29.理不尽なる一撃
「うるさい、うるさい、うるさーーいっ!!」
奏が突きつけた正論に、エリカは完全に理性を失って絶叫した。その美しいはずの顔は、屈辱と激昂によって獣のように歪んでいる。
「何が歌姫よ! 何が正義よ! お前のような身分の卑しい無能が、この高貴なる私に向かって偉そうに口を叩くなんて、万死に値するわ!」
エリカは純白の法衣を振り乱し、凄まじい執念で奏へと突進してきた。その手には、神聖な魔力を宿した、黄金に輝く『聖女の杖』が握られている。
「奏様、危ない!」
レイルが叫んだが、あまりの唐突さに奏の身体は反応できなかった。
次の瞬間、視界が大きく火花を散らした。
ゴッ、と、鈍く重い音がスラムの広場に響き渡る。
エリカが振り下ろした聖女の杖の先端が、奏の頬を容赦なく打ち据えたのだ。
「あぐっ……!?」
激しい衝撃と、焼けるような痛みが顔を走り、奏は地面の泥の中へと激しく転がった。口の中に鉄の味が広がり、切れた唇から鮮血が泥の上にポタポタと滴り落ちる。
「奏様!」
「おい、何てことをしやがる!」
スラムの仲間たちが一斉に激昂するが、エリカは血走った目で奏を見下ろし、杖を突きつけて、さらに狂ったように喚き散らした。
「皆さん、騙されてはダメよ! この奏は、悪魔の力を借りて皆さんを『洗脳』しているのよ! だから、この泥ネズミどもは急に生意気な口を利き始めたの! この奏の考えはすべて間違っているわ! 私を否定する言葉は、すべて悪魔の呪詛なのよぉ!」
ハァハァと狂乱の息を吐きながら、訳の分からない妄言をがなり立てるエリカ。その横で、レオは大剣を引き抜き、不敵な笑みを浮かべていた。
「なるほど、悪魔の洗脳か。ならば、その呪いの根源ごと、この街を今すぐ神の炎で焼き尽くしてくれる!」
泥を舐め、頬を腫らしながら彼らを見上げる奏の胸に、底知れない理不尽さへの怒りが湧き上がった。けれど、殴られた痛みのせいで、すぐには言葉が出てこない。




