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揺らぎ

ども!続きになります。よろしくお願いします!

「もういいか」

「うん、大丈夫。ありがとう」


 鬼化を解くと、すぐに角が消えた。

 どういう原理か分からないけど、角は鬼化している時しか生えない。ちゃんと頭から生えているのに、生える時も消える時も痛みはない。角自体に触覚もないから、仮に何かの力で折られたとしても気が付きすらしない可能性の方が高い。

 実際に折られたことはないから、あくまで想像だけど。


「じゃあ、目隠し外すね」

「ああ」

「……あれ?」


 奏弥寺の方を見れば、俺が結んだネクタイを解くのに手間取っていた。

 確かに、絶対にほどけないようにきつめに結んだから、結び目が固いのかもしれない。


「悪い。きつくしすぎたみたいだ。解くよ」


 ネクタイに手を伸ばして、結び目を解く。それは自分が思っていたよりも固くて、目をつぶったまま、しかも後ろ手になんて解けるわけがなかった。

 ネクタイを解いてから、ついでに奏弥寺のリボンも解く。


「ありがとう」


 思ったよりしっかりと目隠しが出来ていたのか、奏弥寺は目を慣らすように瞬きを繰り返していた。


「大丈夫か?」

「大丈夫…。ありがとう」

「ん」


 奏弥寺にリボンを渡す。自分の手元に残っているネクタイを見れば、結んでいたところを中心にしわが寄っている。

 これはアイロンをすれば大丈夫そうだけど、今日だけで制服をダメにしすぎて少し悲しくなった。

 視線をネクタイから奏弥寺に戻せば、俺を見ていた奏弥寺と目が合った。真剣な目だ。

 たまに言葉の隅に真面目さを感じることもあるけど、基本的にふざけた様子ばかりの奏弥寺。だから、その真剣な目で見られるのは居心地が悪い。なにか、俺にとって良くないことを言われてしまうんじゃないかと思ってしまう。


「剛君。ちょっと屈んでくれない?」

「……嫌だ」

「じゃあ、ちょっとじっとしてて」


 嫌な予感しかしないけど、ここで反抗して、またあの糸を出されても厄介だ。

 そう考えてじっとしていると、奏弥寺が一歩、一歩と近付いてきて、俺の右肩辺りに左手を置いた。


「おい」

「痛いこととかはしないから。じっとしてて」


 有無を言わさない声色だった。

 右肩に重さを感じる。奏弥寺が、俺に体重を預けて背伸びをしていた。奏弥寺の右手が俺の視界を通って、消えた。

 何をしているかを聞きたかったけど、じっとしている方が賢明だと思った。

 奏弥寺の視線を追えば、俺の頭を見つめているのが分かった。多分、角を確かめたがっているんだろう。鬼化を解いた今だと、どれだけ探しても角なんてあるわけがないのに。

 そういえば、奏弥寺が能力を使うところを、今回も見れなかったな。なんて考えながら、奏弥寺にされるがままじっとしておく。


「生えてた?」

「生えてた」


 何が、とは今更聞かなかった。


「全然わかんないな~」

「そりゃあそうだろう」


 そんな会話をしている間も、奏弥寺は俺の頭を触り続けている。

 さすがに、こんなにも触れ続けるとくすぐったい。

 奏弥寺の右手を取って、頭から離す。すると奏弥寺は、ふてくされたように頬を膨らませた。


「早いよ!もうちょっといいじゃん!」

「くすぐったいんだよ。それに、角がないのはわかっただろ?」

「それはわかったけど!だって、好きな人の頭だよ?もう少し堪能したいじゃん!私と違って固くて、ツンツンしてるなとか。じっとして撫でられてる剛君が可愛いなーとか!」


 何を言っているのか、さっぱりわからない。

 大きくため息をついてから、奏弥寺の手を離す。


「それで、俺が鬼だってわかったか?」

「あ、うん。それはもう、すごく。ていうか剛君さ、すごく強いでしょ?」


 俺が?強い?

 何を言っているんだ。強いどころか、未だに個性が発現していない未熟者だ。どう考えても強いわけがない。


「…どうして、そう思ったんだ」

「私が今まで出会ったどの鬼よりも、霊力が強かったから。今日のあの鬼の攻撃だって、剛君も鬼化していたら簡単に防げたんでしょ?」

「そんなはずは…」


 ない、と言いかけて言葉を飲み込む。

 ダメだ。これ以上喋ればきっとボロがでる。そしてそこを奏弥寺に詰められて、俺が未だに色無しだと知られてしまうだろう。それは絶対に避けなければいけない。


「…鬼だってわかったんなら、もういいだろう。俺は帰るよ」

「あ、1人で大丈夫?」


 奏弥寺を睨む。俺を何歳だと思っているんだ。

 返事はせずに、奏弥寺の脇を抜けて部屋の扉に手をかける。

 奏弥寺に背中を向けるのは怖いけど、用事が済んだ今、さっきみたいなことはされないだろう。


「あ、剛君!制服のズボン忘れないでね!」


 忘れていた。奏弥寺に渡すっていう話のことは。


「何組?」

「私は1組だよ!だけど私が4組まで取りに行くからね!」


 にこにことピースサインまできめてくる。


「またね、剛君!私と付き合うことも、ちゃんと考えておいてね」

「…俺、断ったと思うけど」

「あれ~?はっきりとは断られた記憶はないんだけどな~」


 そうだっただろうか。

 今日1日で色んな事があった。知らない話もたくさん聞いた。正直、まだ理解が追い付いていないところもある。だから、そんな小さなところは覚えていなかった。


「じゃあ言うけど——」

「だーめ!」


 言葉が遮られた。俺の言葉を遮った本人は、自分の口の前で両手の人差し指を交差させて『×』を作っている。


「断るつもりならダメだよ。聞いてあげない」

「おい。それなら返事が一択しかなくなるじゃないか」

「そうだよ」


 奏弥寺がほほ笑む。目を細めて口角を緩やかに上げたその表情は、可愛いというよりも、すこし、大人びて見えた。


「絶対に、好きにさせてみせるから。だから剛君にある選択肢は一つだけ」

「なんだよそれ…。すごい自信だな」

「だって初恋だもん。絶対に叶えたいでしょ!」

「…知らねーよ」


 奏弥寺を見ていられなくなって、扉の方に向き直る。

 なんだよ、そのキラキラした目は。楽しそうで、嬉しそうな顔は。なんなんだよ。今日会ったばかりで、俺のことなんて何も知らないくせに。あんなにも簡単に、俺たち鬼を捕らえることができる力をもっているくせに。なんでそんな目で俺を見てくるんだよ。

 扉を開ける。廊下は窓から差し込む夕日でオレンジに染まっていた。


「また明日ね!剛君!」

「…気を付けて帰れよ」


 まだ信じることはできない。奏弥寺の言葉も、奏弥寺の気持ちも。奏弥寺自身のことも。

 だけど、目隠しをしたまま、俺に背を向けた奏弥寺の背中が目に焼き付いて離れない。

 鬼と2人きり。奏弥寺の話を信じるなら、部屋のセンサーは切れている。その状態で目隠しをしている。奏弥寺がいくらすごい能力を持っていたとしても、鬼化した俺が襲えば対処はできない状況だった。

 それなのに、奏弥寺は不安そうにするでもなく、何事でもないかのように立っていた。普通に。集会で並んでいる時みたいに。肩の力を抜いて。

 俺は、その背中を、信じたいと思ってしまっていた。


夕暮れでオレンジに染まる校舎に一番エモを感じるタイプの人間です。

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