008
「――どーせ全員揃ってたんだし、あのまま学校に向かった方がよかったかもな?」
一晩経っても新しい情報は届かず、翌日。
本人が言った通り、それどころか一番乗りでやってきた小城がそんなことを言い出した。
「さすがに遠すぎる。それにないじゃん。着替えが」
「そこはアレだ。俺の部屋でぱぱっと」
「イリアと東雲さんを外で待たせることになるのに?」
今朝のトレーニングには、東雲さんもいた。
だから、気持ちは分かる。四人全員があの時点で揃ってたから。
荷物とか、準備とか、いろいろと問題はあるけど。
もし直接向かうなら荷物も全部持って行かなきゃいけない。
まさか走っている間イリアに持ってもらうわけにはいかないし。
「じゃあどーしろってんだよ。代案くらい出してくれよなー」
「ないって。俺は最初から今まで通りでいいと思ってるし」
「そんな調子でいーのかよ。おい」
「いいんだよ。今のところはこれで概ね上手くいってるんだから」
不満そうな小城には悪いけど、個人的にはそれがベスト。
送り迎えの手間くらいは減るかもしれないけど、他の問題が多過ぎる。
向こうみたいに拠点に泊まらせてもらえたらまた違ったんだろうけど。
集合場所を変えるとか、そのくらいならまだいい。
でもそういう話は東雲さんが来てからじゃないと。
「まだ来ていないんですか。珍しいこともあるものですね」
――コンビニから戻ってきたイリアも、一目見て不思議そうにしていた。
そう。東雲さんだけがまだ来ていない。
こんなこと、今まで一度たりともなかったのに。
「やっぱ、そーだよな? 珍しいっつーか……東雲、いつも一番に来てんのに」
東雲先生の時間に左右されるから、仕方ないといえば仕方ない。
それでも、何か東雲先生の都合があるなら人ことくらい連絡してくれる筈。
昨日。あの話をしてくれた時も特におかしな様子はなかった。
「そ、そういうことじゃないんです。だから……」
「まあまあ、そう言わずに。ほんのちょっとだけでいいんだ。悪いようにはしないから」
……誰の声だろう。今の。
声は二人分。どっちも高い。
はっきりと聞こえてきたから、声の主たちも遠くない筈。
「おいおい……今時ナンパかよ。っつーかここ学校の近くだぞ……」
「じゃあ、どうしてもヤバそうなときはそっちにお任せの方向で」
「ま、ほっとけねーよな。さすがに」
とはいえ、いくらなんでもこんなところでやる馬鹿なんてさすがに――
「――ほ、ほんとに知りませんから……!」
――いる筈がない。そう思っていた。
(……マジか。あの人)
しつこくナンパするようなバカはどこにもいなかった。
学校のすぐ近くでそんな行為に及ぶ馬鹿は、確かにいなかった。
「東雲? っと、あの人って……」
「昨日のあれでしょう。どこからどう見ても。……どうするつもりですか。桐葉」
……その人の姿を見た今となっては、どっちがよかったのか分からないけど。
イリアの嫌そうな顔。遠巻きに眺める野次馬。
小城のアイデアもあながち悪いものじゃなかったと本気で思うくらいには、酷い状況。
「――何、してるんですかね。姫宮先輩?」
それでも、さすがに放ってはおけなかった。色んな意味で。どう見ても俺達関係だ。
しつこく東雲さんに言い寄っていたのは、姫宮先輩だった。
どういうわけか今は俺のことを不思議そうな顔で見ていらっしゃる、姫宮先輩だった。
「……これは驚いた。いつの間に私の名前を調べたのかな、天条桐葉君?」
「それはこっちの台詞ですよ」
……センセイ方があれこれ掴まれたって噂も、冗談じゃないのかもしれない。
この人に名乗ったことなんて一度もない。
部長みたいな肩書もない俺達の名前を調べようと思ったら、あの手この手で誰かから聞くしかない。
「まあまあ、落ち着いて。名乗る手間が省けたからよしとしようじゃないか」
「その恩恵を一方的に享受している人にだけは言われたくないんですけどね」
確かにクラスメイトに訊けば分かる。
でもそのためには他に何か情報が必要で。
顔写真もない筈なのに。一体どうやって。
「一方的とは心外だね。遅かれ早かれ知っていたことだよ?」
「今ここで時間稼ぎすることができないじゃないですか」
「それは君の自己責任だね」
……それは確かに。
つい名前を呼んでしまったけど、失敗だった。
向こうが俺達の名前を把握している時点で悪あがきのようなものでしかないけど。
「しかし君もなかなか姑息なことを考えるね。昨日手伝ってくれたのも、ひょっとして何か打算的なものだったりするのかな?」
「違いますよ。それとこれとは別問題です。……とりあえず、東雲さんを解放してもらえません?」
「おっと、これは失敬」
……注目されっぱなしだったんだろうな、さっきから。それなりに人もいるし。
急に言われて、最初は東雲さんも戸惑っていた。
だけど、俺の大雑把なハンドサインを察してくれた。
(あとは……)
「さて、ようやくゆっくり話ができるね? 天条桐葉君」
「そうですね。静かになったことですし、それではまた一〇〇年後に」
「待ちたまえよ」
……いきなり肩を掴まなくても。
さすがに流れで解放してくれる人じゃなかった。
まさか無理矢理振り払うわけにもいかないし。怪我をさせかねない。
「君ね、いくらなんでもそれはどうかと思うよ? 私は君に話があると言ったんだよ?」
「聞こえてましたよ。でも、お答えできるようなことは何もありません。では」
「だから待てと言ってるんだよ」
……この人、意外と力も強い。
思わず引っ張られそうになった。油断していたわけじゃないのに。
「……同じことを、二度もやらせないでくれるかな? 時間稼ぎにしては露骨過ぎるよ?」
「でもこうして実際に効果が出ているわけですし」
始業のチャイムまであと一〇分。あともう少しだけ、踏ん張らないといけない。
「効果があるとは言わないよ。強行突破というんだよ。これは……手間賃として君の話を聞かせてもらわないと割に合わないね?」
「俺の話と言われても……あっ。地元までの片道切符とかどうですか? 今日の分」
「いつの間に現物支給に変わったのかな」
いいところですよ。何もないけど。
人口の割に車は少ないし、夜中に爆走する暴走族もどきもいないし。
そのまま、取材のためにゆっくりしてもらって――
「…………いつまで茶番を続けるつもりですか?」
……あっ。
もう少しと思っていたら、イリアが来た。
いつになく冷ややかな表情の、イリアが来た。
そのくらい見れば分かるのに、先輩ときたらお構いなし。
「天上衣璃亜さん、だったね。丁度いい。君にも聞きたい事があるんだけd
「黙りなさい」
……こんな時に声をかけたら、こうもなる。
「……彼女、随分と攻撃的なんだね?」
「そんなことないですよ。普段は。先輩のそういう態度が余計火に油を注いでいるんじゃないですかね」
「あなたの余計な発言もですよ。桐葉」
イリアの声は、冷たかった。
周囲の気温が下がる下がる。
大型連休が近い時期とは思えない。真冬か。
「余計なって。怒ってるじゃん。さっきから」
「いいえ全く。怒っているわけではありませんよ。えぇ、まだ。ただ止めているだけです」
「それは無理があるんじゃないかな。さっきなんてまるで親の仇でも見るような目をしt
「あなたには何も言っていません」
有無を言わさぬとはこのことか。
一刀両断。取り付く島もない。
昨日の件もあるから余計に。
「…………」
だからだろうか。今ならイリアがいつも言っていることがよく分かる。
目が、目が語っていた。
早く行きますよ――と、目が訴えかけていた。
そういうことなら便乗させてもらうしかない。
「それじゃあ……俺達はこれでっ!」
――イリアの手を引いて、走り出す。
「あっ、こら君――!」
強行突破だろうがなんだろうが、知ったことか。




