14.王宮の残虐なる選択
羊皮紙に書き殴られていたのは、かつて奏を道具のように扱い、最後にはゴミのように切り捨てた人間界の王宮による、あまりにも残虐で身勝手な計画だった。
文字を追う奏の指先が、怒りと恐怖でガタガタと震える。
マルバスがそっと奏の隣に立ち、奏の手元にある羊皮紙に目を落とした。
「……これは、王宮による『スラム街壊滅作戦』の布告、ですか」
マルバスの冷徹な声が、奏の耳の奥で酷く歪んで響いた。
内容を要約すれば、こういうことだった。
勇者レオと聖女エリカを擁する王宮は、近頃の魔王軍の勢力拡大に対抗することと奏が生きていることに対する腹いせも含めて、国境付近の防衛線を大幅に強化することを決定した。
その防衛拠点を構築する場所として選ばれたのが、まさに奏たちの故郷であり、レイルや孤児の子供たちが今も身を寄せ合って生きている、あのスラム街だった。
王宮の言い分は、吐き気がするほど傲慢だった。
『不浄なるスラムの住人は、聖なる勇者軍の盾となる栄誉を授かるべし』
『防衛陣地造営の足枷となる有象無象は、一律で“処分”の対象とする』
それは、移住を勧告するような生易しいものではなかった。
王宮の軍勢が近いうちにスラムへと進軍し、そこに住む貧民たちを国防の邪魔になるゴミとして、一人残らず排除――つまり、虐殺して街ごと更地にするという、凄惨極まりない壊滅命令だった。
「そんな……そんなのってないよ……!」
羊皮紙を握りしめる奏の爪が、肉に食い込んで血がにじむ。
あの街の人たちが、一体何をしたっていうんだ。彼らはただ、王宮の圧政によってまともな仕事も与えられず、冷たい泥水にまみれながら、それでも必死に一日一日を生き延びてきただけなのに。
脳裏に、かつて奏の周りに集まってきたスラムの子供たちの顔が次々と浮かぶ。
お腹を空かせながらも、奏が歌うと、泥だらけの顔に満面の笑みを浮かべて喜んでくれた小さな女の子。
奏が勇者の世話係として王宮へ半ば強引に連れて行かれる日、「奏様、僕たちが大きくなったら絶対に守りにいくからね」と泣きながら手を振ってくれた男の子たち。
そして、なによりも王宮から追放され、行き場を失った奏を拾ってくれた酒場のバーバラ。
そのみんなが、今、かつて奏を追放したあの冷酷な勇者や聖女の手によって、文字通り踏みつぶされようとしている。
「王宮の連中は、奏様を失ったことで、民衆の不満を逸らすための新たな『敵』と『犠牲』を必要としたのでしょう。実に人間らしい、浅薄で血生臭いやり口です」
マルバスの言葉は正論だった。だけど、今の奏にはそれを冷静に受け止める余裕なんてなかった。
胸の奥から、どす黒い怒りと、耐え難いほどの悲しみが爆発するように湧き上がってくる。人間界の王宮は、奏の誇りを奪い、奏の居場所を奪っただけでは飽き足らず、奏の本当に大切だった人たちの命まで、その汚れた足で踏みにじろうとしているのだ。




