002
――翌日。
やや手狭なミーティングルームのスクリーンを、東雲三凪は食い入るように見つめていた。
「上空から狙撃を行い、そのまま流れるように降下。僅かな時間で周囲の確認も済ませ、荷台から出てきた標的を即、爆破……。短いようだけど、これで全部だよ。昨日の戦闘記録は」
そこに映し出されていたのは、[創世白教]によって呼び出された怪物が撃たれるまでの一部始終だった。
薄暗い山道を映していたカメラに飛び込んだのは、一台の軽トラック。
敷かれた道路も無視して突き進むそれを追うように、画面の左側から青が伸びた。
吸い込まれて行くかのようにタイヤを貫いた水の魔法。
それによって車体のバランスを大きく崩した軽トラックは、火花を散らせ回り出した。
そして、制御を失った軽トラックの荷台から異形の黒が飛び出し――たちまち、炎に呑まれて消え去った。
映像として記録に残されていたのはそこまで。
そこで改めて、三凪は姉である東雲二葉へと向き直る。
「あの怪物が姿を見せるまでの時間を除けば、一分もかかっていない。――既に、一人でやっていけるだけの能力はあるね。間違いなく」
自信をもって言い切る二葉の言葉を否定できる要素は何もなかった。
三凪自身、二葉と全く同じ感想を抱いていた。
受け取っていた資料を改めて見やったが、やはり文字で見ている時とは比べ物にならなかった。
二葉も同じように、紙の資料に目を向けている。
「あの人達が渡してくれた記録通りなら、これはまだ彼が持っている力の一端に過ぎない。……彼女に至っては、ほとんど未知数だからね」
これから三凪のチームメイトとなる二人についてまとめられた冊子。
先日まで彼らが所属していたエリア五四七の、とある人物から送られてきたデータ。
魔力の測定結果や、扱える魔法のおおよその種類。
その他さまざまな情報が正確に記されている。
だからこそ、これからチームメイトとなる少年への期待は高まる一方だった。
「……いいものですね。二人だけで迎える朝というのは」
見惚れるほど綺麗な微笑みを浮かべたまま、イリアは恥ずかしげもなく言い切った。
本当に、どうしてこういう発言への抵抗だけはないんだか。記憶も戻った筈なのに。
一体どこに忘れて来たのか不思議で仕方がない。……それとも投げ捨てた?
「まるでそんな、橘さん達が邪魔だったような言い方……いつもお世話になってたのに」
「それとこれとは別問題です。あなたにも似たような経験くらいあるでしょう?」
「それにしたってもうちょっと柔らかい言い方があるんじゃないのかって聞いてるんだけどな。俺」
そこでそんな発言に繋がるか、普通。繋げるか?
一体どれだけ鬱憤を溜め込んだらそんな爆弾発言が飛び出るんだ。マジで。
(昨日のあれのせい、かぁ……)
もしかしなくても、それしかない。
昨日の朝はもっとこう、普通だった。
少なくともあんなことは言ってない。絶対に言ってない。
起きて早々、荷物の量に思わず二人で苦笑いを浮かべたのを覚えてる。
荷物が思いのほか多くて、本当に大変だった。
今だって、まだ全部は終わってない。
空きスペースに収まりきるのか不安になる量が今も段ボールの中で眠ってる。
コンビニで教団の存在に気付くまでは、ちょっと忙しいだけの一日だった。
「もう、つれませんね。あなたは何も感じていないんですか?」
「いやいや、まさか。……それに、イリアの機嫌がよくて何よりだよ」
冗談じゃなく、本当に。心の底から。
あれから状況説明だけで帰らされた時は本当にどうしようかと。
……イリア的には、それはそれでアリだったみたいだけど。
「あら……まるで私が不機嫌だったかのような言い方ですね?」
「いや、昨日。ご機嫌斜めどころか立ってただろ」
「さて、なんのことでしょう。まるで記憶にありませんね」
「それで誤魔化せると思ったか」
「心外ですね。誤魔化すつもりなどありませんよ?」
……なんて、イリアの気持ちも全く分からないわけじゃない。
こっちの連絡には出なかったくせに、倒すタイミングを待っていたかのように出て来たし。
俺達が気付いてたんだから、ここの人達が教団の動きに気付いてないわけがない。
(まさか試したんじゃないだろうな、ここの人達……)
もし本当にそうだったらドン引きもの。
でも、そう考えるといろいろと腑に落ちる。
あの人の知り合いがいるって聞いたから安心してたのに。なんてやつらだ。
(あとで、チクってやろうか? 橘さんに……)
……イリアには口が裂けても言えないけど。
どうか気付いていませんように。お互いのために。
「覚えておく必要などないでしょう? 話を聞くだけ聞いて、そのまま何も情報を渡さないんですから」
「渡せるような情報がないと思えば、まあ……。俺達もどこで逃げたのかまでは分からなかったんだし」
「……それを言われると少々痛いですね」
コンビニで見つけた時には、乗ってた。間違いなく人が乗ってた。
俺もイリアもはっきり見たんだから、間違いない。
それなのに、化け物を仕留めた後。
残った車には誰も乗っていなかった。
「な? だから連絡がないのも仕方がないってことで、ここは一つ」
「…………かも、しれませんね」
あのコンビニの辺りは静かだけど、全く車が通らないわけじゃない。
運転席に誰もいなかったらそれこそ大騒ぎになってる筈。
いくら教団でもそんなことすら考えてないとは思えない。
イリアが言った遠隔操作も、どこでもできることじゃない。
(乗っていた連中は逃げたんだろうけど。とっくに)
それよりも、あんな軽トラックで化け物を運ぶことの方が不思議だった。
わざわざそんなことをする必要がない。
そんな話はあの人達からも聞いたことがない。
「……そういうことなら、ひとまずその話は後にしましょうか。折角の朝食ですから」
考え出したらキリがない。
イリアが言ってくれなかったら、本当に丸一日悩むところだった。
「朝食って言っても、簡単なものだけど」
「いいんですよ。あなたが真剣に作ってくれたんですから」
「ん……そこまで期待してもらえるなら、明日は五時に起きてゆっくり作るか」
材料だってコンビニで買い足したもの。
引っ越してきたばかりなんだから、まともな材料なんてあるわけない。
「そういうことなら、私は四時半に起きましょうか」
「いや、目的。なんのためにそんな早起きするんだよ」
「あなたが起きているから。……それでは、足りませんか?」
「三〇分も一人の時間がある件については」
「あるからいいんですよ」
よくない。これっぽっちもよくない。
本当にどうしよう。もしもの時は、あいつに応援を依頼するしか……
――その時、割り込むようにチャイムが鳴った。
「……っ……」
そんな露骨に嫌そうな顔をするんじゃありません。




