15.引き裂かれた願い
レイルが命懸けで届けてくれた羊皮紙を握りしめ、奏はその足でアスモデウスのいる玉座の間へと向かった。
豪奢な赤絨毯を踏みしめる奏の足取りは、かつてないほど決然としていた。人間界の王宮による、スラム街壊滅作戦――つまり、奏の大切な故郷の虐殺計画。それを知ってしまった以上、一刻の猶予もない。奏はガラスの棺の中から飛び出し、自分の足で立ち上がらなければならなかった。
重厚な彫刻が施された大扉を開けると、そこには玉座に深く腰掛け、魔界の政務を執り行っていたアスモデウスの姿があった。
「――奏!? どうしたのだ、そんなに血相を変えて。もしや城の魔物どもが何か無礼を……」
奏の姿を見るや否や、アスモデウスは玉座から立ち上がり、大股でこちらへと駆け寄ってきた。その瞳には、いつものように奏を盲目的に崇める『オタク』としての熱と、それ以上に奏の異変を察知した『魔王』としての鋭さが混在している。
「アスモデウス様、ひとつお願いがあります」
奏はアスモデウスの前に立ち、まっすぐにその漆黒の瞳を見つめた。
「僕を……人間界のスラム街に帰らせてください」
一瞬、玉座の間の空気が完全に凍りついた。
アスモデウスの動きがピタリと止まる。奏の言葉の意味を脳が拒絶しているかのように、アスモデウスは数秒間、ただ唖然と奏を見つめていた。だが、奏の手にある血に汚れた羊皮紙と、奏の瞳に宿るただならぬ覚悟を見た瞬間、アスモデウスの顔から一切の余裕が消え失せた。
「……今、なんと求めた?」
「スラムのみんなが、王宮の軍勢に殺されそうになっているんです。僕を育ててくれた街が、子供たちが、無かったものにされようとしている。だから、僕をあそこへ帰らせてください。僕の手で、みんなを救いたいんです」
言葉を紡ぐ奏の声は震えていたけれど、決して弱音ではなかった。しかし、アスモデウスから返ってきたのは、奏の決意を真っ向から打ち砕く、地鳴りのような一言だった。
「――却下だ。絶対に許さん」
その声は、これまで奏に向けられたどんな言葉よりも低く、冷酷だった。魔王としての圧倒的な威圧感が、広い玉座の間を一瞬で支配していく。




