33.緊迫の三つ巴
「――下等生物の分際で、我が奏の歌を侮辱するか」
リリアが奏を糾弾した瞬間、奏の隣に立つアスモデウスの全身から、再び世界を滅ぼさんばかりの漆黒の覇気が立ち上った。アスモデウスの紅蓮の瞳が、リリアと、そして魔笛を持つエリカたちを交互に睨みつける。
「リリアと言ったな。お前がどれほど魔界で名を馳せた海妖であれ、俺の前で奏を愚弄した罪は重い。今すぐその傲慢な首を撥ねてやろう」
「あら、魔王様。あなたがこの小鳥をどれほど盲目的に愛していようとも、事実が変わるわけではありませんわ」
リリアはアスモデウスの圧倒的な威圧感を前にしても、不敵な笑みを崩さない。
「私は『歌殺しの魔笛』の契約に従うのみ。そして何より、私はこの少年の『濁った音』が気に入らない。魔王様、あなたが私を滅ぼすのが先か、この魔笛が少年の喉を完全に引き裂くのが先か……試してみますか?」
クレーターの中から、レオが再び大剣を構えて立ち上がる。
「フン、魔王! お前がどれほど強くとも、聖女の魔笛が放つ呪いは防げまい! 奏を殺されたくなければ、今すぐその場に跪け!」
魔王と奏、勇者と聖女、そして王宮の呪いに縛られながらも奏を敵視するセイレーンのリリア。
スラムの泥塗れの広場を中心に、三つの勢力の強烈な意志と殺気が複雑に交錯し、一触即発の、張り詰めた緊迫感が辺りを包み込んでいく。誰が一歩でも動けば、その瞬間にすべての均衡が崩れ、大虐殺が始まる。そんな極限の状況が、奏たちの目の前に現出していた。
アスモデウスが、奏を庇うようにして一歩前へ出ようとした。その背中を見つめながら、奏の胸の中には、再びドロドロとした暗い不安の影が急速に広がっていった。
(リリアの言う通りかもしれない……)
奏は今、スラムのみんなを救うためにここにいる。アスモデウスに背中を押され、自分の足で立ち上がったつもりでいた。
だけど、奏のこの声は、奏のこの歌は、本当に『本物』なんだろうか?
もし奏の歌が、リリアの言う通り、人間界に媚び、ただ王宮の道具として作られただけの『偽物の光』なのだとしたら、奏は一体、何を使ってスラムのみんなを救えばいいというのだろう。
魔笛の不快な旋律が、奏の喉を内側から締め付け続ける。
頼みの綱であるはずの声が、微かに掠れ、上手く音を結べない。
「奏、顔を上げろ! お前は――」
アスモデウスが奏を心配して声をかけてくれるけれど、その温かい言葉すら、今の奏の耳には遠く歪んで聞こえた。
せっかく取り戻しかけた『歌姫としての光』が、王宮の呪いとリリアの容赦のない断罪によって、再び激しく揺らぎ始める。迫りくる本当の悪意を前に、奏は自らの存在意義の根底を揺るがされるような、底なしの恐怖に再び飲み込まれようとしていた。




