03.城内に響く、至高の歌声
お昼時を過ぎ、城の中が一時的な静寂に包まれる頃、奏は任された午後の仕事のために中庭へと向かった。
そこは広大な薔薇園で、魔界特有の、黒や紫の妖艶な薔薇が咲き誇っている。奏は小さな鋏を手に、枯れた枝を丁寧に切り落とす作業に没頭していた。
静かな庭園に、パチン、パチンと鋏の音だけが響く。
ふと、胸の奥から込み上げてくるものがあって、奏は無意識のうちに唇を開いていた。
「ふん、ふん、ふーん」
ひとつのハミングが、言葉になり、メロディとなって薔薇の隙間をすり抜けていく。
歌っていたのは、前世のアイドル時代のバラード曲だ。かつては何万人もの観客の前で、華やかな照明を浴びて歌っていた曲。けれど今、この魔界の澄んだ空気の中で歌うその声は、当時よりもずっと素直に、自分の心の奥底を映し出しているような気がした。
奏の歌声には、聴く者の心を惹きつけ、戦意を消失させる『スキル』が宿っている。けれど、今の自分はそんな力を意識して使っているわけではない。ただ、胸の中にある言葉にならない想いを、歌に乗せて吐き出しているだけだった。
歌い進めるうちに、周囲の空気が変わっていくのが分かった。
ふと視線を上げると、回廊を歩いていたはずの重装甲の暗黒騎士たちが、ガシャリと足音を止めて耳を澄ましていた。大広間で掃除をしていたワーウルフのメイドたちも、モップを握ったまま窓辺に集まり、うっとりとした表情で奏を見つめている。
遠くの執務室の窓からは、マルバスが静かにこちらを見下ろしているのが見えた。
(あ、みんな聴いてる……)
少し恥ずかしくなったけれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。人間界では、奏の歌はただの『都合のいい道具が歌っている』だった。けれど、この城の魔物たちは、奏の歌を本当に純粋なものとして、宝物のように聴いてくれる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!! 奏ァ!! 録音魔石はどこだぁ!」
遠くの玉座の間の方から、聞き慣れたアスモデウスの絶叫が響いてきた気がして、奏は思わずふっと吹き出してしまった。
アスモデウスの騒ぎっぷりは相変わらずだけど、自分の歌が魔界に、一瞬だけでも穏やかな時間をもたらしているのは確かだった。薔薇の香りに包まれながら、奏は誰かのために歌える喜びを、静かに噛み締めていた。




