002
「た……楽しそう、だね……?」
その声を聞けば、東雲さんが気を遣ってるのはすぐに分かった。
言葉を選びに選んで、ようやく絞り出したんだってことはすぐに分かった。
登校前、いつも通りの集合場所。学校まであと僅か。
東雲さんに訊かれて、今朝あったことは大体話した。
声をかけた時も行きたそうにしてたし、気になってはいたんだと思う。
どうしても外せない東雲先生の手伝いと、どっちがよかったのか今では怪しい。
「そんなところで気を遣ってどうするんですか。遠慮なく言えばいいでしょう」
「そこまで? 言われるほど?」
「逆に聞きましょうか。今朝のトレーニングの一部始終をあれに見せられますか?」
「うぐ……っ」
……見せられるわけがない。
見られたら一体なにを言われるか。言われるだけじゃ済まないかもしれない。
お喋りとか、終わった後のお喋りとか、雑談とか。
内容に文句を言われることはない……と、思う。
ゴムボールを魔法に見立てたり、いい勉強にもなった。だから、そこは問題ない。
「つっても、やり過ぎるのも身体に悪いんじゃねーの? 前に天条がどんな事やってたのか知らねーけど」
「神堂零次さんといえば……確か、前に教官に選ばれた時は、とんでもないことになったって……」
……本当に変なことばっかり噂になってるんだな。あのデタラメスペック。
当時のインパクトがそれだけ凄かったってことなんだろうけど。
そのくせ本人は全く気にしていないから余計にタチが悪い。ちょっとくらい反省したらいいのに。
(……なんて、そのくらいのことで凹んでたらそれはもう師匠じゃないか)
ああいう性格だからよかった――……とまでは言えないけど。特に他者との接し方。
組織の大エース様なんてきっと、あのくらいじゃないとやってはいられない。
あちこちを飛び回って、教団の連中の悪だくみを止めなきゃいけないんだから。
「一応、無理のない範囲だよ。多分。……やってみたら、なんて口が裂けても言えないけど」
「やっぱり無理ありまくりじゃねーか」
「でも、いま実際にこうしてここにいられるんだし」
「す、すごいね。天条くん……いろいろ」
「なんだかんだ言って、ここぞって時には助けてくれたから」
いつか一泡吹かせてやろうって今でも思ってるけど、それはそれ。
何度も助けてもらったのは本当のこと。
比喩でも誇張でもなく、あの人がいなかったらこの町に来ることもできなかった。
「……だとしても、あれだけのことがあったのに離れようとなかったあなたも相当ですよ。桐葉」
イリアと初めて出会ったあの日なんて、まさにそう。
いよいよ教団に追い込まれたところに、師匠は来た。
師匠があそこで来てくれなかったら、逃げられなかった。あの頃は、まだ飛行魔法も使えなかったから。
どれだけ攻撃しても壊れなかったバリアを軽く壊して、集まっていた教団の連中を片手間に気絶させて。
俺にはどうしようもなかった状況を、あの人はいとも簡単ひっくり返した。
「顔を合わせるたびに睨んでたイリアが言うか? それ」
「心外ですね。それではまるで私の側から挑発していたようではありませんか」
「いや、したじゃん。毎回じゃないけど、師匠を挑発したこと何回もあったじゃん」
「なんのことでしょう? 記憶にありませんね」
今さら隠さなくたっていいのに。
小城や東雲さんに知られたって、困ることなんてない。
精々いつものことだと思われるくらい――……痛っ。
「自業自得です」
「別に何も言ってないのに……」
「いいえ、言っていました。目が言っていました。あなたの考えていることくらいすぐに分かります」
「また妙な特殊能力を」
「あなたが分かりやすいんですよ。桐葉」
地味に痛い。抓られたわき腹が地味に痛い。
一体俺の目にはどれだけ情報が詰まっているんだろう。
イリアはそこからどれだけ情報を引き出しているんだろう。
頭の中を覗かれている気分。ちょっとしたことまで全部お見通し。
いつの間にかそんな状況に慣れつつある自分が恐ろしい。
……笑っていやがる小城には、あとでしっかりとお返しさせてもらうとして。
「そーいや、明日は東雲も来るんだよな? 朝のやつ」
「あ、うん……。何もないから、行けると思う」
ただ、それより今は遠慮がちに頷いた東雲さんのこと。
なんでも、東雲先生の手伝いで朝から拠点に行くことになっていたらしい。
そこまで人手不足に悩まされてる雰囲気はなかったけど、色々あるんだろう。きっと。
だから、今朝はこっちに来ることができなかった。
「でも、その……迷惑じゃない? 私、あんまり詳しいことは……」
「ないない。お茶を持ってゆっくり眺めてるだけでもいいから」
「さっきも言ったでしょう。あなたが思っているほど大層なものではありませんよ」
あくまで、自分達でできる範囲のことしかやらない。
組織が設けた訓練の時間とはあくまでも別枠。
拠点のトレーニングルームを使いたくても使えない。
まさか地元よりも使用制限が厳しいとは思わなかった。
「ああ、それから。組織のことで手伝えることがあったら、小城にも遠慮なく」
「そーそ――……オイ、ちょっと待て。俺に押し付ける気じゃねーよな?」
「まさか。小城『にも』って言ったじゃん。ちゃんと」
この拠点の形式に詳しくない俺達にも、簡単なことならできる筈。
先生なりの考えはあるんだろうけど、東雲さんだけがそんな仕事をしなきゃいけないなんておかしな話。
役割分担とはわけが違う。
「あ、ありがとう……。その時になったら、お願いするね」
東雲先生と、もう一回くらい話した方がいいかもしれない。
東雲さんのことを疑うつもりはないけど、変なところで遠慮しそうだし。
「まっ、力仕事ならリーダーが率先して引き受けてくれそーだしな?」
「じゃあ命令。小城も手伝え」
「言われなくてもやるに決まってんだろー? ったく」
俺達を相手にそこまで遠慮する必要なんてないのに。
まだ日は浅くても、同じチームの仲間。
親睦会の事件もなんとか乗り越えて、知らない仲ではなくなった。
そういうところも含めて東雲さんの個性と言われたら、その通りと頷くしかない。
それを抜きにしても、遠慮されているような気はしたけど。
(……無理強いしても余計に気を遣わせるだけ、かな)
むしろ、そういうのこそ苦手そうだし。
このノリに無理に付き合わせるのも申し訳ない。
――そんなことを考えている内に、昇降口まで辿り着いた。
「――ふんっ……!」
そこで、見つけた。
「くぬっ、ぬむむむむ……っ!」
やや小柄な女子生徒が、背伸びをしてまで掲示板に手を伸ばしているところを。
左手には何かが書き込まれた模造紙。
右手の拳の中に握られているのは、おそらく留め具。
「……何してんだ、アレ?」
「さ、さぁ……? あの紙、なんだろう……?」
「そっとしておけばいいでしょう。下に貼ろうとしない本人の責任です」
イリアの言う通り。掲示板も、そこまで狭くない。
下の部分に貼ろうとすれば、あの人の背でも普通に届く。
「……俺、ちょっと行ってくる」
「桐葉……」
「すぐに終わらせるから。……さすがに後ろから見てるのも悪いし」
放っておくのも忍びない。
上に貼って、それでおわり。
――その時は、そう思っていた。




