27.理不尽な難癖と、影からの支え
従者を怒鳴り散らし、胸を荒く上下させていたエリカだったが、ふと、泥の輪の中に立ち尽くしている奏の姿に気がついた。レオも同時に目を見開く。
「……お前、奏!? なぜ生きている! とっくに魔王に食い殺されたと思っていたのに!」
レオが声を荒らげ、一歩前へ出た。その瞳に宿ったのは、奏が生きていたことへの驚きではなく、激しい不快感と怒りだった。
「チッ、胸糞悪い。おい、みんな聞け! この奏という男は、かつて我が王宮の聖なる力を吸い尽くそうとした、災いの根源だ! こいつが生きていること自体が、この国に不吉をもたらす呪いなのだ!」
レオは、自分の作戦の正当性を証明するため、そして奏が生きて自分たちの前に現れたことが気に食わないという私怨のために、大声で民衆に提唱し始めた。
「そうだ、このスラムが壊滅することになったのも、元を正せば全て、奏という存在が悪いんだ! こいつが魔族を呼び寄せ、この地に災厄をもたらした! お前らスラムの連中が苦しむのは、この呪われた歌姫を匿っているからだ! 再びこいつを捕らえ、今度こそ世界の果てへと追放せねば、この国に救いはない!」
「そうだわ! こいつのせいで私の聖なる計画が汚される! 全ては奏、お前の罪よ!」
口々に叫び、奏にありもしない難癖と罪をなすりつけてくる二人。
王宮にいた頃の、あの「お前が悪い」「無能のゴミ」と毎日罵られていた記憶が、激しいフラッシュバックとなって奏の脳内を襲った。
心臓がバクバクと狂ったように波打ち、視界が狭くなる。呼吸が浅くなり、奏は恐怖でその場にすくみ上がり、身体を小さく震わせることしかできなくなった。
(ああ……まただ。また僕のせいにして、僕はみんなに……)
奏が過去のトラウマに押しつぶされ、再び暗闇へと落ちそうになった、その時だった。
フッ、と、奏の背中を、温かくて、とてつもなく強大で、優しい「影」がそっと支えてくれた。
『案ずるな、奏。お前は一ミリも悪くない』
耳元で、姿を隠したアスモデウスの、低く力強い声が響いた。
アスモデウスの大きな手が、奏の震える肩を後ろからそっと包み込む。条例の三メートルルールなんて完全に無視して、アスモデウスは奏のすぐ後ろに寄り添い、その圧倒的な魔力のぬくもりを、奏の身体に直接注ぎ込んでくれていた。
『お前は世界を照らす最高の光だ。あのような矮小な人間どもの戯言など、俺の威圧で一瞬で消し去ってやってもよいのだぞ? さあ、前を見よ、奏。お前の後ろには、世界最強の魔王軍と、この俺がついている』
アスモデウスのその言葉が、奏の凍りついた心を、一瞬で溶かした。
そうだ。奏はもう、あの頃の、味方が誰もいなかった孤独な奏じゃない。奏の歌を愛し、奏を一人の人間として全肯定してくれる、最高のファンが、ここにいてくれるんだ。




