告白
夜会当日。朝から上から下まで支度されたリジルは、鏡に映る自分を見て驚愕した。
「誰ですか、これ」
「いやあ、磨きがいがございました。残りの日々をかけて準備したものが、ようやく花を咲かせましたね。サンティエは嬉しゅうございます」
感無量とばかりに、リジルの後ろでうれし泣きをするサンティエの横で、エルダがうんうん頷いている。
アイスブルーのドレスに身を包み、髪はハーフアップ。リジルの良さを引き立てるようなメイクアップを施され、今、まさに妖精のような彼女が座っていた。
正直、詐欺レベルだとリジルは思う。
「ああ、神様、生きててよかった。リジル様を連れてきてくれてありがとう。飾り立てるの最高ですぅ」
「サンティエ、私もそう思います」
「は、恥ずかしいです」
「う、くう!エルダ!なんで私女に生まれてしまったんでしょうか」
「とりあえず落ち着いて、鼻から垂れている鼻血をどうにかなさい」
相も変わらない二人のトークに、リジルはついていけない。そうしているうちにノックがあって、ドアが開いた。
「準備はできた…」
か、と続けようとして固まってしまったノアルがそこにいた。
「あの、ノアル、どうですか?」
「あ、ああ。とても似合ってる。綺麗だ…」
まるで吸い寄せられるようにリジルの傍まで来たノアルもまた、いつもボサボサだった髪を撫でつけ、後ろで一括りに結んでいる。
野暮ったい眼鏡を外して、今日は金縁の眼鏡をかけていた。シックな色合いの装いで、リジルも頬が赤くなる。
「ノアルも素敵です」
しばし見つめあう二人だったが、エルダがコホンと咳をたてたことで、我に返る。
「さあ、お時間でございますよ。ノアル様、お願いしますね」
「ああ、エルダ。任された。リジル」
そう言って、腕を出してくるノアルに、リジルはそっと手を回した。ゆったりした動きで、一階にあるホールへと歩いていく。
ホールに入ると、ざわめきが辺りを包んだ。着飾った貴族から、今回戦争に参加した兵士まで、参加しているのは様々だ。
女嫌いのノアルが女人を連れていることに、ある所からは驚きと、他からはひそひそと何やら話し合っている。
そんな中でも堂々と歩くノアルにリジルは安心して着いていった。
「ノアル、リジルちゃん、こっちよ」
手招きをしているのはリリアンだ。女主人として、各方面へ指示を飛ばしながらも笑顔で二人を迎えた。
隣にはサイモンもいて、方々から慰労会に参加している人々に挨拶をしている。区切りがついたのか、サイモンもこちらに顔を向ける。
「おお、リジル、綺麗だ。さすがリリー」
「でしょ。リジルちゃんに似合うよう渾身を込めさせていただいたもの」
どうだと言わんばかりにリリアンが話すと、リジルは軽くお辞儀をした。
「お母様、ありがとうございます」
「ああ、やっぱり可愛いわあ。ノアル、今夜はリジルちゃんを一人にしちゃだめよ。こんなに可愛いんだもの。悪い虫が付いたら大変よ」
「母上、興奮しすぎだ。無論離すつもりはない」
そう言うと、腰に手を回してしっかりホールドしてくる。見上げるとノアルがほほ笑んだ。
そんなジルベール家の様子に周囲がまたまた騒めく。一体彼女は何者なのか、そんな話で持ち切りになっていた。
しばらく談笑した後、軽く食事をつまんで、二人は庭にあるベンチに腰を下ろした。
「人が多くて疲れたな」
「はい。いっぱい声をかけられて、正直驚きました」
ここにたどり着くまでの間に、好奇心旺盛な方々からのアプローチを受け、二人は立ち止まるたびに経緯を説明していた。
火照った体に夜風が気持ちよく、遠くで聞こえる音楽の音に耳を傾けながら、リジルは隣に座っているノアルをそっと見上げた。そこだけが切り取られた空間のようで、見惚れてぼーっとしていると、ノアルと目が合った。
「リジル、どうした?」
「う、ノアルがいつもと違うので、その」
「俺もリジルが綺麗で、ずっとドキドキしっぱなしだ」
「ノアル」
「ん?」
「すき」
思わずポロっと出た言葉に、リジルは口に手を当てた。しまった、という思いと、恥ずかしさで顔はきっと真っ赤だろう。耳まで熱い。どうしたものかと俯いていると、腰を引き寄せられた。
距離が近くてさらにドギマギしてしまう。
「リジル、俺を見て。今の本当か?」
見上げればアイスブルーの瞳がこちらをじっと見つめていた。リジルは
震える手を握りながら、頷く。
その瞬間、柔らかいものが唇にあたる。何がなんだか分からなくて、リジルは目を見開いた。固まっているリジルを見て、ノアルは蕩けるような笑みを浮かべる。
「俺もリジルが好きだ」
心臓が跳ねた。好意を返されると思っていなかったリジルは、涙で潤む。
こぼれた雫をノアルが唇で奪った。そうしてもう一度、今度は深いキスを落とす。腰が砕けたリジルはノアルの胸元にくたりともたれかかる。
「これから先もリジルと一緒にいたい。一緒に、歩んでくれるか?」
「私で、良いんですか?」
「リジルが良いんだ。むしろ、これから先、お前みたいなやつは現れないと思っている。リジルしかいない。だから、俺と結婚して」
「…はい」
「はあーい、雰囲気ぶち壊して悪いけど、そろそろ戻ってきてくれるう?」
「ああああ、アレクさん⁈」
「本当にぶち壊しだよ」
「もお、ノアルったら拗ねないの」
アレクがムフフと笑いながら声をかけてくる。リジルは真っ赤になったまま、ノアルの腕の中で硬直していた。
仕方がないとノアルが立ち上がり、リジルを立ち上がらせると、腰を抱いたままホールへと戻った。リジルはなんとか真っ赤になった顔を戻そうと深呼吸する。
「リジル、大丈夫か」
「だ、大丈夫です。夢のようなことが続いたので、これは夢」
「ではないからな。今更無しになんて絶対させないから」
ホールではダンスが行われていた。終わりごろなのか、しっとりとした音楽と共に、男女が踊りを楽しんでいる。
「ノアル、リジル、久しぶり」
「セオ」
「セオさんお久しぶりです」
前日に来る予定だったセオは、結局仕事が終わらず、当日夜会途中から参加していた。
「すごいクマだな」
「まさに仕事に忙殺されていた。車で3日かかる距離を、オリバーに無理を言って2日で飛ばして来たんだ。体がギシギシだよ」
「オリバーは?」
「さすがに無理がたたって、父上に言って部屋で休んでいる。老体に鞭うってくれた彼には感謝しかない。それよりも、二人とも元気な姿が見れて安心したよ」
「ご心配おかけしました」
「いや、元を言うと、こちらの体制不備な部分が大きいから。こちらこそすまなかった」
「さ、そろそろ閉会の挨拶よ。こちらに来て」
アレクが急かすと、その後に続いて行く。サイモンがノアルとリジルを手招きした。ダンスが終わり、皆が落ち着いたころ、サイモンが声を上げた。
「皆様、今宵はお楽しみ頂けただろうか。国境の紛争も終わり、ようやく落ち着いた。ここで皆様にお知らせしたいことがある。ノアルの隣に居るリジル殿がこの度、我が国の宰相、オルフェンズ殿の養女となった」
今夜一番のどよめきが起きる。その中で、リジルも動揺を隠せない。横に立っていたノアルを見上げると、大丈夫と口を動かしてきた。
むしろ何が大丈夫なのか。宰相の養女とは一体どういうことなのか。
リジルはたくさんの出来事に頭がパンクしそうになっていた。
「リジル殿は、内戦時のサジエヴァルよりノアルに連れられこちらに来られた。今回、モルダーとの戦いでは、人質となり、これまで大変な苦労を重ねてきた。本当はジルベール家の養女にするつもりであったが、ノアルたっての希望があり、宰相殿にその役をお願いした。本日ここに皆様の祝福をお願いしたい」
サイモンの言葉に、周囲からは暖かい拍手が送られる。
「リジル」
戸惑いの表情を見せるリジルにノアルが囁くと、彼女はノアルを見上げた。
「お前が俺の幸せだ」
耳元で言われた言葉にせっかく冷めていた頬が朱に染まった。
夜会後、宰相補佐であるセオを捕まえて、リジルは説明を願う。するとセオは笑いながら言った。
「ああ。養女の件ね。父上が言った通りだよ。将来のことを見越して、父上とノアルから依頼があった。だから、俺から宰相にお願いしたら、快く引き受けてくれたよ。むしろ断ったら、仕事放棄するって脅したんだよね」
面白そうに笑うセオに、リジルは呆然とする。
「リジル、俺と結婚してくれるんだろ?」
「は、はい」
「じゃあうちの養女にはなれない。だから、お願いしたんだ」
セオの前なのに、構わずノアルがリジルを抱きしめる。
「もう離さないからな」
「ノアル、恥ずかしいです」
「ああ、こっちが熱くなってきた。あとは若者に任せて退散するよ」




