007
「――おや、終わってしまったんだね」
駅裏の駐車場。
妹から送られたメールを見て、言葉とは裏腹に二葉は思わず頬を緩めた。
確認されたのは二匹。いずれも、犬を模した個体。
特別な能力こそ持たないものの、最も頻繁に確認されるタイプ。
(それにしても、まさか三凪の方からあんなことを言い出すとはね……)
桐葉と衣璃亜への同行は、二葉にとっても予想外だった。
しかし文面を見る限り、少なくとも悪い方向には向かっていない。
三凪が感じているであろう引け目も、時間が解決してくれるだろうと考えていた。
そんな二葉に不思議そうな目を向けていたのは、小城宏太。
ようやくこの地の足を踏むことができたもう一人は、事情を知らない。
「? 終わったって? 何がっすか?」
「さっき、例の怪物が目撃されたという情報があったんだよ。それで妹達が向かってくれたんだけど……うん。この分だと、顔合わせはやっぱり明日になりそうだ」
ほぼ発見と同時に仕留めたに違いない。
経過時間からして、それ以外にあり得なかった。
先日のように、桐葉が上空から追尾するのも難しい。
三凪も決して飛行魔法が使えないわけではないが、飛行時間の長さは桐葉が上。
「いいじゃないっすか。その方が。戦い終わって疲れてるところに邪魔しちゃ悪いっすよ」
「そう言ってもらえると助かるよ。……荷物は、それだけかな?」
「うっす。他は先に送ってもらったんで。……寝るスペースが残ってないとか、ないっすよね?」
「その辺りは大丈夫だと思うよ。少し狭い思いをしてもらうことになるかもしれないけど」
むしろ、今夜は下手に荷解きをしない方がいいかもしれないとすら思った。
家電等の搬入に合わせて整理はしたが、中身までは手を付けていない。
その時のことを思い返しても、とても荷解きをする余裕があるとは思えなかった。
「そのくらいなら全然余裕っすよ。布団があるだけ十分じゃないっすか」
「……そうかい? それならよかった。後、伝えておかないといけないことは――」
さすがの二葉も、この時は予想できなかった。
翌日に小城が大幅に遅れて登校してくることなど、読める筈がなかったのだ。
「お、おはよう、二人とも……!」
――真っ先に声をかけてくれたのは、やっぱり東雲さんだった。
校舎がよく見えるコンビニのすぐ近く。
正門もすぐそこなのに、向かおうともしていなかった。
「おはよう、東雲さん。……もしかして、待たせちゃった?」
「き、気にしないで。昨日、言おうと思ってたんだけど……あんなことがあったから、忘れちゃって……」
……そこまで気が回らなかった。
ご家族のことは聞かないし、てっきり先生と一緒に行くものだとばかり思ってた。
早過ぎるかもって思った時にちゃんと聞いておけばよかった。
そうしたらこんなことにはならなかったのに。
「も、もしかして……迷惑だった?」
「いやいや、まさか。他に知り合いもいないし、いてくれる方が俺達も嬉しいよ。……な?」
「そうですね。……おかげで、迷う心配もなさそうです」
「まだ言うか」
登校ルートはちゃんと調べたっていうのに。
一度も迷わ渦なったって言うのにイリアときたら
東雲先生にも確認して、万一がないように徹底した。
何度も何度も、それはもう念入りに確かめてから出発した。
自分が一番やらかしそうなミスくらい分かってる。
……親切な、それはもう親切な誰かさんにも、四月に入って早々忠告されたし。
「迷う……?」
「な、なんでもないから。なんでも。それより例のもう一人は? 昨日着いたんじゃなかったっけ?」
「あっ……」
「東雲さん?」
って、違う。知らなくても別に東雲さんの責任じゃない。先生だ。
まさか放置とか? 昨日はあの人しか会ってないのに。
東雲さんにも連絡先を伝えていないだなんて。一言くらい言ってくれればいいのに。
「ち、違うの。私も朝、お姉ちゃんに聞いたんだけど……結局、教えてもらえなくて」
「えぇ……?」
それで俺達にどうしろと。
俺とイリアの連絡先について訊いたのはなんだったんだ。
もし例のその人が先に知りたいって言った時、教えても構わないか、って言ったのに。
「ど、どうしよう? 私、その人の顔も分からなくて……小城宏太くんって、言うんだけど……」
「……さすがにこの中から判別なんてできないよなぁ……」
組織の一員なんだから、魔力保有者以外ありえない。
それを探れば分かるかもしれないけど……さすがに、探しようがない。
(向こうが俺達の魔力に気付いてくれるならそれが一番なんだけどなぁ……)
教団のやつが紛れ込むことはないって、東雲先生は言っていた。
橘さんから似たような話を聞いたことがあるし、まず間違いない。
だから、魔力持ちがいたらそいつで決まり。……魔力持ちが、この辺りにいたら。
それっぽい人がいないから、本当にどうしようもない。
おかげでいつまで待つことになるかも分からない。
「……とりあえず先に行けばいいでしょう。案外、既に来ているかもしれませんよ?」
――考えてる内に、言おうと思ったことを全部イリアに言われてしまった。
「え、でも……」
「おそらく向こうも私達の顔は知らないでしょう。いつ来るかも分からないのにここで待っていても仕方がありません。……違いますか?」
本当に、ほとんどそのまま。
頭の中を覗き込まれたみたいに。
……一緒に生活してる内にそういうところまで似始めたんじゃないだろうな。お互い。
「俺も賛成。あと五分だけ待ってみて、それでも来ないなら行こう」
時間にはまだ余裕もある。
といっても、さすがにこんなところでいつまでもしゃべってるとさすがにやばい。
昨日の内に、クラスも出席番号も先に教えてもらった。
楽しみも何もあったものじゃないけど、それもこれも念のため。
東雲さんと遅れてる彼――小城と同じクラスになるのも、なんとなく分かってた。
「それに、あれだよ。下手すると俺達が遅刻することになるし。……小城って人には悪いけど」
とんでもない悪目立ち。
いくらなんでも、そん理由で名前を覚えられたくはない。
東雲さんはそれどころじゃない。
中学の同級生がいる上に、お姉さんがここで教員を務めてる。
そんな中での初日遅刻はさすがにアウト。なんとしても避けなければならない。
「案外、当人が遅れているかもしれませんね」
「さ、さすがにそれはないんじゃあ……」
「まあまあ。それも、もしかしたらって話だから。すぐに来るかもしれないし。とりあえずさっきの方向で」
――正直、見通しが甘かった。
まさか、始業式が終わっても来ないとは思いもしなかった……




