17.愛という名の鎖の自覚
どれだけ言葉を尽くしても、アスモデウスには届かない。アスモデウスの優しさは、今や奏を完全に閉じ込める、世界で最も強固な檻となっていた。
絶望と、悔しさと、そしてアスモデウスに自分の本心が伝わらない悲しさが、一気に胸に込み上げてくる。
「どうして、分かってくれないの……」
気がつけば、奏の目から大粒の涙がこぼれ落ち、赤絨毯に小さなシミを作っていた。
奏は泣きながら、アスモデウスの目を真っ直ぐに見据えた。
「今の僕の状況はどう思っているんですか? アスモデウス様の『推し』として、綺麗なメイド服を着せられて、結界の中に閉じ込められて……。誰も僕に近づけない、誰も僕と目を合わせない。これじゃあ、あの王宮で飾られていた頃の僕と、一体何が違うの!?」
涙が頬を伝う。けれど、奏の瞳の奥にある覚悟の光は、少しも曇っていなかった。
「僕は、ただ守られて、何もしないまま、みんなが死んでいくのをここで見てるだけの置物になりたくない。もし、僕がそこへ行くのを止めるなら……僕は一生、あなたの前で歌わない」
その言葉は、アスモデウスにとって、何よりも致命的な一撃だったはずだ。
アスモデウスは、雷に打たれたように激しく目を見開いた。アスモデウスの顔からみるみる血の気が引き、その強靭な身体が目に見えて小刻みに震え始める。
「奏……お前、俺を……拒絶する、というのか……?」
「拒絶なんかしてない! 僕は、あなたの本当のパートナーになりたいんだ! だから……僕を信じて、行かせてよ」
涙に濡れながらも、一歩も引かずに自分を見上げる奏の姿を、アスモデウスはただ呆然と見つめていた。
アスモデウスの脳裏に、これまでの数日間の奏の様子が、そしてあの過激な『推し活条例』によって城の中で孤立していた奏の姿が、次々と蘇っていたのかもしれない。
「俺はお前を救ったつもりでいて、また別の地獄に、お前を閉じ込めていただけだったのか……」
アスモデウスは、自分の両手を見つめた。
傷つけたくない、汚したくない、失いたくない。その一心で積み上げてきた優しさと保護が、目の前の少年の心をどれほど深く傷つけ、その翼を縛り付けていたか。自分が良かれと思って敷いた条例が、奏を一人の『人間』としてではなく、ただの『飾り物』として鳥籠に閉じ込める鎖になっていたことに、アスモデウスは今、初めて気がついたようだ。
アスモデウスの低く掠れた声が、玉座の間に寂しく響いた。アスモデウスの瞳から怒りが消え、代わりに、深い後見と、奏の圧倒的な輝きに対する畏怖が、その表情を包み込んでいった。




