41.奇跡のハーモニーと浄化の光、傲慢の失脚
「奏……、あなた、私は……」
リリアの翼から力が抜け、彼女はゆっくりと奏の目の前へと降りてきた。彼女の頬を、一筋の涙が伝い落ちる。
その瞬間、奏たちの意志は完全に一つになった。
「一緒に歌おう、リリア。奏たちの、本当の声を」
彼女が小さく頷き、奏の旋律に自らの声を重ねた。
奏の放つ紅蓮の光と、彼女の放つ純白の翼の輝きが交わり、スラム街の全域に、これまでにないほど美しく、力強い奇跡のハーモニーが鳴り響いた。
二人の歌姫の共鳴によって生まれた絶対的な浄化の波動が、エリカの持つ歌殺しの魔笛へと直撃する。
魔笛から立ち上っていた不快な紫色の霧が、眩い光の粒子によって瞬時に掻き消され、骨でできた笛の表面にみるみる白いヒビが入っていく。
「な、何が起きているの!? 私の魔笛が……神聖なる王宮の秘宝がぁぁぁ!」
エリカが叫ぶのと同時に、パキィン! と鮮やかな音が響き、歌殺しの魔笛は彼女の手の中で粉々に砕け散った。中に封じ込められていた何百年分もの呪いと怨念が、奏たちの歌声によって完全に浄化され、温かい光の雨となってスラム街へと降り注ぐ。
その光の雨が地面に触れるたび、崩れかけていた小屋の地盤が固まり、逃げ惑っていた住人たちの体からは恐怖や疲労が消え去っていった。泥の中に横たわっていたアスモデウスの背中の傷も、みるみるうちに塞がっていく。
呪いの遺物は消滅し、世界は今、本当の輝きを取り戻したのだ。
歌声の余韻が、静かにスラム街を包み込む。
空を覆っていた灰色の雲は完全に消え去り、そこには抜けるような美しい青空が広がっていた。
「ま、魔笛が、壊れた……? そんな、バカな……、我が王宮の絶対的な力が、たかがスラムの無能に……」
地中から這い出た勇者レオが、腰を抜かしたままガタガタと震えていた。エリカは砕け散った笛の破片を見つめながら、髪を振り乱して呆然自失としている。
彼らの後ろ盾だった正義のメッキは、完全に剥がれ落ちていた。
「……おい、見たかよ。あの二人が、俺たちの家を壊そうとしたんだ」
「奏様を、あんなに傷つけて……!」
リリアの洗脳から完全に目を覚まし、奏の歌によって勇気を取り戻したスラムの住人たちが、クワや石ころを手に、一歩、また一歩とレオとエリカの元へと歩み寄り始めた。レイルを筆頭に、その瞳には王宮の理不尽に対する激しい怒りが燃え盛っている。
「ひっ……! くるな、泥ネズミどもが! お、俺様は勇者だぞ! 王宮の英雄だぞ!」
「いやよ! 汚い手で私に触らないで! レオ、何とかしなさいよ!」
形勢が完全に逆転した。何百人もの怒れる民衆の地響きのような足音に、レオとエリカは恐怖で顔を真っ青に染め、ついに大剣も法衣も放り出して、正規軍の残党たちと共に一目散に王宮へと逃げ惑うように走り去っていった。王宮という後ろ盾を失うであろう彼らの背中は、あまりにも惨めで、小さかった。
「……はぁ。終わったんだね」
着地した奏の背中から光の翼が消え、いつものメイド服へと戻る。心地よい疲労感が全身を包む中、背後からドタバタと激しい足音が近づいてきた。
「奏ーーーーーーーーーーッッ!!!!」
完全に傷が癒えたアスモデウスが、大粒の涙を流しながら奏の元へと猛ダッシュで駆け寄ってきた。
「見たぞ! 俺は見たぞ! 呪いの魔笛を浄化し、敵の海妖と共鳴して世界を救う奏……! ああ、なんという至高! なんという神々しさ! やはりお前は俺の、いや、全宇宙のナンバーワン推しだぁぁぁーーッ!!」
三メートルルールを完全に忘れて奏の周りをグルグルと走り回りながら、狂喜乱舞するアスモデウス。その横では、リリアが少し照れくさそうに微笑み、スラムの仲間たちが奏の名前を呼びながら、一斉に歓声を上げて駆け寄ってくる。
奏はその温かい光景を見つめながら、心の底から満ち足りた笑顔を浮かべた。
もう、奏は孤独な鳥籠の小鳥じゃない。奏の後ろには、世界で一番頼もしいファンと、大好きな家族がいる。この泥塗れのスラム街から、奏たちの本当の、新しい物語が始まっていくんだ。




