど……」
「どちらにせよ、警戒するに越したことはありませんよ。今回は桐葉のおかげで脱落者を出さずに済みましたが」
発生させられる魔法そのものの規模には、小さくない差があった。
無論、支給された装備が彼らに致命傷を与えることはない。
攻撃パターンを統一しないようにするためのものだ。
「そ、そうだった……。ありがとう、天条くん。防いでくれて……」
「お互い様だよ、お互い様。今回は俺が一番近くにいたってだけで」
そして、激流は桐葉の正面に姿を現した。
間違いなく、桐葉を中心に捉えていた。
(……さっきの人達から伝わってるんだろうな。俺達の居場所)
桐葉を狙ったのは誰の目にも明らか。
四人の間に、緊張が走る。
「これ、やっぱしばらく全員で固まったまま行こーぜ。……悪りぃけど、またあれが来たら頼むわ。天条」
「引き受けた」
小城を先頭に、四人は歩き出す。最後尾は桐葉だ。
菱形の陣形を最低限保ったまま、手近な木に身を隠して様子を窺う。
先日、“光る蝶”の発生源とも言えるその場所へ赴いた時のように。
(……次はきっと、やり方も変えてくるよな。さすがに)
その時の感覚を頼りにしつつ、幹に背中を預ける桐葉は注意深く周囲を探る。
最初に使われたものが最も規模の大きなものだと桐葉は記憶していた。
だからこそ、同じような正面突破を仕掛蹴る可能性は低いと判断した。
「マジでどうなってるのか分かんねー……。この先にまでいたら笑えねーぞ」
「挟み撃ちだけは気を付けておくから。とりあえず、もう少し奥の方に――」
そして実際、その予測は正しかった。
「……? いま、何か――」
三凪が気付き、足元を見る。
鈍い音の発生源を探すべく、視線を下に向ける。
「「「っ……?!」」」
――しかし、遅かった。
(煙幕!)
突如として起こった黒い靄は、あっという間に桐葉の視界を覆ってしまった。
手を振り回して払っても、まるで消えない。
そうしている間にもその範囲を次第に広めていく。
(この音!)
更にそこへ、小さな爆発音が響く。
耳を澄ませなければ聞こえなく以来小さな襲撃の音が、桐葉の耳を震わせた。
「まとめて蹴散らせ、《突風》――!」
分断されまいと、すかさず桐葉は自らを中心に渦を巻かせた。
辺りを覆い尽くしてしまった煙幕を霧散させるための魔法だった。
仲間達を吹き飛ばしてしまうことの無いよう、威力も抑え込んだ。
「……今の、ギリギリ反則じゃない?」
「煙を吹き飛ばすために使ったんで。センパイ方をどうこうしようなんて、これっぽっちも思っていませんでしたよ?」
「それもそっか。痛くもなかったし」
しかし煙がかき消された時、そこにいたのは今日初めて顔を合わせた上級生だけだった。
衣璃亜達の姿は既にない。
煙に覆い隠される直前にいた筈の場所にも、見当たらない。
(……ここまで強引に分断するのかよ)
先程の爆発で否応なしに遠ざけられたのだと、そう考えざるを得なかった。
「でも困ったなー。本当はさっきの《煙幕》が消える前にキミをなんとかしたかったんだけど。こんなにあっさり出てくるなんて」
「それはどうも。これ以上そっちのペースに乗せられたくなかったんで、願ったりかなったりです」
「こっちの予定も狂いっぱなしなんだけどね」
「それでも俺達よりはいいでしょう」
「そうでもないよ? キミが残ってるってだけで大誤算。おかげでこっちの仕事も増えちゃったし」
雑談するかのような態度に、桐葉も調子を狂わされる。
(これだけ感じないってことは……やっぱり、思いっきり離されたんだな)
しかし桐葉の最優先事項に変化はなかった。
「……そんなに嫌ですかね? 俺の相手」
「対戦相手に出てきてほしくない後輩ランキングのナンバーワンだよ。知らない?」
「そんなランキング見たこともないですね」
2811の生徒を振り切らなければ、仲間との合流は難しい。
借りに合流できても、混戦は避けられない。
「……でも、そこまで嫌なら――」
支給されたポーチに、桐葉はそっと左手を置いた。
「こっちもまたの機会にさせてもらいますよ!」
「あっ、ちょっと……!?」
目的の品をしかと掴み、すぐさま地面を蹴った。
「……なーんちゃって」
しかしながら、《煙幕》の封魔石を投げる余裕はなかった。
「――そっちに行かれると困るんだよねっ!」
突如として、壁がそびえる。
(ばっ――――!?)
すかさず体を捻り、右手で壁の縁を掴む。
勢いそのままに背丈の倍ある壁を飛び越えようと、力を込めて引き寄せる。
「ちっ……!」
しかし、その先に更に高く分厚い壁が聳え立つのを見て、桐葉は動きを止めざるを得なかった。
一つ目の壁に降り立ち、周囲を探る。
それでも衣璃亜達の姿を見つけることはできない。
(……用意周到なことで)
それどころか、自身を対象とした包囲網が形成されているという事実を突きつけられた。
「……そっちこそ、これは反則じゃないんですかね?」
「いいだろ? 退路を塞ぐためなんだから。そんなの使ってたら審判に即刻退場させられるって」
「……ですよね」
桐葉が降り立った壁は、たちまち崩れ去った。
先ほど桐葉がそうしたように、作り上げたその人の手によって解かれてしまった。
「それよりも、あんまり驚いてないみたいで俺ショック。なんでそんな平気そうな顔してんの?」
「最初の激流よりも早い段階で見えましたから」
「だからって普通、あんな動きできないでしょー」
「そいつはどうも。おほめいただき光栄ですよ」
返しつつ、桐葉は視線を逸らす。
自身を標的としている人物が二人だけでないことに、桐葉は気付いていた。
壁に乗り移った時、近付く魔力を感じ取っていた。
「察しの通り、三対一だ。……ここで止めさせてもらうぞ」
「……俺一人に大盤振る舞いですね」
冷たい汗を拭いながら、遅れて姿を現した三人目へと視線を向けた――。




