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39.紅蓮のサイリウムと完全覚醒

 叫んだ瞬間、奏は自らの胸に両手を強く当てた。

 もう、迷わない。声が出なくたって構わない。奏を世界で一番信じてくれている人のために、奏が愛するこの故郷のために、奏の魂のすべてを、この喉から解き放つ。


「――っ、ア、アアアアアアアアア!!」


 奏の口から、最初の一音が放たれた。

 それはまだ、歌にすらなっていない、ただの魂の叫びだったかもしれない。だけど、その音がスラムの泥の大地に響いた瞬間、信じられない奇跡が起きた。


 ドクン!!


 倒れていたアスモデウスの身体から、残された膨大な魔力が、濁流となって奏の身体へと流れ込んできたのだ。それはアスモデウスが無意識のうちに放った、奏への応援の具現化だった。

 キィィィィィンと、魔笛の呪詛の音が、その圧倒的な魔力の輝きによって次々と打ち砕かれていく。

 アスモデウスの放つ、禍々しくも美しい紅蓮の魔力が、粒子となって奏の周囲を埋め尽くした。それはまるで、魔王城のライブで魔物たちが激しく振っていた、あの『サイリウムの光』そのものだった。

 何万、何億もの紅蓮の光の粒子が、奏の身体を温かく、優しく包み込んでいく。

 アスモデウスの魔力が、奏の傷ついた声帯を瞬時に癒やし、肺に無限の息を吹き込み、奏のメイド服についた泥汚れを、一瞬にして眩いばかりの光の衣装へと変えていく。アスモデウスの「推しを輝かせたい」という執念の魔力が、奏の折れかけた翼を、もう一度、天よりも高く押し上げた。


「あ……、ああ……!」


 声が通る。感覚が戻ってくる。いや、それどころじゃない。

 アスモデウスの愛の魔力と、奏の「みんなを救いたい」という意志が、完全に一つに溶け合い、奏の肉体を未知の領域へと引き上げていく。

 眩い紅蓮の光の渦の中心で、奏はゆっくりと宙へと浮き上がった。

 その背中には、アスモデウスの魔力が編み上げた、光り輝く純白と紅蓮のグラデーションの美しい翼が広がっている。泥に汚れていたはずの髪は、聖なる魔力の風に吹かれて美しくきらめき、奏の瞳は、世界のどんな宝石よりも深く、力強い光を宿していた。


「そんな……、あり得ないわ! 魔笛の呪いを、魔王の魔力ごと、自らの歌のエネルギーに変換して結合させているというの……!?」


 上空で、リリアが初めて本気の恐怖に顔を歪ませ、数歩後退った。

 地中に埋まっていたレオとエリカも、その圧倒的な神々しさの前に、ただ呆然と口を開けて見上げるしかなかった。

 今の奏は、守られるだけの鳥籠の小鳥じゃない。

 王宮の道具でも、魔王の愛玩物でもない。

 アスモデウスという最強の支えを後ろ盾に、自分の意志で、自分の足で、すべての理不尽を叩き潰すために降臨した、『真の歌姫』。


「リリア、レオ、エリカ。あなたたちの歪んだ支配の歌を、僕の歌で、今すぐ上書きしてあげる」


 奏は胸の前で優しく手を組み、覚醒した魂のすべてを込めて、本当の始まりの旋律を紡ぎ出した。

 スラムのすべてを、世界のすべてを優しく照らし出す、奏たちの本当の反撃が、今、ここから幕を開けるんだ。

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