025
(っ、次――!)
すかさず桐葉は、傍の怪物の肩に左手を伸ばした。
突き出した拳を引き寄せ、その勢いも利用し正面へ伸ばした。
「邪魔、すんなって、の――……ッ!」
赤目が光る黒い体を、掴むと同時に引き寄せ――そのまま一気に、投げ飛ばす。
「《刻風》!」
――壁に叩きつけたそれを、風の刃で何度も何度も切り刻む。
桐葉がつい先程まで立っていた場所。
ネズミを模したであろう怪物を閉じ込める氷の床の上に、黒が散る。
(とりあえず、二匹……っ!)
その消滅を、桐葉は確かに見届けた。
投げ飛ばした個体が消滅を迎える一瞬だけ、怪物に後頭部を晒した。
その隙を、怪物が見逃すことはなかった。
桐葉を目掛けて、勢いよく飛び上がった。
振り返ったその瞬間、桐葉が見たのは今にも殴りかかろうとする四匹の怪物だった。
「――阻め、《氷壁》」
怪物のやや長いその腕が桐葉に届くことはなかった。
全て、彼の前に出現した氷の壁に跳ね返された。
怪物達が仕掛けるということも分かった上で、彼はあえて後頭部を晒していた。
そして怪物達の攻撃は、桐葉の狙い通り氷の壁に阻まれた。
隙を突いた筈の攻撃によって、結果として怪物が大きな隙を晒してしまった。
(まだ、見よう見まねでしかない、けど……!)
――桐葉の右手に、炎が宿った。
先程と違って、拳を包み込むだけでは終わらない。
その先から鞭のように、蛇のように炎が伸びていく。
四匹の攻撃を受けた氷の壁は、ひび割れている。
たとえ一匹分であっても、次の一発は耐えられない。
そのまま残しておいたとしても、今度は桐葉の邪魔になりかねない。
「《薙焔》……っ!」
ゆえに桐葉は、手に宿した炎で氷の盾諸共怪物を薙ぎ払った。
太くたくましい炎の鞭で、彼は自らの障害となる全てを焼き払った。
怪物にそれを逃れる術など残されていなかった。
屈むにしろ、跳ぶにしろ、引き裂く焔を躱すこともできなかった。
丁度腹の辺りと肘を焼かれ、怪物はたちまち崩れ去る。
次の瞬間には、狂気を孕んだ赤い光も消えてしまった。
それは以前、橘が桐葉の前で使った魔法。
その後の指南を経て、怪物を纏めて屠ることができる程度の段階には到達していた。
すぐさま見回し、全滅を確かめる。
勝利の感慨に浸る暇など、ある筈がない。無駄な時間を過ごしている場合ではない。
「……本丸にしては、呆気ないものですね?」
いよいよ奥へ突入しようとしたところで、後ろから聞こえてきた足音に動きを止めた。
「そこまで。まだそうと決まったわけじゃないんだから。……それより、他は?」
「ありませんでしたよ。何も。投げられた球も全て消えてしまいましたから」
癖のない黒髪を弄び、衣璃亜は複雑な表情を浮かべたまま言った。
それが決して退屈から来ているものではないと、桐葉はよく知っていた。
しかし、それでも彼は、衣璃亜へ攻撃が向かう可能性を排除しようとした。
「それならあの場所で待っていてくれてもよかったのに」
「あら、あんな場所に一人置き去りにしていくつもりですか?」
「こんな場所よりはマシだっただろ、さすがに」
障害を排除した桐葉にとって、目に映るトイレは酷く不気味なものに思えた。
何か見た目に特別おかしなところがあるわけではない。
目の前でたむろしていた怪物も、全て桐葉の手で葬り去った。
しかしそれでも、不気味さは強まる一方。
魔力らしき反応も何も感じられないその場所で、得体の知れない何かが蠢いていた。
――同時刻。
「うぉ……っ!?」
突然の衝撃に、小城は思わずよろめいた。
一瞬だけ、小城の立つ床が確かに揺らいだ。
原因を突き止める術などない。ただ、突き飛ばされた時に似た感覚が小城の中に残り続けていた。
不意の衝撃は、何も初めてのことではなかった。
買い物客を一回に送り届ける直前になってから、何度も体験していた。
自らの予感を確信に変えた小城を、やや自信のなさげな声が呼び止める。
「ねえ、小城くん。やっぱり、止めた方が……。お姉ちゃん達が到着するまで、本当にあと少しだから……」
「分かってる、分かってる。大丈夫だって。ヤバいと思ったらちゃんと引き返すからよ」
まだ、二葉が言った時間にはなっていない。
今のところ、贈れるという連絡も届いていない。
二葉は、[アライアンス]の他のメンバーはきっと来るだろう。
このような状況を放置しておける者達ではない。
「東雲こそ、きつそうならちゃんと引き返してくれよ? オメーまで無理に付き合わせるのは悪いしさ」
「そ、そういうわけじゃ……」
それでも小城は、引き返すことを選んだ。
自信を揺さぶる衝撃が、小城の足を再び施設の奥へと向けさせた。
買い物客の安全は、既に確保されている。
一回の出口が塞がれていることもなく、辿り着いた者達は我先にと飛び出していった。
(あーあー、アナウンスでも出来りゃよかったんだけどな……!)
それは、三凪の案だった。
機材が壊されていなければ、残る客に避難を促すつもりでいた。
「とりあえずこの階だけでも確かめよーぜ。天条、まだ残ってるだろーからさ……!」
「そ、それは、そうだけど……」
――今のところ、思い浮かべた案はどれも失敗に終わっていた。
それが、小城の中に新たな不安を芽生えさせた。
彼の足を早めさせ、注意力を鈍らせた。
「小城くん、前、前……!」
「げ……っ!?」
そして彼らの前にとうとう、黒い影が――




