十七話 <視点・エクル>
【注】前回に引き続き不快な表現の文章があります。
苦手な方はお戻りください。
「ティティ!ティティ!」
振り返るとルゥカが必死にティティに呼びかけている。あまりの血の量にどうしたらいいか分からないのだ。
「エクル、お前・・・・・・いやそれより・・・・・・」
ロドル氏は穴が空くほどエクルを凝視していたがティティの方を優先してくれた。
「し、止血を・・・・・・」
よろよろと魔法の切れた身体で横たわるティティに近づく。
「どうしよう!?こんなにたくさん血が出てるのにまだ止まらない!」
「こりゃヤベェな」
刺さっているナイフを抜けばさらに出血が酷くなることは目に見えている。
どうすれば?一体自分に何ができる?こういう時のために魔法だろう!
今ここに魔法を使えるのはエクルただ一人。
白く塗り潰されそうになる頭を必死で動かす。
『エクル、そなたは手をだすでないぞ。なに、気に病むことはない。そなたの魔術には不向きなだけじゃ』
いつもと変わらないダ・リーリの声が聞こえた。
ロドル氏のいる前で話していいのか、とか誰もそこまで気が回らない。そも、ロドル氏に声が聞こえているかも疑わしいのだが。
なぜ姿を視せてくれないのだろう?こういう時こそ顔を見て話がしたい。
「ダ・リーリ?どういう・・・・・・」
エクルの疑問をリーズメルとイヴメルが遮った。
『ティティ、血を止めるわよ』
『舌を噛まないようにね』
ジュウ、と音がして人の肉が焼ける嫌な臭いがした。
「・・・・・・っ」
ティティが声にならない呻き声を漏らす。意識がある。
頭が広げた傷口を中心だけ残して焼いた。
『そちらの方も』
『焼くわ』
『合図をしたら』
『ナイフを抜いて・・・・・・今!』
言われるままにルゥカがナイフを引き抜く。
一瞬赤い飛沫が舞うが、またジュウという音がして人肉が焼ける臭いが漂う。リーズメルとイヴメルが魔法で傷口を焼いて止血したのだ。
あとには見るも痛々しい火傷の痕が残った。これは一生消えないだろう。
いや、それ以前に血が止まったからといって安心はできない。失った血の量、ティティの体力、ともに限界点を超えているはずなのだ。生命の灯火は消えかかっている。
「ダ・リーリ・・・・・・」
『安心せい、ルゥカ。ティティ死なん』
この重症を前に断言する。
『ティティ、聞こえとるな。リーズメルとイヴメルが患部を焼いて止血した。歌えるな?』
「ちょっ!こんな時に何言ってるの!?こんな状態で歌えるわけないし、歌ってる場合じゃないでしょっ!?」
ルゥカが切迫した顔で抗議する。
死地の淵にいる者に歌えだなんてどう考えてもおかしい。こんな時に冗談なんて笑えない。
『これが一番最善なんじゃ』
ダ・リーリの声音は変わらない。
「今にも死んでしまいそうな人に歌わせるのが最善?」
『説明は後でしよう。今はティティに歌わせてやっとくれ。この時間が貴重じゃ』
この時間が貴重、そう言われてしまえば黙るしかない。
ティティが閉じていた目をうっすらと開き、瀕死の重症を負っているとは思えないハッキリした声で歌いだす。毎晩ティティが歌ってくれるあの言葉で、意味は分からないけどどこか優しい感じのするあの言葉。
空に舞う粉雪は幾千もの人の想い
月光に照らされ煌くは幾億もの人の嘆き
どれ程想い馳せようと彼の地に届くことはなく
嘆けども嘆けども心は病めるばかり
なれば我等は祈り歌おう
されば主は我等を慰め癒すだろう
幾度つまずき倒れようと必ず手は差し伸べられる
何度傷つき絶望しようと必ず主は助け給う
故に我等は願い歌う
故に我等は歩み歌う
故に我等は祈り歌う
しっとりと歌い上げティティは力なく瞼を閉じる。
誰もが彼女の歌に聴き入った。沈黙と静寂が辺り一帯を支配する。
「ティティ?・・・・・・ティティ!」
ハッと我に返り、心配になったルゥカが名前を呼ぶ。
けれど瞼は固く閉じられ開く気配はない。
『落ち着かんか。傷口をよく見るのじゃ』
ティティに代わりダ・リーリが答える。
言われた通りそちらに視線をやると驚くことに、焼かれて酷いことになっていた傷口はパッと見で分かるほどに薄くなっている。よくよく気をつけて見てみれば青紫だった唇には赤みが戻り、青白かった頬にもほんのり朱がさしている。
歌っただけで?・・・・・・これも魔法?
「おい、いつまでこんな所に寝かせとく気だ?いくら傷口が塞がってもこれじゃ良くなるもんも良くならねぇよ」
そう言いながらロドル氏がティティを抱き上げる。
「え?あ、うん」
「そうだ、よね」
驚きすぎてそこまで気が回らない二人はまだ頭が働かない。
『待つのじゃ。こやつ等をこのまま野放しにしておくには危険すぎる』
歩き出そうとしたロドル氏の足が止まる。
「誰だ?さっきからわざわざ年寄りくさい話方するのは」
『ふむ・・・・・・』
「え?ロドルさん聴こえるの?」
ルゥカが驚きの声を上げる。
「は?何がだ?」
よく分かっていないようだ。
「姉さんそれは後にして。ダ・リーリ、そんなこと言ったって何ができるの?」
自警団に連れて行って、もし彼らが魔法のことを話して自警団がそれを信じたら?万が一の可能性でも危険は冒したくない。逆に自分の首を絞めることになるのだ。
『フォーガスト、頼むぞ』
『ま、自分で言ったんだから仕方ないよ。気は進まないけどね』
声は若い。二十代前半の青年といった感じだろうか?姿が見えないから声だけで判断しないといけない。
『済まんの』
『俺の能力が一番最適なんだからね。役に立ってるんだからいいよ』
何が始まるのだろうか?二人の会話だけでは予想できない。
「誰か他にいるのか?」
ロドル氏が不審気に目を細める。
『話せば長くなるから簡単に言う。・・・・・・後で説明するから』
「ハハ、確かに短い。分かった、後でじっくり話を聞こうじゃねぇか」
ロドル氏からはこれでもう逃げられない。これだけ見せてしまったのだ。彼に対してはもう腹をくくろう。
『確認するけど、俺達に関わる記憶すべてでいいね?・・・・・・分かった。始める』
『フォーガストの能力は“記憶”じゃよ。アレは全ての出来事を記憶し忘れることはない。過去の記憶 を書き換え改竄することもできる。あやつ等の記憶を少々いじってわし等に関する記憶を 消しておるのじゃ』
黙ってしまったフォーガストに代わりダ・リーリが説明してくれた。
「記憶を書き換える?」
そんなことまでできてしまうのか。魔宝石の能力は計り知れないと改めて思う。それに、使い方によっては危険な能力だ。
『脅すつもりはないがの。ほれ、覚えておるか?半月前、あの小屋でそなたらがわしらの存在を知った あの時。フォーガストとティティが言った言葉を』
何と言ったのか思い出せなくてルゥカの顔見ると、どうやら姉も同じらしい。肩をすくめて首を傾げた。
『いざとなったら自分が責任を取る、と言ったのじゃよ』
エクルの反応から察してくれたようでそう言った。
「それって、もしかしていざという時は僕らの記憶も消すつもりだったってこと?」
『安心せい。今はそんなつもりはありはせんよ・・・・・・さて、フォーガストそろそろかの?あまり時間は ないでな』
『うん、いいよ。急ごうか』
特に何をやったようには見えなかったがエクルたちが話している間に終わったようだった。
ロドル氏がティティを抱えて歩きだす。
「ロドルさん、行き先は?どこかいいトコあるの?」
その後を追う形でルゥカが訊ねる。
「心当たりがある。滅多なことじゃ人が来ねぇ場所だ」
足運びに迷いはない。
ルゥカの横を歩きながらロドルさんはそういうことにも詳しそうだ、とエクルは心強く思う。ただ、ロドル氏に魔法を見られたこと、魔法使いだとバレたこと。そしてダ・リーリたち魔宝石の声が聞こえたことが気がかりだ。
悪い人ではないと思う。これはここ半月付き合って分かっていることだ。ロドル氏にはかなり良くしてもらった。
けれど、魔法は「悪」なのだ。そして魔法使いは「化け物」だ。存在することすら許されない。それがエクルなのだ。ロドル氏をどこまで信じていいのか分からない・・・・・・。
ロドル氏はダ・リーリたちの声が聞こえるもよう。
ティティは無事一命を取り留めました。
閲覧ありがとうございました。
ここ最近ずっとエクルは生た心地がしない…。




