↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/44

04.鏡の中の自問と、冷めない熱の行方

 騒がしくも温かい一日が終わり、魔王城は深い闇の中に沈んでいた。

 奏に与えられた寝室は、王妃候補にふさわしい、贅を尽くした広い部屋だ。天蓋付きの大きなベッドに、贅沢な毛皮の絨毯。けれど、その広さが、夜になるとどうしようもない寂しさを際立たせる。

 パジャマに着替えた奏は、壁に飾られた等身大の大きな鏡の前に立ち、ぼんやりと自分の姿を見つめていた。


「……はぁ」


 小さく、重い溜息が、静まり返った室内にこぼれ落ちる。

 城の誰もが、奏を『未来の王妃様』として扱い、敬ってくれる。アスモデウスも、毎日奏を「尊い」「可愛い」と大騒ぎしながら、至れり尽くせりの環境を用意してくれている。

 けれど――自分の胸の奥には、どうしても拭い去れない冷たい違和感が居座り続けていた。

 奏は、自分の細い指先を動かし、そっと唇に触れてみる。


(あんなに、熱い夜を過ごしたのに……)


 それは、ほんの少し前の出来事。奏とアスモデウスが、初めてお互いの感情を爆発させ、身体を重ね合わせた『あの一夜』。

 思い出すだけで、耳の裏に火がつくように熱くなる。あの時のアスモデウスの瞳は、いつものオタクとしての狂熱ではなく、一人の男としての、恐ろしいほどの情念と愛に満ちていた。

 激しく求められ、壊れ物を扱うように優しく、けれど確かに奏たちはある意味一つになった……はずだった。

 だが、それっきりなのだ。


「あれから、もう何日も経つのに……」


 あの一夜を境に、二人の関係が何か変わるのかと思っていた。けれど、アスモデウスは翌日から、まるで何事もなかったかのように『元のガチ恋オタク』に戻ってしまった。

 毎日、遠くから奏を見ては悶絶し、近づけば鼻血を出しそうな顔で平伏し、奏のグッズを開発してはマルバスに怒られている。

 確かに、あの夜、アスモデウスはたくさんの愛を注いでくれた。

 何度も何度もキスをして、まるでお気に入りの抱き枕のように、奏の身体を強く抱きしめてくれた。耳元で、鼓膜が震えるほどの低い声で、「お前を愛している」「一生かけて守る」と、深い愛の言葉を囁いてくれた。

 それは嘘偽りのない、アスモデウスの本心だったと信じている。

 けれど、ただそれだけなのだ。

 魔物の皆が噂し、期待しているような『既成事実』――つまり、正式に婚姻を結び、名実ともに夜の営みを共にするような関係には、何一つ至っていない。結婚をしたわけでもなければ、アスモデウスがこれ以上、奏の肌に触れようとしてくる気配もない。


「アスモデウス様にとって、僕は……やっぱり『推し』でしかないのかな?」


 鏡に映る自分は、確かに魔王に溺愛されている。けれどそれは、神棚に飾られた偶像(アイドル)への愛と、何が違うのだろう。

 一歩踏み込んで、本当の意味でアスモデウスの隣に立ちたい、一人の男として愛されたいと願うのは、自分のワガママなんだろうか。


「身体を重ねたって言っても、ただ抱きしめられて、綺麗な言葉を貰っただけ。……みんなが思っているようなことは、何一つ無いのに」


 城の魔物たちが、奏を『王妃様』と呼ぶたび、胸の奥が罪悪感と、形のない虚しさでいっぱいになる。自分は、みんなの期待するような存在になれているのだろうか。アスモデウスの本当の特別になれているのだろうか。

 前世でも、ファンは自分の都合のいい『アイドル像』を奏に押し付け、それが壊れた瞬間にゴミのように捨てた。

 もし、アスモデウスの愛も、その『偶像への崇拝』と同じなのだとしたら。自分がアイドルではなく、ただの不器用で、寂しがり屋な一人の男だと完全に理解された時、また同じように捨てられるのではないか。

 冷たい夜風が、窓の隙間から吹き込み、奏の肩を濡らす。


「ここは本当に……僕の居場所なのかな?」


 鏡の中の奏は、何も答えてくれない。

 愛され、守られ、満たされているはずなのに、果てしない孤独の海にぽつんと取り残されたような感覚。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。