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16.激突する守護と懇願

「なぜですか!? みんなが死にそうになっているのに、黙って見ているなんて僕にはできない!」

「行かせるわけがないだろう!」


 アスモデウスが吠えた。その声に激しい怒りと、それ以上の恐れが滲んでいるのを、奏は感じ取った。アスモデウスは奏の肩を掴もうとして、条例の三メートルルールを思い出したのか、その大きな手を空中で激しく震わせながら踏みとどまった。


「お前はあの人間どもに何をされたか忘れたのか!? 無能と罵られ、泥水をすすらされ、最後にはゴミのように投げ捨てられたのだぞ! お前がどれほど傷つき、どれほど怯えていたか、俺はこの目で見てきた! あの忌々しい人間界は、お前にとって地獄そのもののはずだ!」

「それは王宮の連中のことで、スラムのみんなは――」

「同じだ! 人間などという脆弱で強欲な生き物、いつ手のひらを返すか分かったものではない! お前がどれほど尽くそうとも、奴らは再びお前を裏切り、傷つけるに決まっている! なぜそんな危険な場所に、自ら赴く必要がある!?」


 アスモデウスの言葉は、あまりにも一方的で、けれどどこまでも奏の安全だけを第一に考えたものだった。アスモデウスにとって、奏は傷つきやすい、壊れ物のような存在なのだ。


「僕はもう、あの頃の無力な自分じゃない! アスモデウス様が僕に居場所をくれたから、歌う勇気をくれたから、だから今度は僕が誰かを救う番なんだ!」

「言われんでも、そのスラムとやらが邪魔ならば、俺が魔王軍を派遣して王宮ごと捻り潰してやろう! お前がわざわざ泥にまみれる必要はどこにもない!」

「それじゃ駄目なんです!」


 奏は叫んだ。アスモデウスの力で人間を滅ぼしてしまえば、それはただの『魔王の侵略』になってしまう。スラムの人々は、今度は魔族の脅威に怯えながら生きることになる。そんなの、本当の救いじゃない。


「僕が行かなきゃ意味がないんです! 僕の歌で、僕の意志で、みんなを守りたいんだ! お願いです、アスモデウス様、僕を行かせて!」

「ならん、ならん、絶対に行かせん!」


 奏が何度懇願しても、アスモデウスは頑なに首を横に振り続けた。「結界が不安定だから」「人間界の空気がお前の肌に合わん」「条例第十五条により奏の外出は俺の許可が必要だ」――ありとあらゆる理由を並べ立て、アスモデウスは奏をこの城から出そうとしなかった。

 その必死な拒絶の裏にあるのは、王としての威厳ではなく、大切な推しを、最愛の存在を二度と失いたくないという、子供のように身勝手で、切実な恐怖なのだろうと奏は感じた。

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