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12.美しい「鳥籠」への違和感

 深夜。城の全魔物が眠りにつき、条例の監視の目もわずかに緩む時間。

 奏はパジャマ姿のまま、寝室の大きな窓を開け、夜の冷気に身を晒していた。

 見上げる魔界の夜空には、ゼニスブルーの月が浮かんでいる。その明るい紫みの青を帯びた妖艶な光に照らされた魔王城の尖塔は、どこまでも高く、どこまでも堅牢で、圧倒的な美しさを誇っていた。


「綺麗だな……」


 本心からそう思う。この城は美しく、優しく、奏を世界で一番安全な場所に匿ってくれている。

 人間界のあの冷酷な人々は、ここには絶対に入ってこられない。勇者レオの身勝手な言葉も、聖女エリカの理不尽な暴力も、この城の厚い壁がすべてを遮断してくれる。アスモデウスは、奏の頭に指一本触れさせないと誓ってくれた。

 だけど。


「……ここは、僕の本当の居場所なのかな」


 胸の奥から湧き上がる、強烈な違和感を、奏はもう無視することができなかった。

 この美しく堅牢な魔王城は、奏にとっての『救いの地』であると同時に、一歩も外に出ることを許されない、世界で最も贅沢な『鳥籠』なんじゃないだろうか。

 アスモデウスは奏を愛してくれている。あの一夜、奏を強く抱きしめ、耳元で囁いてくれたあの熱い言葉、あの深いキスの感触は、今でも奏の身体に残っている。あの時のアスモデウスは、奏を『偶像』としてではなく、一人の『男』として求めてくれていたはずだ。

 なのに、朝が来ればアスモデウスは奏を神棚へと戻し、触れることすら恐れるように遠くから悶絶するだけのオタクに戻ってしまう。奏を「王妃」と呼びながらも、絶対に婚姻の最後の一歩を踏み出そうとはしない。


(アスモデウス様は……奏という『アイドル』が好きなだけで、奏という『人間』を見てくれているわけじゃないのかな)


 もしそうなら、奏が年老いて、この容姿が衰え、歌声が枯れてしまったら、アスモデウスはどうするのだろう。人間界のファンたちと同じように、「がっかりした」と言って、奏の前から去っていくのだろうか。

 窓枠を握る奏の指先に、ぎゅっと力がこもる。

 マルバスは言った。王妃とは、民を照らす鏡だと。

 だけど、この鳥籠の中に閉じ込められたまま、誰とも目を合わせず、誰とも触れ合えない奏が、一体どうやって誰かを照らすことができるというんだ。

 遠く、境界の向こうにある、あの薄汚いスラム街の光景が、奏の脳裏をよぎる。

 王宮の軍勢が動き出し、飢えと恐怖に怯えているという、かつての仲間たち。子供たち。

 奏は今、こんなに安全で、こんなに綺麗な鳥籠の中にいる。美味しいものを食べ、フカフカのベッドで寝ている。なのに、奏の大切な人たちは、今この瞬間も、冷たい泥の上で震えているかもしれないのだ。


「僕は、ここにいちゃ駄目だ……」


 違和感は、明確な決意へと変わっていく。

 アスモデウスが作ったこの過激な条例は、奏を守るためのものじゃない。奏の足をこの城に縛り付け、奏の歌をアスモデウスだけのものにするための、目に見えない鎖だ。

 奏はただ守られるだけの飾り物で終わりたくない。この美しい鳥籠の扉を自らの手でこじ開け、外の世界へ行かなければならない。スラムのみんなを救うために。そして何より、奏が一人の人間として、アスモデウスの本当のパートナーになるために。

 夜風が奏のハーフアップにまとめた髪を激しく揺らす。

 静まり返った部屋の中で、奏は鏡の中の自分の瞳を見つめた。そこには、鳥籠の中で飼い慣らされることを拒絶した、一人の歌姫の強い光が灯っていた。

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