011
遠距離からの狙撃。
状況を見て、すぐさま桐葉はそう結論付けた。
そうとしか考えられなかった。
周囲に敵影はなく、自身と衣璃亜以外の魔力も全くと言っていいほどに感じられない。
氷の盾に阻まれ弾けた炎を放った何者かの、影も形も掴めない。
――その時、再び炎が散った。
「隠せ……《煙幕》!」
氷の壁に衝突した瞬間に起こった、小さな爆発。
それに合わせて桐葉は辺り一帯を黒い靄で覆い隠した。
(どうして、今更……っ!)
すかさず桐葉は、衣璃亜の手を引いて走り出す。
自らの魔法の外には出ないように。しかし、遠くで息を潜める狙撃手から身を隠すように。
長い道のりを走った疲労など、たちまち飛んだ。
その意識は完全に切り替わっていた。
「……随分と、舐めた真似をしてくれますね」
「同感。せめて、居場所だけでも突き止められたらいいんだけど……」
今日、初めてそのコースを走ったというわけではない。
ゴール地点となる草地に至っては、ほとんど毎日のように訪れている。
このエリアにやって来た数日後にはもう、桐葉の中でアイデアもまとまっていた。
桐葉が実際にランニングを始めてから、既に二週間が経過している。
その間、何の音沙汰もなかった。それが今日、突然襲撃を受けたのだ。
しかも、桐葉達の行動を把握していたかのように的確なタイミング。
驚かない筈がない。
「……双眼鏡でも使ってたのか、あの連中?」
「だとしたら、ご苦労なことですね。気付かれないためだけにそこまでするなんて」
「最悪。こんなのに欺かれたなんて師匠に知られたら何を言われるか……」
「言わせませんよ。何も」
会話を続けながらも、周囲を探る。
しかし、彼らのもとへと近寄る気配はやはりない。足音一つ聞こえない。
(……偵察の魔法なら、どこかで気付けたんだろうけど……)
爆発音は鳴りやまない。
一瞬のうちに辺りを呑み込んだ煙を吹き飛ばそうとするべく、次々魔法が撃ち込まれる。
どこからともなく、執拗に。
(手あたり次第、ってわけじゃ……ないな。絶対)
不規則なリズムで響く爆発音に、桐葉は違和感を覚えた。
狙撃が続いていると気付いた桐葉は、あえて《氷壁》を複数カ所に展開した。
自身とは全く無関係の場所にも、あえて置いた。
自身と衣璃亜が隠れる木だけを庇ってはすぐに気付かれると思ったからだ。
しかし、氷の盾は一つとして破られない。
衣璃亜と共に隠れる木を庇っているものは勿論、一つとして破られない。
(……もしかして、気付いてない? いや……さすがにないよな……)
二葉に、組織に連絡を取ろうとして、桐葉はその手を止めた。
電話という行為そのものが、信徒に居場所を特定させる手掛かりになりかねないと考えた。
(これじゃあ、何も文句言えないな……東雲先生達のこと)
代わりに、側面のボタンを強く押した。
端末そのものの改良が進み、ようやく本実装された機能。
詳細な状況を伝える事こそできないものの、今はそれが最善だった。
――目の前に黄色い炎が現れるより早く、知らせておく必要があった。
「押し潰せ、《濁流》!」
炎というにはあまりに明るい黄色に染まったそれを、桐葉の魔法が押し潰す。
開かれた右の手のひらから噴き出した《濁流》は、瞬く間に黄色い炎を呑み込んだ。
薄暗い茂みの中から突如浮かび上がり、消された黄色い炎。
それがただの炎でないことを桐葉は薄々感じていた。
「……二対一?」
「ええ、今のところは。……つけられていたのは間違いなさそうですね」
幽霊のように浮かび上がる白い外套。
暗闇の中でもきっと見失うことのないそれを、桐葉はよく知っていた。
それを身に纏う者達と戦うのも、当然初めてではなかった。
「――《火炎》!」
白いローブの足元と、その斜め後ろに二カ所。
投げ出すように放たれた炎弾は、正しく桐葉の狙い通り地面で爆ぜる。
標的に定めていた信徒の姿は、既に靄の中。
飛行魔法を駆使して動き回るその人物を、完全には追いきれない。
そうして二人が木の陰から動いた時、またしても桐葉の背後で炎が弾けた。
予め展開していた《氷壁》の後ろに、あえて桐葉と衣璃亜は潜り込んだ。
途中で足を止めず、一気に飛び込んだ。
一つは、新たに魔法を展開する手間を省くため。
「《煙幕》まで使ったのは失敗だったかも……っ」
「あなたが使わなくてもあれが似たような魔法を使っていましたよ。どうせ」
「確かに――……《流穿》!」
――もう一つは、狙撃手の居所を絞り込むため。
氷の盾を視界の中央に置くように桐葉は飛び込んだ。
狙撃手のいる方向を、まず絞り込むために。
(っ、さすがに遠いか……!)
しかし、放った《流穿》に手ごたえはない。
彼が自ら展開した《煙幕》を貫き――みるみるうちに、その勢いは衰えていった。
狙撃手に届いたという感触はまるでない。
狙撃手も同様に空を移動している可能性が、非常に高い。
(どうせ待ち伏せしてるんだろうけど……!)
衣璃亜の手を、強く握る。
衣璃亜も、それに答えるように握り返す。
「――《飛翼》!」
そして抱き寄せ、翼を広げた。
飛び上がるその瞬間、ありったけの力で地面を蹴り飛ばす。
一気に靄の中を抜けるべく、力一杯に羽ばたく。
(……燃えろ、燃えろ――)
その時、同時に桐葉が浮かべていたのは灼熱。
激しく燃え上がる炎の魔法へと、彼は魔力を注ぎ込む。
「――《爆炎》!!」
自らに、衣璃亜に迫る魔法をひとつ残らず吹き飛ばすために。




