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出発前日と、その後。神堂の場合

「……あン?」


 その夜、予定にない電話に神堂が気付いたのは全くの偶然だった。


 普段であれば任務の真っ只中。電源を付けていない時すらある。

 そんな神堂にとっては、馴染みのない着信音も耳障りなものでしかない。


「んだよ、天条。くだらねぇ用事だったらぶっ飛ばしに行くぞテメェ」

『日帰り旅行がしたいなら温泉地へどうぞ?』


 見知った相手でなければ、応じることなく即座に電源を落としていただろう。


 何かやるべきことがあるというわけではない。

 ただ、大した用もなくかけてきた電話にいつまでも付き合うつもりは神堂になかった。


「んで? 用件は。わざわざこんな時間に俺の時間を取るってこたぁ、そりゃ大した用事でもあるんだろうなァ?」

『ええ、そりゃあもう大きな事件ですよ。まさか師匠が電話に出るなんて。いつもは電話をしても全然つながらないのに』

「質問に答えろっつってんだよこのタコ」


 天条の声を聞く限り、急を要する状況でないことは明らか。

 あれだけの攻撃をそうすぐには仕掛けられないだろうという神堂の予想が外れることはなかった。


 天条が三年に進級してからというもの、エリア五四七にて大きな事件はなかった。

 神堂が他の拠点へ赴いている時でさえ、小さな騒動以上のものは何も起こらなかった。


『大した用じゃありませんよ。ただ……一応、明日に移動するからもう一度言っておこうかな、って』

「んな下らねぇ用事で掛けてんじゃねぇよ。ガキか」

『ご心配なく。不安があるとか、そういうわけじゃないですから』


 それを聞いた時点で、神堂は早々に通話を切り上げるつもりでいた。


 まさかそんな報告のために電話をしてくるとは思いもしなかった。

 天条を鍛えていたのは紛れもない事実だが、そんな報告を受ける立場にあるわけでもない。


「先に言っておいてやるよ。護衛なんてしねぇからな」

『分かってますよ。さすがに師匠に無賃乗車なんてさせられませんし』

「テメェ人のことなんだと思ってやがる」

『師匠こそ、俺のことなんだと思ってるんです?』


 神堂の周りに組織の構成員の姿はない。

 あの神堂零次に進んで近付こうという人物はこの拠点に一人もいなかった。


 強い尊敬があるからこそ近づけない者もいれば、強すぎるその力に恐れをなす者もいる。


 少なくとも、天条のような人物は他に二人といない。彼の隣にいる少女も、それに同じ。


 神堂に言わせれば、最高速度に達した新幹線の上であっても陸地と大差ない。

 本当の本気を出すのであれば、神堂にとっては新幹線すら遅い。


「そりゃ悪かったな。オマエならそのくらいは言うと思った」

『そういう意味なら俺の方こそ。師匠はわざわざ乗りませんよね。電車』

「そんなにケンカがしてぇなら橘にでも言って来いよ」

『開口一番にとんでもないことを言ったのは師匠の方なんですけどね?』


 桐葉の飛行速度をさらに向上させようとしていた頃。

 神堂は、一瞬だけでもその領域に辿り着けることを最終目標に定めていた。


 しかし、それを桐葉に直接明かすことはなかった。

 桐葉は勿論、組織の構成員の平均を考えても難しい課題だということは神堂も理解していたからだ。


 事実、桐葉も最後まで目標速度に到達することはなかった。


 伸びたのはむしろ、平均速度や加速時間。

 神堂には遠く及ばないものの、遅いと言われることのない程度の速度は発揮できるようになっていた。


「実際くだらねぇ内容だっただろうが。そんなもん俺に伝えてどうすんだよ」

『報・連・相って聞いたことありません?』

「相手を選べっつってんだよ、このアンポンタン」


 もう子供ではないということは勿論、心配する必要がないと神堂は感じていた。


 毎日ではないにせよ、神堂が自ら鍛えたという事実に変わりはない。

 橘からも魔法を教わっていることは聞かされていた。


 そして桐葉は、反抗しながらもそれについてきた。

 エリア五四七を完全に離れるその日まで、神堂のもとを去ろうとはしなかった。


『念のためですよ。念のため。俺に用があるからって、橘さんに訊かないでくださいね?』

「天地がひっくり返ったってねぇよ。そんなこと」

『むしろひっくり返す側ですよね。師匠は』


 神堂にとっては当然、まだまだ未熟。

 それこそ、桐葉ではまだ神堂との間に天と地ほどの力の差がある。本人達が認めている通り。


「言うだけ言って満足したか? したなら切るぞ。しなくても斬る」

『師匠、剣なんて使えましたっけ?』

「嘗めんな。テメェのナマクラ剣よりマシな《魔斬》なら手でも出せるっつの」

『こんな時にまでよくもまあそんなにボロクソ言ってくれますね、この人間ロケット』


 しかし、赤の他人に文句を言われる筋合いもない。


 ただ食らいつくばかりではなく、最低限の成果は出していた。


 伸び悩むことがなかったわけではない。

 しかしその成長ペースは、神堂から見ても十分と思えるものだった。






「……ホー……」


 その記録を神堂が見つけたのも、いつかと同じように偶然だった。


 とあるエリアにてつい最近、教団が引き起こした事件について記されたもの。


 決して小さな規模ではない。

 あの怪物も放たれ、買い物客に襲い掛かろうとさえいしていたのだという。


 しかし、偶然にもその場所を訪れていた高校生のチームによって、被害は最小限に抑えられた。


「あの、どうかされましたか? 何か気になることでも……」

「ハッ、なんでもねぇよ。別に。それより次の要件言えよ」

「りょ、了解しました。では――」


 ――担当者:天条桐葉


 その中に記された名前を見て、神堂は小さく笑った。


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