出発前日。美咲と桐葉の場合
「ねえ……本当に大丈夫? 今日付き合わなくてもいいのに……」
また美咲はそうやって。
本当に心配性なんだから。……こういう方面で俺が信用されてないのもありそうだけど。
「大丈夫、大丈夫。準備ができてなかったらさすがに誘わないって」
「……だからって、こんなことにまで付き合わなくてもいいんだよ?」
「まあまあ。夏みたいにお祭りをやってるわけでもないんだし」
「そもそも引っ越し前日に遊ぼうなんて考えるんじゃありません。答えになってないからね、それ」
こんなことって言われても、ただ買い物に来ただけ。
特別なメニューも何もない、いつもの買い物。
おばさん達の予定と、食材と、諸々の都合が悪かったからこうなった。
……俺としては、こういうのも悪くないんだけど。
「俺がこうしたかったから。……それなら、美咲も納得?」
「……まあ、合格」
「最後の最後まで手厳しい……」
そこは百点満点でもいいじゃん。
その日に行けそうな場所に行って、最後は普通の買い物。
戦いに関わる前は、こんな風に休みの日を過ごすことも多かった。
「きっくんがはしゃぎすぎるからでしょー。大丈夫なの? あんなに遊んで」
「またまたぁ。途中から美咲もノリノリだったじゃん。同罪だよ、同罪」
「えっ……そ、そこまで?」
「自覚なしとは恐れ入った」
「何が!?」
ノリノリだったよ。途中から俺を振り回す勢いだったよ。
運動部でもないのに、一体どこからあんな体力が出てくるんだか。……これも主婦力?
「まあ納得できないならそれでもいいけど。……他は?」
「んー……大丈夫そうだけど、きっくんがいるからもうちょっとだけ買ってもいいかなー……」
「もしもし美咲? 美咲様? 目が本気ですよー?」
重さの問題じゃないんだよ。
重いだけならいくらでも持てるんだよ。誰かさん達のおかげで。
ただ、大き過ぎるとそうもいかない。持ちきれない。
ものを浮かせる魔法なんて美咲の前で披露するわけにもいかないし。積み上げるなんてもっての外。
「せめて台車があれば……」
「止めてね? 借りなくていいからね?」
「それなら父さんに頼むって。さすがに」
もうちょっとで仕事も終わる筈だから、帰りに寄ってもらえばいい。
いくら俺でも台車を押して美咲と歩こうなんて思わない。
すぐそこまでならまだともかく。俺が返しに行けばいいんだし。
「おじさんに頼む必要もないから。冗談だから」
「その割には目が本気だったような気がするんだけどな?」
「んー……見間違いじゃない?」
嘘つけこの野郎。笑って誤魔化せるとでも思ったか。
俺がレジに向かわなかったらもうちょっと乗せる気だっただろ。
しかも急いで買う必要のないものばっかり。俺だって綾河家の消耗品の備蓄くらいなら知ってるっての。
三年になってからも、美咲と出掛けた帰りに毎回のように寄ったんだから。
「たった一年で、一体どうしてここまで容赦のない子に……うっ、ぅっ……」
「私が変わったみたいに言わないでくれる!?」
「そりゃそうだろ。美咲は美咲なんだから」
「今の状況で言われても全然嬉しくない……」
事件らしい事件がなかったせいなのかもしれないけど、本当にあっという間だった。
美咲がいて、イリアがいて……クラスメイトがいて。
楽しい時間はあっという間に過ぎるっていうけど、確かにその通りだと思う。
去年が嫌なことだらけだったわけじゃない。
どっちかというと忙しくてあっという間に過ぎた一年だった。特に夏以降。
……まあ、とびきり嫌なことがあったのも本当だけど。
「あと、嘘泣きなんてしなくていいからね? 何事かと思われるよ?」
「美咲のツッコミも大概だと思うけど」
「きっくんがボケなきゃいいんだよ?」
「酷いな。これでも自重してるっていうのに」
「どこが?」
「どこもかしこも」
結局それも、最悪の形では終わらなかった。
かなり回数は減ったけど、今でも検査は続いてる。
それでもまったく異常が見つかってないっていうんだから、きっと大丈夫。
何かあればすぐに教えるって橘さんも言ってくれた。
でも、油断していいわけじゃない。
一度巻き込まれた人がまた教団の被害に遭ったこともある。
中には、そのせいで魔力を発現させた人もいるらしい。
「あ、きっくん。次」
「ん、こっちも終わったからそれで最後。……最後じゃなきゃ困る」
――気付けば目のまえには一杯になったエコバッグがなんと五つ。大漁だ。
そこまで変なもの買ってないのに。
……“おひとり様一個”商品のせいか。さては。おばさんそこまで織り込み済みだったな?
それに多分、うちの分も混じってる。
母さんも最初から俺に頼めばいいのに……
「これ……さすがにちょっと、買い過ぎちゃった?」
「言われなくてもお持ちしますよ、ワタクシめが」
「誰もそこまで言ってないからね?」
その気になれば、このくらいなら持てるんだけど。重さ的にも、大きさ的にも。
「冗談。美咲はそっちの二つをお願い。大体量は同じだから」
「……こっちの二つ、重いもの入れてなかったよね?」
「だからだよ」
「んー……?」
なんのために俺がいると思ってらっしゃるのか。
それに、こっちの二つは完全にウチようだ。見れば分かる。
「いいから、いいから。早く帰らないと。おばさんも待ってるんだし」
「じゃあ、重くなったらすぐに言うこと。いい?」
「心得ておりますとも」
そんなことはないだろうけど。さすがに。
このくらいどうってことない。
何故か橘さんに鉄くずの塊を持ち上げさせられた時に比べれば、軽すぎて涙が出てくる。
「…………もう、明日なんだね」
「……うん」
――美咲がやっとの思いで絞り出した言葉に比べれば、こんな荷物、屁でもない。
買い物客の間を進むペースも、明らかにいつもより遅かった。
店の出口を目指す間もたっぷり時間を使って、ゆっくり進んでいく。
「引っ越し先、どうだった? ちゃんと過ごせそう?」
「とりあえず写真だけ見せてもらったけど、大丈夫そう。この一年、美咲に料理を教え込んでもらったことだし」
周りの人の声が遠い。
そこにいる筈なのに、美咲の声以外、ほとんど何も聞こえない。
「ちゃんとするんだよ? 衣璃亜ちゃんが料理を覚えたからって甘えないこと」
「もちろん。基本的には俺が作るつもり」
「ならよろしい」
その話は俺も知ってた。
調理実習の時も、やたら美咲と話し込んでる姿を見たから、すぐに分かった。
……本当に、美咲には世話になりっぱなしだ。
「美咲こそ、高校は? 大丈夫そう?」
「私のことなんだと思ってるの……」
「いやいや、俺はただ地元に残る幼馴染のことが心配で心配で」
「静乃ちゃんも一緒なんだから大丈夫に決まってるでしょー」
きっとこれから、もっと世話になる。
俺自身のことというより、父さんや母さん……それに、桜華のことで。
「それに、私はきっくんの方が心配なんだけど……」
「大丈夫、大丈夫。それなりに上手くやるから」
知らない場所だから、逆にやりやすい。
俺にできることを、しっかりやればいい。
それからも話題はお互いのこれからの心配ばっかり。
でも、不思議と嫌な感じはしなかった。
「あ……」
――気付けばいつの間にか、外に出ていた。
それも家の近く。
見慣れたなんて言葉でも足りない、生活の一部に完全に溶け込んだ景色。
「……覚えてる? ここ。昔よく遊んだ公園」
「そりゃあもう。毎日のように遊んだんだから」
美咲が足を止めたのは、小さな公園。
ほんの少しの遊具と、申し訳程度のベンチが置かれた小さな公園だった。
何も言わずに歩き出した美咲に続いて、懐かしい公園に足を踏み入れる。
そこはやっぱり、記憶にある通りの場所だった。
「……あの約束、信じていいんだよね?」
でも、立ち止まって振り返った美咲は――別人のように綺麗だった。
「…………当たり前だろ。嘘なんて、つけるかよ。美咲に」
「……ん、ならよかった」
思わず、言葉に詰まった。
「ねえ、きっくん」
見惚れて、言葉が出てこなかった。
「――約束、だからね。絶対」
真っ直ぐたてられた小指に、気付けば自分の小指を絡めていた。
――その日は、随分懐かしい夢を見た。
泣いてる美咲と、慰める俺。
あの頃は、そこまで珍しいことじゃなかった。
でも、可愛がってた野良猫が突然姿を消して――……あの時は、おばさん達でも、どうしようもならなかった。
特に美咲によくなついてたのを覚えてる。
美咲も、本当によくかわいがってた。
もうちょっとで、両親の説得もできそうな時のことだった。
それでも、居なくなった。そのまま二度と帰って来なかった。
猫のある習性を知ることになるのは、それからずっと先の事。
その時はただ、泣いてる美咲が見ていられなかった。
――だから、その時、約束した。
絶対、帰る。美咲の所に。




