30 引き抜き(中編)
30 引き抜き(中編)
集められた大女優たちは、今日は機織りに見えた。
見窄らしいわけではなく、とても豪華な女工たちではあるが、何となく生活臭がするようで、気さくな感じである。
オーラが出ているような感じだと話をしづらいが、これなら大丈夫だろう。
下半身もテーブルの下に隠れるし。
食堂に一同が集まったところで、俺は前に出て白板を使って説明を始めた。
何故か、生徒の中にシャガ、イチハツ、キショウブも混ざっている。
心がざわつき、何かが引っ掛かっている。
キショウブに紋章がないからだ。
何故、紋章がないのが気にかかるのだろう?
「君たちが織っているのは、縦糸2本か3本を交差させてそこに横糸を通し、更に交差させていく織り方で合っているかな」
「他にも幾つかありますが、基本的にはそういう織り方で合っていると思います」(グレース)
「色々と工夫はしていますが」(ソフィア)
「では、横糸をもう1本追加して織ることは可能だろうか?」
「はい、布地を硬くする必要がありますが、2本、3本と同時に織り込むこともあります」(マレーネ)
布地がほつれた時に困るからだろうが、平織りと綾織りはできている。
「その基本的な織り方に、余裕を持たせた遊びのある糸を織り込むのが今回の課題なんだ」
「遊びとは何でしょうか?」(エリザベス)
「うん、簡単に言えば、輪っかを作る」
「輪っか?」(ブリジット)
「輪ですか?」(ヴィヴィアン)
「ほつれてしまうのでは?」(オードリー)
俺は白板で説明する。
「土台の布地がしっかりしていれば、ほつれは一緒に織られていって、こうして輪っか状の状態を保持できる。この輪っかをパイルと呼ぶんだ。非常に手触りが良くなるし、厚みも持たせられる」
「伸縮性はなくてもいいんですね」(ヴィヴィアン)
「刺し子みたい」(ナスターシャ)
「そうだ、ナスターシャ。良くわかったね」
ナスターシャはちょっと横を向いてしまった。
頬が赤いから、恥ずかしいだけかもしれないが、嫌われてたりして?
初期のビロードでは、2枚の布を平行にして隙間を作り、その間を刺し子で埋めていき、最後に2枚を切り離すと、毛の長いベルベット生地ができたとも言われている。
現代ではもっと高度な織り方をするが、ベルベットの基本は同じく2枚織りのようだ。
だが、今は、ベルベットよりもパイルが大事だ。
「じゃあ、実験してみよう。キャサリーンとイングリッド。ちょっと前でこ布地に刺し子を入れてくれるかな」
「輪っかを作るんですよね」
顔が近いからね、キャサリーン。
お目々がキラキラで眩しいから、ちょっと勘弁して。
下半身は色気で匂い立つようである。
「どれくらいの大きさなのでしょう」
「うぉほん、クーリャ、竹ひごを頼む」
俺がキャサリーンの布地に竹ひごをかざし、クーリャがイングリッドの布地に竹ひごをかざす。
俺の方が2センチぐらいの遊びで、クーリャの方は5ミリぐらいで刺し子をしてもらう。
「やりづらいです」
「面倒かな」
「まあまあ、実験だからさ。ゆっくりでいいよ」
つい、キャサリーンのお尻を触りそうになって慌てて手を引っ込めた。
みんな刺し子に夢中で気づかないと思ったら、ナスターシャに見られたような気がする。
再び、プイと横を向く。
冷や汗が出た。
途中で、オードリーやグレースに交替し、それから全員を一回りすると3列ほどのパイルモドキが出来上がった。
「どうだろう、刺し子も面倒だよね。織りに加えた方が早くないだろうか」
「均一の大きさにするのなら、機織りにこうした竹ひごのようなガイドを添えた方が早いかしら」
「布地の強さを求めるなら刺し子でもいいかも」
「でも、このパイルの量を多くするなら織りの方が早いでしょう」
「1列織り込んで、引っ張って出していくのは?」
「横糸じゃなくて、縦糸でパイルにする方法もあるんじゃない?」
「刺し子なら、どちらも関係無いでしょう」
ガヤガヤと議論が始まった。
熱心な生徒たちだから、暫くは放っておく。
シャガたちは理解が追いつかず、見物に回っている。
キショウブの下半身が眩しい。
ある意味、いつも通りなのだが、何かが違うのだ。
焦るというか、後ろめたいというのか、何か大事なことを忘れている。
「待って、刺し子なら表だけじゃなくて、裏面にも同時にパイルを作ることができるわ」(グレタ)
「織りでも、両面可能かも」(キャサリーン)
「どうなのでしょう、伯爵様?」(オードリー)
近い! 近すぎるからね!
美しい顔に、輝く瞳に、匂い立つような下半身じゃ、俺がつらいからね。
お願い、集まってこないで!
クーリャが笑いを堪えている。
こら、少しは焼き餅焼いた方が可愛いんだぞ!
「ごほん、えー、例えば縮緬を応用して、吸水性の高い糸を2、3本軽く撚ってパイルを立て、面状にすると、タオルという手拭いよりもずっと吸水性があり、柔らかく分厚い布になる。これはパイル地では非常に需要が高いが、両面パイルにしなくても裏側に撚り糸が残るから柔らかさは両面に出ることになる」
「確かに縮緬よりも吸水性は高そうね」(クーリャ)
「ただ、厚手にするには糸も太くなるから、刺し子では作りづらいだろう」
「そうですね、針が太くなりすぎるし、糸の通りも悪いわ」(グレース)
「布地も傷みそう」(マレーネ)
「更に、パイルにはこういった使い方もある」
俺はクーリャからハサミを借り、刺し子で作ったパイルにハサミを滑らせながら切っていく。
「ああ、折角のパイルが……」
「勿体ない」
「大丈夫なの?」
できあがりは、俺の頭髪のように疎らな寂しい毛皮状のパイル地になった。
「…………」
いや、だからさ、態々、俺の頭を見なくてもいいからね。
知ってるし、寂しいし、悲しいからね。
「こ、これは俺の頭のように寂しいけど、見本だから」
「くくく」
「うふふ」
「ぷくく」
ナスターシャまで横を向いて、口元を押さえている。
「これは、疎らだけど、きちんとした数が入っていれば、本物の毛皮以上に温かく、手触りが良い生地になる。パイルの毛足の長さで布地が分厚くなるし、パイルを切ることによって、毛皮のようにブラシで梳くこともできる。大きいものを作って床に広げれば、絨毯と言って、冬でも暖かい部屋を作れる」
クーリャは勿論だが、ヴィヴィアンとナスターシャは想像できたようだ。
稲穂や麦もそうだが、束で植えても、上で広がると一面を覆うような状態になる。
トウモロコシ畑も歯ブラシも同じである。
根元の方をみれば隙間があり、列が見える。
コーデュロイみたいに畝があるような布地でも、毛先を長くすれば、全体を覆うようになる。
「これをカットパイル、またはビロード織り(ベロアだな)と呼ぶんだ。絹だけではなく、綿や毛糸でも作れる」
本当は、先程言ったように、2枚の布地を同時に織り込み、切り離すと2枚に毛足が長いビロードを作れるのだけれど、その辺は宿題にしておこう。
今はループのタオル地の方が優先だからだ。
そこへ、例の下働きの少女たちが現れた。
クーリャ邸の下働きは女中の下で女中を世話する女たちのようである。
一息ついたところを見計らって、食堂にお茶を運んできたのだった。
下働きではなく見習いなのか、それとも愛娘たちなのだろうか、皆若くて美人である。
しかし、女未満という感じがする。
やはり女優たちの方が遙かに色っぽい。
女優たちはただの女工でも女中でもなく技術者であり、機織りを習いたい少女たちの先生でもあったようだ。
クーリャが先生の先生、家元だろうか?
出資者なのかな?
シャガやイチハツ、キショウブまでもが下働きに『姫様』と呼ばれてご機嫌なようだった。
少女たちは、柏崎地域の村々から訪れていて、家は養蚕をしているらしい。
愛娘も混ざっているらしいが、教えてもらえなかった。
何となく興奮するのは、俺がクズだからだろうか?
本当に修行だか、勉強に来ているようだ。
住み込みなのだから、下働きは当然なのだろう。
元々、柏崎地域にはクヌギやコナラなどに山繭が多く見つかり、天蚕が盛んだった。
特にテグス糸が作れる楠蚕は、今でも盛んである。
漁業用の網は需要が高いのである。
クスサンは山繭蛾の一種で、あちこちに繭を残すらしい。
天然のナイロンのようなものである。
お茶を飲みながら、ひととおり議論とか討論がすみ、女優たちは、いや、女工たちは機織りの機械で工夫することになった。
それで、俺はシャガとイチハツに柏崎までのお使いを頼んだ。
管理責任者のモトに、機織りの機械工を派遣してもらうこと。
金貨銀貨をクーリャの工場拡張費に少し回してもらうこと。
それから、金属加工職人にワイヤー(針金)を作ってもらうことである。
今後、クーリャの工房は、越どころか世界中の中心になるだろう。
どれだけ大きな工場を作っても手狭になるに決まっている。
シャガとイチハツは不満そうにしていたが、モトに小遣いをもらって暫く遊んできていいと言ったら、鯨波の村長宅に飛んでいった。
退屈していたのだろうし、馬車を借りて遊びに行けるのが嬉しかったのだろう。
「キショウブは、何故、留守番なのでしょう?」
「お前は処女だから、危ないことはさせられないだろう」
シャガとイチハツはクズの紋章を持つ姫だから、越の領内で誤解されることはない。
紋章の物理的効力も、未知だが、きっと役割を果たすだろう。
だが、紋がないキショウブを外には出せない。
誤解はあるものだし、酔っ払いなどに絡まれたりすれば、いくら強くても危険はあるだろう。
「キショウブは警護官ですよ。危ないことは平気です。慣れていますし、強いです」
キショウブは頬を少し赤くして訴えるが、多分、俺が外に出すのは嫌なんだと思う。
とは言え、そんなことは誰にも話せない。
「警護官が全員いなくなるのは困るだろう?」
「ええっ、そうなんですか? いつもは邪魔そうに文句まで言うのに?」
「だけど、ここは本拠地じゃないからな」
「伯爵様が必要だと思ってくれているのですね。ちょっと、誇らしいです」
それで何を納得したのか、キショウブは笑顔で下働きの少女たちの所へ行ってしまった。
ムッチリとして大柄の方だが、精神年齢は下働きの少女たちと同年代のようだった。
可愛いから許す。
何故か、純白のパンツを思い出した。
それより、大事なことがあるのだろうが、俺は何も思い出せず、クーリャを呼んで、もう一度、勉強会に戻った。
「鉄製の竹ひご、つまり、針金を作るように指示しておいた。パイルを作ったり、切ったりするのに便利だと思う」
今度の生徒はクーリャに、俺が指名した、ヴィヴィアンとナスターシャである。
この3人が一番イメージ作りが上手いと感じたのである。
決して、容姿が気に入ったからではない。
からではないが、容姿を気に入ったのも事実である。
からではないが、身体でもないぞ。
ヴィヴィアンは、小柄で小顔で、おっぱいも小さめだろうし、お尻も小さくて、細身である。
瞳が大きいから、美人度が半端ではないが。
ナスターシャは、もうコメントする必要は無いだろう。
青にも灰色にも見える瞳が印象的で、憂い顔が何となくだが、たまらんぞ、もう!
脱線した。
クーリャが面白そうな顔をして見ているので、全部筒抜けのような気がする。
しかし、大事な所だ。
真面目にやろうや。
「パイルやビロードの方は、他の女に任せていいよ。君たちには新しい、伸縮性のある布地の開発を頼みたい」
「まだ、他に考えがあったの?」
「うん、クーリャの縮緬のお陰で、色々と思い付いた」
「へえ、それは是非に聞かせてもらいたいわね」
「えーと、君たちは編み物って知っているかな?」
「竹カゴの細工かしら?」
「革でロープを作ったり、カゴを編んだりしますね」
「魚を捕る網?」
3人とも首を傾げる仕草が可愛かった。
女は年齢ではなく、心ばえなのかもしれない。
好奇心があるのは、疑問や苦悩を生むが、一方で向上心や創意工夫を生む。
新しいものに取り組んでいる時、人はやる気に満ちて輝いて見えるものである。
そう言えば、クズの人生には新しいものなど何もなかった。
情報はすべて他人のものであり、データも、記録も、ニュースも、全部他人のものだった。
自分で考え、自分で作り出すことは最初から放棄し、誰かが考えたアイデアや流行に飛びつき喜んでいたが、自分で行動することを忘れていた。
そうなのだ。
知識は大事だが、その知識を生かして行動することも大事だったのだ。
編み物ひとつ取ってもそうだ。
他人から作り方、編み方を教えてもらっても、自分で編んでみれば、それは俺の作品となったはずなのだ。
釣りを教わっても、自分で釣り上げた獲物は、自分自身の釣果であり、喜びとなっただろう。
教わること自体は、別に悪いことではなかったのだ。
そうした、行動する喜びを忘れていたのだった。
すべて、上手にこなせる誰かがやっているからと現実逃避して、チャレンジすらしていなかった。
この世界には何もない。
ないから、既存の知識でも、必死で考えて作り出さなければならない。
確かに、クズ治療世界かもしれない。
俺は瞳を輝かせる3人を羨ましく思っていた。
これから3人は、アイデアを実現するために、考え、没頭し、練り直し、苦悩して製品化していくのだ。
いやいや、人にものを教えることだって喜びにはできるだろう。
教師のように、人が知識を得て、成長し、喜ぶ姿を見ることも、また、喜びなのだ。
喜びを与え、与えられることを噛みしめて生きていくのも人生である。
最近、経験したばかりではないか?
いつ、経験したのだろうか?
まるで思い出せなかった。
「そうした、編み物の技術を使って伸縮性のある布地を織り込むことを、莫大小とかニット呼ぶんだ。基本的にはパイルのように輪を作り、そこに輪を通して、更に何段も繋げていくんだ。布地に遊びが均一にできるから、伸縮性が生まれる。糸の戻りが強ければ引っ張りにも強くなり、弱ければ身体を優しく包んで、動きやすくもなる」
俺はパイルにパイルを繋げたような、不思議な幾何学模様を描いていき、生徒たちの関心を集めた。
よく考えると、先生よりも生徒の方がずっと優秀だった。
教師の喜びを垣間見たような気がした。
そして、更によく考えると、包帯やガーゼというのは、もの凄く技術が発達した結果なのだと実感できた。
軍手もかな?
それでだ、更に冷静になって考えてみると、これで、パンツが作れるのではないかと思った。
後はゴムの部分だけだが、ひもパンなら、すべてニット編みでも十分かもしれない。
越中と言うのは、フンドシを指していたと思う。
ならば、やっぱり女物は『えちごパンツ』でいいのかもしれない。
折角、いい話になりかけていたのに、やっぱりクズ頭だわ。
などと言う突っ込みが入らなかったので、セルフ突っ込みをしてみた。
何故、ナフタが現れないのか、考えてもわからなかった。
その夜は、みんな頭を煮えるほど使ったので、酒盛りの宴会になった。
俺は好きではないが、飲まないわけにもいかなかった。
「酔わせて、どうするつもりなの?」
「さあ、どうしようかなあ」
「クズ!」
などという会話を10人以上と繰り返したような気がする。
それから、俺は酔っ払って、酔ったキショウブを寝室に連れ込んでいた。
何故か、キショウブを見ると、純白のパンツを思い出すのだ。
だが、それだけではないと思う。
楽しい何かとは別に、不愉快な何かがあったと思う。
何だっけ、モモに関係するんだっけ?
処女がどうとかだっけな。
どうしても確かめたいことがあったのだ。
だが、確かめたいことがいつの間にか変わってしまった。
パンツを思い出したからかもしれない。
本当はアイデアだけで、実行する気はなかったのだが、酔った勢いだと思いたい。
「ひーん、そんなこと絶対に無理ですぅ」
キショウブはベッドの上で怯えていた。
股間を防衛している。
酔っているのに、彼女の理性は健在だった。
そして、俺の変態性も健在だった。
いや、変質的に強化されていた。
「さ、先に、き、キスしてくれますかぁ?」
「駄目だ。キスしたら、水は出てしまうだろう」
「で、でも、下からなんて無理ですぅ。きっと、キショウブが嫌われてしまいますぅ」
「そんなことは絶対にない。約束する」
「でも、見せるのだって恥ずかしいのに、絶対に無理ですぅ、うえーん」
「泣くなよ、大丈夫だから、な、俺の妹になったと思って」
「絶対にむりですぅ~。女なんですからぁ~」
キショウブは普段はもっと大人っぽいのに、何故か子供に戻ってしまった。
「妹なら、ちゃんとキスしてください。そしたら、我慢できるかもしれませんんん」
「ちゃんとキスするから、その前にちょっとだけ」
「いやぁですぅ、汚いかもしれません」
「汚くなんかないだろ、お風呂にも入ったし」
「臭かったら、キショウブは死んでしまいますよ。絶対に死にますよ、えーん」
これは、やっぱり、無理だろうか。
羞恥心がないうちなら可能だったかもしれないが、羞恥心がこうも強いと、無理っぽい。
しかし、二度とこんなことを切り出す勇気はない。
背水の陣だろうか?
乾坤一擲だろうか?
ただの、ロリ変態にしか思えない所が悲しい。
だが、一端、口に出してしまうと、引き下がる方が恥ずかしいような気がする。
思い出したら、悶え死ぬかもしれない。
「伯爵様?」
「ああ、なんだい?」
「怖い顔してました。キショウブを嫌いになりましたか?」
「き、嫌いになんかならないさ。むしろ、自分が自分を嫌いになりそうだ」
いや、前から自分が嫌いだけどさ。
本当に自己嫌悪から、引き籠もりになりそうだ。
「伯爵様?」
「あ、ああ、ごめんな」
「キショウブは伯爵様が大好きです」
「ありがとう。俺もキショウブが好きだよ。心配しなくていい」
「わかってません! キショウブは伯爵様が大好きだから、やぁなんです。ひーん」
うーん、その辺の女心は良くわからない。
もっと凄いことはいいのに、これは嫌だとか、男にはわからないことなのだろうか?
「どうしてもと言うならぁ、奴隷として命令してくださぁい~、うえーん」
うへえ、ここは引き時だろう。
彼女は奴隷ではないのだ。
いや、奴隷でも、水が出るか出ないかの実験などしてはいけないだろう。
パワハラとセクハラを同時に行っているようなものだ。
例え、OKされても、キショウブは一生奴隷のままだろう。
「キショウブ、ごめんよ」
「ひっ、はっ、はいぃ、いいえ」
「明日、俺とデートしてくれないか?」
「デート? 何ですか?」
「二人で遊びに行こうってことだな」
「お仕事は?」
「いいんだ、サボりだが」
「クーリャ姫様が怒らないですか?」
「キショウブ姫様の都合が優先だな」
「はいぃ、喜んでお供します」
「お供じゃないんだ。キショウブが主役だな」
「そんな、いいのですか?」
「たまには、いいだろう」
「はい」
「涙を拭いてくれ」
「はいぃ」
その夜は、手を繋いで眠って、二人で早起きすると頭痛を宥めながらお弁当を作り、クーリャたちが二日酔いで苦しんでいる内に出かけてしまった。
クーリャ邸は、女が別々に部屋を持っていて、俺が『渡る』形式になっていたのが幸いだった。
下働きたちは、勿論、文句など言わなかった。
晩夏の浜辺で、水を掛け合ったり、蟹を追いかけたり、砂でお城を作ったりして遊び倒し、お弁当を食べてから昼寝をして、村に戻ってから、屋台を回ったりした。
下半身がアレでなければ、普通の恋人同士のデートみたいだった。
だが、下半身がアレなせいで、興奮度は倍増だった。
恋人の下半身を眺めながら初デートする男というのは、ちょっと見当たらないだろう。
チヂミの屋台で無理矢理クレープを作って、おじさん、おばさんに驚かれたりもした。
キショウブはずっと笑顔でいてくれた。
少女が好意的に接してくれるのが、これほどありがたいものだとは思わなかった。
何だろう。
特別な女の子とは、特別な思い出がちゃんとあるのではないだろうか。
そうした意味で、キショウブはずっと警護官として側にいたが、特別な女の子ではなかった。
今日を過ごしてみて、昨日までの好きは違うとわかった。
「俺、キショウブが好きみたいだ」
「私は、初めて伯爵様に会った時に飴をもらいました。甘くて美味しかった。あの頃はいつもお腹がすいていましたね。それで、伯爵様に憧れて直江津のくノ一軍団に入りました。頑張れば私でも妹になれるかもと思っていました。ずっと、ずっと好きでしたが、今日はもっと大好きです」
年の割に身体がデカく、自分では不格好だと思っているキショウブ。
顔は愛嬌はあるが、伯爵邸に集まる美形の中では目立たないと思っているキショウブ。
一房の黄色い髪が、変だと気にしているキショウブ。
ずっと処女だったキショウブ。
でも、今日はただの少女であり、笑顔が俺にはご褒美で、キラキラと命の輝きに満ちてみえた。
左右の髪をお下げ風に黄色いリボンで結わえ、前髪の黄色い一房は、わざと目立つように垂らしている。
今朝、髪を梳いて整えてやったのだ。
ハッとする美少女ではないが、瞳は焦げ茶色で、少女らしい一途さが見え隠れしている。
蕾が綻んでいくようだった。
ずっと、笑顔を見ていたいと思った。
愛おしさは、肉体関係だけで生まれるのではなかった。
デートも、愛の営みである。
俺は初めてではないのに、初体験をしていた。
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