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破れた制服

「やっぱり広いな」

「あはは。毎日通ってると当たり前になちゃうけど、そうだよね。敷地が大型テーマパークくらい大きいから運動になるよ」

「確かに。1日じゃ全区画を回り切れなさそうなくらい広いな」


 校門から購買まで、話をしていたとはいえ15分か20分くらいかかっている気がする。これは、短い休み時間じゃ絶対に買いに来れない。だから2年の教室がある3階にも購買があるのか。


「確かに!じゃあ、初デートは校内デートかな?」

「楽しいのかそれ…。あぁ…」


 いけない。無視するべきだったのに、奏弥寺のよく分からない言葉に思わず突っ込んでしまった。奏弥寺のペースに戻されるのは勘弁だ。


「楽しいかは分からないけど、剛君と歩けるんだったらそれもありだなーって」

「……そうですか。あ、あれか?」


 目の前の廊下には大きく『購買』と書かれたプレートが設置されていた。コンビニほどは大きくないけど、数人くらいならすれ違えそうなくらいのスペースがある。


「えっと、制服コーナーはこっちだね」

「おい!」


 油断している隙に腕を組まれて購買の中に引かれる。

 廊下からでは分からなかったけど、購買の奥の壁には見本の制服がいくつか掛けられている。ここが制服コーナーか。


「夏服も置いてるのか」


 壁にかかっている制服を眺めると、俺が今着ている春・冬用のブレザーはもちろん、夏用の半袖シャツも飾られていた。


「うん、一年中どの季節の制服も買えるよ。便利だよね」


 便利…なんだろうけど、そんなに必要になることがあるんだろうか。


「剛君はどのサイズ?」

「ああ、俺はこれ」


 ケースの中に並べられている冬用ズボンの中から、今自分が履いているサイズのものを手にとる。

 入学の準備の時に買ったばかりだから、確認しなくてもサイズは覚えている。


「じゃあ買ってきちゃうから、剛君はテキトーに見てて」

「あ、ああ。ありがとう…」


 奏弥寺はオレからズボンを受け取ると、御会計と書かれている方に向かって歩いて行った。

 手持無沙汰になった俺は、購買の中をぐるりと見回す。制服なんて着れればいいと思っていたからあまり気にしていなかったけど、シャツやネクタイにはたくさん色があるらしい。オシャレな奴はこういうのにも拘るんだろうな。


「剛君、剛君」


 テキトーに制服を見ていると、会計の方から奏弥寺の俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 声がする方に歩いていくと、奏弥寺が俺に向かって手招きをしている。


「店員さんが、奥で着替えて行く?って」


 そう言われて店員の方を見れば、営業スマイルを貼り付けた中年くらいの男性と目が合った。


「お願いします」

「じゃあ、こちらにどうぞ」


 会計のさらに奥の小さなスペースに案内される。部屋の隅にカーテンで仕切られたスペースがあって、そこで着替えが出来るようだった。

 カーテンを閉めて素早く着替える。さっきまで履いていたズボンを改めてみてみると、自分で思っていたよりも色んな所が破れたりほつれたりしていた。


「ありがとうございました」


 脱いだズボンと商品が入っていたビニールを持って会計まで戻る。


「ゴミはこちらで処分しますよ。制服もこちらで引き取りましょうか?」


 手に持っている制服を見る。

 親が買ってくれた制服だ。それをたった3日で破ってしまってその上捨ててしまうなんてことは、俺にはできなかった。


「こっちは大丈夫です。ありがとうございます」


 ビニールのゴミだけ店員に渡してお礼を言う。


「持って帰るの?」


 そう言う奏弥寺の視線は俺の手元に注がれている。


「なんか、一応…」


 捨てるのは忍びない。かと言って俺ではこれを直すことはできないし、そもそも家に持って帰った時点でばれてしまう可能性の方が高い。


「買ってもらったばっかりだもんね…」

「…ああ。あ、ありがとうな。本当にいいのか、お金とか…」

「それは大丈夫!私が悪いのは間違いないし、お金は家から出るから。んー…。ねぇ剛君、そのズボン預かってもいいかな?」

「は⁉」


 今に始まったことじゃないけど、何を言い出すかと思ったら。


「そういうアレか…?趣味なのか…?」


 人間には好きな相手が着用した衣服を集める物好きがいると聞いたことがある。もしかすると人間に限らないのかもしれないけど、少なくとも俺は聞いたことがない。

 このタイミングでそういうことを言い始めたと言うことは、奏弥寺も…?


「ち、ちがう!多分何かを誤解してるよ剛君!私はいたって健全!ピュアラブ!」

「何を言ってるんだ…?」

「剛君が変なこと言うからでしょ!」


 腕を殴られる。痛くないどころか、本当に当たったのか疑うくらいの力で。


「直したいと思って。私が」

「奏弥寺が?裁縫とか得意なのか?」

「全然!」


 そんな自信満々に答えられても不安しかない。

 それに、少し穴が空いたレベルじゃなくて結構傷が広がっている。裁縫なんてやったことがない俺でも、これを直すのは難しいと分かるほどだ。それを、全然裁縫が得意じゃないという奏弥寺が直すというのは厳しいんじゃないだろうか。


「いいよ。奏弥寺には新しいの買ってもらったし。これはそういう店をさがしたり、自分で何とかする」

「だめ!私が預かる!うちにはお手伝いさんもいるし、多分裁縫が得意な人もいると思うから。頑張って直すよ!」


 なんだか譲らない気配を感じる。奏弥寺の目はやる気にあふれているし、その手はすでに俺が持っているズボンを掴んでいる。


「…わかった。けど、さすがに一回洗わせてくれ。このまま渡すのはちょっと…」

「私は気にしないのに」

「俺が気にするんだよ。洗ったらまた持ってくるから」


 ズボンを一回広げて、軽くはたいてからバッグの中に片付ける。


「任せて!違和感なく直してみせるから!」


 親指を立てて、相変わらず自信ありげにそう言う奏弥寺を、俺は信用することが出来なかった。何なら余計ひどいことになりそうな気すらしている。


「ところで剛君。もう少しだけ付き合ってくれない?」

「え。嫌だけど」


 用事は済んだ。それに、さっき購買で時間を確認した時、もうすぐ18時になる頃だった。そろそろ帰りたい。


「そんなこと言わずに!本当に少しだけ!」

「…どこに付き合うんだよ」


 多分、ここで言い争っている方が遅くなる。そう思って仕方なくそう返すと、奏弥寺はパッと顔を輝かせた。


「風紀委員会の会室!私、放課後に何かの活動をするときはその部屋のロッカーに荷物を置いてるんだよね」

「荷物くらい1人で取りに行けるだろ…」

「まあまあ、学校案内も兼ねてると思って付き合ってよ。それに、風紀委員会の会室なんて一般の生徒は入れないんだよ?」


 頭の中に園内マップを広げる。

 確か、各委員会の会室は敷地の中央区画に固まっていた気がする。

 各区画から渡り廊下のようなもので繋がっているように見えたけど、実際に見たことも通ったこともないからどうやって行くのかは分からない。


「中央は広場になってるから、そこを邪魔しないように2階に渡り廊下があるんだよね。どこからでも委員会棟に行けるし、反対に委員会棟からならどこの区画にでも行ける。だから他の区画に行きたいんだったら、中央広場を突っ切るか、委員会棟を抜けるのが早いんだ」


 園内マップを見た時、確かに変な作りだとは思った。

 中央に各委員会の会室が集まる委員会棟があって、その周りを囲むように6つに区画分けされた形。中枢機関とでも言うのだろうか。委員会棟が少し異質なもののように感じる。


「不思議な構造…だよな。委員会がかなり重視されているように見えるというか」

「おお、鋭い!くーっ!優しくてかっこいいだけじゃなくて頭もいいなんて…」

「褒められるのも、限度を超えると馬鹿にされている感じに聞こえ始めるんだな」

「え⁉そんなわけないのに!でもごめんね、気を付ける」


 俺に両手を合わせて申し訳なさそうに眉を下げる奏弥寺。


「奏弥寺はそういうタイプじゃないって、まあ、うん。分かるよ」


 数時間前に会ったばかりだけど、遠回しに嫌味を言うタイプじゃないことはなんとくなく分かる。というか、奏弥寺は毒を吐くなら遠回しじゃなく直接言うタイプな気がする。


「~!ありがとう!でも気を付けるね」


 高等部の校舎から委員会棟に伸びる渡り廊下に足を踏み入れる。

 床と天井は校舎と同じように無機質にも見える素材でコーティングされているけど、側面は全てガラス張りになっていた。


「へぇ。中央広場が見えるようになってるんだな」

「そうなんだよ。今だとお花がいっぱい咲いてて綺麗だよね~」


 鼻歌交じりに外を眺める奏弥寺の視線を追うと、花壇に色とりどりの花が咲いていて確かに綺麗だった。花壇にプランター、レンガで囲まれた土に、花や木が沢山植えられている。


「…桜をこんなに近くで、上から見るのは初めてな気がする」

「不思議な感じだよね」


 かなり長い廊下だ。開放感や外を眺める楽しみがないと、渡り切るのは少ししんどいのかもしれない。


「それにしてもやっぱり遠いな~。そもそも校舎が大きいから仕方ないんだけど、もう少しどうにかできなかったかな~」

「確かに、これは大変だな」


 やっと渡り廊下の終わりが見えてきた。

 渡り廊下と委員会棟の間に扉はなく、そのまま廊下に繋がっているようだ。


「ここもここで広いんだよね。初等部、中等部、高等部の委員全員が集まるから、委員会室の一つ一つが広いし」

「初等部も?初等部と高等部じゃ、全然話が合わないんじゃ…?」

「初等部って言っても、4年生からなんだけどね。まあそれでもやっぱり、話についていけはしないよね。実際、私自身もそうだったし」


 自分が小学4年生の頃を思い返す。

 その時は6年生ですら立派に見えて、中学生なんかは大人で、高校生に至っては怖さすら感じていた気がする。それはその相手が鬼とか人間とかは関係なかった。

 今考えると、ただ自分より年齢が上だという事実と、壁のように高い身長に圧倒されてしまっていただけのように思う。


「奏弥寺はずっと風紀委員なのか?」

「もちろん!私以上の適任者はいないだろうし。あ、風紀委員会の会室はこちらになります」


 奏弥寺がその部屋の扉を開けようとするが、扉を引いても開く気配がない。


「あれ、誰もいないのか。ちょうど良かった」


 奏弥寺はポケットから鍵を取り出して、委員会室の扉を開けた。


「剛君も入って入って」

「ああ…」


 委員でもない俺が入るのは後ろめたかったが、委員会室の中を見てみたい気持ちもあった。幸いにも、廊下に俺たち以外の人影はない。結局、奏弥寺に促されるまま委員会室の中に入った。


「まじで広いんだな…」

「でしょ?まあ150人くらいが一気に集まるからね」


 中は、外からは想像できないくらいの広さだった。

 二人掛け席が横並びにいくつも並んでいる。そして、部屋の一番奥には教壇のような段が設置されていた。教室というよりは講堂に近い印象を受ける部屋だ。


「全部スケールが違うな…」

「あはは。編入してきたばっかりだとそうなるよね。幼稚舎からいたら、他の学校を知らないから何にも思わないんだけど」


 ガタガタと音がする方を見れば、奏弥寺が部屋の隅に設置されているロッカーから荷物を取り出していた。ロッカーと言っても、駅とかにあるコインロッカーみたいなもので、ちゃんと扉と鍵が付いている。


「よいしょっと」


 ロッカーから取り出したリュックを背負った奏弥寺が俺の方に駆け寄ってくる。


「お待たせ!」

「…制服、そのままなのか」

「あ、そうだった」


 どこの制服かは知らないが、桜万木学園のとは明らかに違う制服。桜万木学園の制服は男女ともにブレザーなのに、奏弥寺が今着ているのはセーラー服だ。


「もう帰るだけだからいいかな~。あ、もしかして…着替えるとこ見たかった?」

「なんでわざわざ違う制服を着てるんだ?」


 頬を赤らめて変なことを言う奏弥寺は無視する。

 俺が特に動揺した様子を見せなかったのが面白くなかったのか、奏弥寺が頬を膨らませた。


「ここの制服って有名じゃない?それが良い時もあるんだけど、今日みたいな時は良くなくて」

「良くない?」

「うん。警戒されちゃうから。今日は一応私自身が囮だったから、桜万木の生徒だって警戒されるのは避けたかったんだよね。でも、あいつらの反応からすると、桜万木の制服を着てたほうが手っ取り早かったかもしれないね」


 確かに、あいつらは俺の制服を見てから、より一層息巻いていた気がする。そんなのは結果から見た話でしかないけど。


「ちょっとごめんね」

「うわ!」


 奏弥寺が近付いてきて、俺の目の前に立つ。もう十分近すぎる距離をさらに詰められて、抱き着かれるのかと思った。その時——。


『ガチャ』


 後ろから固い金属の音がした。


ぜったいに動く歩道とかつけた方がいい廊下。

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