012
「げ、とはなんだい。げ、とは。仮にも先輩に向かってその態度はどうかと思うよ?」
こんなタイミングにやって来られたら言いたくもなる。
一体どこに隠れていたのかも分からない。
追い越した覚えはないし、五分前に見た時は後ろに誰もいなかった。
「これは大変失礼いたしました先輩様。どうぞ、学び舎はあちらにございますので早急に行ってらっしゃいませ」
「なんちゃって執事してんじゃねーよ」
「これほど言葉と態度がかみ合っていない対応は初めてだよ」
それは当然。本気で言っているわけじゃないんだから。
もちろん先に行ってくれるならそれでいい。
是非ともそうしてほしい。……イリアもそろそろ呆れを通り越す頃だろうし。
「それより、何? 小城は。先輩の味方?」
「オメーのボケに突っ込んでやってんだよ」
「別にボケてないのに」
「その主張には無理がありますよ」
イリアまで。
もしやと思って向いたら、やっぱり東雲さんも小さく頷いていた。
敵軍しかいないのか。ここは。こんちくしょう。
「まったく……この前といい、随分と行儀がいいんだね。君は。ちょっと声をかけただけなのに」
「あ、今日はしないんですね? 取材」
「君が受けてくれるなら私はいつでも大歓迎だけどね?」
「謹んでお断りさせていただきます」
てっきりそれらしい流れを作ろうとしているのかと。
昨日のこともあるから油断はできない。
情報提供者さんの方はどうしようもないけど、きっとこの先輩とはこれからも会うことになる。
「そもそも……君に取材をした事はまだ筈だよ? 誰かと勘違いしていないかい?」
「あっ、あぁ~……そうでしたね。ついつい。噂と混同していたみたいです」
……危ない危ない。
まだどころか、これからもなくていいけど。
運動部の活躍とか、そっちの方面に話題はいくらでも転がっているだろうし。
少し露骨だったから怪しまれたのかと思えば、先輩は。
「ほう。噂。誰が誰のことを話していたのかな?」
「プライバシーの侵害ですよ」
「大丈夫だよ。君が情報提供者だということは伏せるから」
「俺が言ってるのはその話じゃないんですけどね?」
――やっぱり、忘れてるんだろうか。
センセイ方の秘密どころか――なんて言われるような人がこんな簡単に。
……あっさり忘れさせられたというのも、それはそれで腑に落ちないけど。
組織がちゃんと対応したんだから、もしものことなんてない。その筈だ。
組織の専門部隊の腕は俺も知っている。
俺達の親睦会に乱入されたあの事件も、まるで話題になっていない。
ぼや騒ぎになったとか、ナイフを持った男が出たとか。
それらしい話はいろいろ聞くけど、あの化け物についての噂はまるで聞かない。
だから、東雲さんの話には余計に驚かされた。
先生の話が本当なら、すぐに消された筈の映像を持っていたことになる。
(俺の警戒し過ぎなら、それでいいけど……)
なんだろう。この違和感。
覚えていないと言われても、引っ掛かる。
何か釈然としないものが今でも胸の内で渦巻いている。
具体的にそれだとは一言も言っていないのに。
結局、昇降口に着いても、その違和感を拭いきることはできなかった。
「うへぇ……」
ようやくやってきた昼休み。
テーブルにもたれかかった小城からは、活力というものを感じない。
すぐさま教室を出なきゃいけなかった昨日が嘘のよう。
……昨日この調子だったら最悪置いて行ったかもしれない。
その分授業の退屈さは三割増し。……どうしてあんなものをありがたがっていたんだろうな、俺。
「何これ、一体どうした? 撃沈?」
「あなたが分からないのなら私にも分かりませんよ。――どうなんですか?」
「わ、私もちょっと……。見てたわけじゃないから……」
いくら中学の復習が終わったからって、こんな。
別に抜き打ち小テストがあったわけでもなんでもないのに。
集まっても、天板に倒れた小城はうんともすんとも言わない。
頭の下に敷いてあるのは教科書とノート、それから筆箱。
痛くないんだろうかと、覗き込もうとしたその時――小城は、突然起きた。
「……少しは心配してくれてもよくね!?」
悲痛に思えなくもない叫びと共に。
そんなことを言われてもどうしろと。
最初に声をかけた時にはほとんど何も反応しなかったのに。
「してるよ。だからまずは原因を突き止めようと思ったんだよ」
「なんでだよ。その前に声かけるとかあるよな? なぁ?」
「あれだけ叫ぶ体力があるなら問題ないでしょう」
「イリア、気持ちは分かるけどそのくらいで」
それ、死体蹴りだから。そのまま続けると本格的に動かなくなるから。
小城も本気でくたばりかけてるわけじゃないだろうけど。
「おいちょっと待て。『気持ちは分かるけど』じゃねーよ。味方の振りして追い討ちかけてんじゃねーかよ。オイ」
「はてさて、なんのことだか俺にはさっぱり」
ほら、やっぱり元気じゃん。
そんなことだろうとは思ったけど。
昨日の今日で朝練にやる気満々だった小城が、ここに来て疲れるとは思ってない。
それに、イリアの提案で今日はメニューも減らしてあった。
体育もなかったし、動けなくなるほど疲れるなんてことはさすがにあり得ない。
「東雲……っ」
それなのに小城ときたら。
東雲さんに縋りつくような真似までして。
「えっ、あ……小城くん、大丈夫……?」
東雲さんが断れないって、分かってるくせに。
「……うわー……」
「おい、なんだよ。なんだその目。言いたいことあるならはっきり言えばいいじゃねーかよ」
小城にだけは言われたくない。
東雲さんにわせた後で、『こういうのだよ』と言わんばかりの目を向けてきた小城にだけは。
それに関してはやっぱりイリアも同意見だったみたいで――
「あんなやり方で言わせて満足ですか?」
「そこまで言わなくてもよくね!?」
……訂正。俺より容赦なかった。
言っていることは正論。全くもってその通り。
それにしたって、何もそこまで言わなくても。否定はしないけど。
(……って、そこまででもないか)
「いやいや、言えって言ったのは小城の方だし」
「誰も蔑んでくれなんてひとことも言ってねーよ」
「それに関してはもう自業自得としか」
東雲さんのことだ。あんな風に頼んまれたら言うに決まってる。
小城だってそれが分かっているからあんなことをしたんだろうし。
早く東雲さんにお礼くらい言えばいいのに。
「で、結局原因って? やけにぐったりしてたけど」
「さっきの授業全部」
…………マジか。
「小城……勉強会、やる? 朝練の代わりに」
「おい止めろ。マジトーンで言うな。怖ぇーんだよ!?」
失礼な。
人がせっかく親切心から提案したっていうのにその言い草か。この野郎。




