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28 メンテナンス2

 28 メンテナンス2




「未来央さん! 妹で一度も出してないなんて、ひどいです。ひどすぎます~」


 エステルはウェアラブルコンピュータの画面上で泣き崩れた。

 何故か、夏用のセーラー服姿で、下はイチゴ模様の子供パンツ姿だった。

 スカートは穿いていない。

 これは現実だろうか?

 俺はまだ混乱していた。


 ついさっきまで、クーリャと別邸で過ごしていたはずなのである。

 驚愕の事実があったものの彼女はすぐに本物のクーリャに戻り、それから再び愛の確認をして、


(ベタベタ、イチャイチャしただけですよ。処女喪失後なんだし)


 それから心地良い眠りに入るところで、こっちに飛ばされてしまった。


 頭がハッキリしない上に、いきなり修羅場である。

 修羅場回避能力は持ってないのだ。


「俺は何も聞かされていなかったんだし、今でも良くわからないんだ。赦してくれ、エステル」

「エステルが妻ですよね。エステルを愛していますよね」


 いつもより、ずっと子供っぽいエステルが涙目で訴えてきた。


「勿論だよ。エステルと結婚したんだからな」

「そうですよね。エステルが妹ですよね」

「ああ、エステルが妹だよ」

「次はエステルにも出しますよね、ね!」


 エステルも少し混乱しているようだった。

 だけど、少し落ち着いて欲しい。

 頭でも撫でられれば良かったんだけど。


 かつ、かつ、かつ。


 悦子先生が立ち上がり、こちらに歩いてきた。


「あら、童貞も卒業させられないで、妹だとか言えるの?」


 ああ、少しだけど落ち着いて来たのに!

 あんたは鬼か!


「そんな! いつも出してるから安心してたんですぅ!」

「そう? 私にはそんな偽物ではなく、本物をきちんと出したみたいよ」

「うわーん、やっぱり納得できませーん」


 エステルは、VR上にある自分の部屋に飛び込んでいってしまった。

 ちょっと、いや、大分、子供っぽかった。


 悦子先生はいつものスーツの上に白衣を羽織っていて、いつものように美形の顔に眼鏡と意地悪を羽織っていた。

 ちょっと頬が赤いのは、この人も女である証拠かもしれない。


「悦子先生、性格の悪いことは止めましょうよ」

「あら、身体を張って童貞を卒業させてあげたのに、随分と冷たいじゃない」


 それはそうかもしれないけれど、アレは本当にこの人だったのだろうか?

 あまりにも自然すぎる。

 虚勢でないのなら、女としての何かが欠けているような気がする。

 何も感じなかったのだろうか?

 悦子先生には単なる『実験』であり、蚊に刺されたほどの痛痒もなかったのだろうか?


「それとも、まだ、満足してないの?」


 悦子先生は手を置いた腰をクイッと捻り、上から見下ろす。

 眼鏡ウェアラブルコンピュータがキラリと光った。


「いいえ」


 俺は降参して見上げていた目線を降ろしたが、そこで悦子先生の膝が僅かに震えているのを見つけてしまった。

 ちょっと、ホッとした。


「な、なによ!」


 しかし、俺にも、まだ、現実感がないのである。

 今は何も逆らうまい。


 憑依体でのことだ、というのはよくわかっていたが、俺は憑依経験者のくせに今までの体験に違和感が少なすぎて、実は憑依体験と実体験との差がどんな感じなのかよくわからない。


 童貞だし。


 夢のようだったと言えば、夢のようである。

 色々な意味で……


 それに、悦子先生とは、その、あの場での意思の交換がまったくなかった。

 結果が出たら直ぐに戻ってしまい、その後イチャイチャしたのは、もう、クーリャだったのである。

 クーリャはすべてを同時体験していて、ちょっと暴走した程度の記憶しかないようだった。


 しかし、本人にはあまり詳しくは訊けない内容である。


 女なら初体験を汚したくはないだろう?

 様子からして、クーリャには不満はなさそうだったから、それを壊したくなかった。


 悦子先生本人は本当に成功した(性交でもある)のを確認するためにすぐに消えてしまったのだ。


 そもそも、事前説明ぐらいはあっても……


 って、事前説明があればしちゃったのだろうか?

 うーん、結構凄いことをしでかしたのではないだろうか?

 相手というか、当事者の片方は何もなかったかのようである。


「悦子、VRで体験しても、処女は処女でしょう?」

「そうだけど、あなたが出たのを確認してくれたんじゃない、美加」

「そうですが、直接体験ではないでしょう?」

「それはそうだけど……」

「疑似体験だから大丈夫だと言い出したのは悦子自身でしょう? したことにはならないって……」

「そうなんだけど…… 」

「ならば童貞だって微妙です。実験でしただけの、そんなことを盾にとっては、卑怯なだけです」


 美加先生が割り込んで、助け船を出してくれる。

 今日は白衣の下に、ひらひらのミニスカートだった。

 ちなみに、屈んだら見えてしまうような丈である。

 ムッチリとした太股が根元近くまで見えていて、『いいなあ』と思ってしまった。

 丸出しの世界にいるせいか、最近は下半身、特にお尻属性が強くなっている気がする。


 しかし、VR経験では処女喪失しないのか。

 良かった、ついでに、良かった。


 少しホッとするが、何となく釈然としない部分もあった。

 クーリャの体験はどうなってしまうのだろうか?

 いや、悦子先生の体験もどうなってしまうのだろうか?

 全部、疑似体験になってしまうのだろうか?


 駄目だ、頭がクズ化して何も思い浮かばない。


「でも、自分の身体じゃないとは言え、本当に痛かったのよ。少しぐらいは権利があるでしょう?」

「権利ですか。悦子は何か権利を求めて憑依実験して既成事実を作ったのでしょうか?」

「ちち、違うわよ。私の言う権利とは知的所有権の方よ。財産上の話よ」

「本当でしょうか?」

「ほ、本当だってば!」


 悦子字先生は室内を歩き回り始め、空中の何かを振り払いながら説明を始めた。


「だって、VRで体験して、実体の方が射精したのよ。今まではあり得なかったことでしょう? これなら何処のゲーム会社だって、凄い使用料を払うに決まってるわ。恋愛ゲーム1本売り出せば、私たち大金持ち確定よ!」

「それは、サイオン研究所が儲かるだけでしょう?」

「いいえ、ちゃんと協力してくれた美加にもクズにだって、そうねえ、儲けの1割ずつ支払うわよ。株式でだけど…… 役員待遇にもするわ」


 美加先生が協力した?

 俺は何を協力したっけ?

 ナニか?

 ナニだな?


「あんまり、当てにはしてないわ」

「何よ。この国のセックス産業が一日にどれだけ売り上げていると思うの? 一回の射精に例えば…… いくらかしら? 普通はおいくらくらい払うの、クズ?」

「そんなこと、お、俺は良く知りませんよ!」

「使えないクズだわね」

「すみません」

「でも、そうね。例えば、1回1万円支払ったとしても、10万人のユーザーがいれば、10億よ! 一人が月に3回か4回射精すれば、40億円とかよ! 信じられないわ!」

「哀れな男たち……」


 美加先生がボソリと言う。

 悦子先生は『40億円』でフリーズして、お目々がキラキラである。


「でも、その殆どは人件費でしょう? あ、相手がいるからお金を払うのだと思いますが」


 俺は捕った狸の値段を気にして言ってみた。


「そうだけど、これからはVRで射精できるのよ。VRなら面倒な手続きなしでお手軽に射精できるし、男たちも喜ぶと思うわ。それで、凄い使用料がに入ってくるのよ~!」


 この人、実はとても残念な人だったかもしれない。


「男はいつでも射精したいものでしょう? ねえ、クズ、そうでしょ? 毎日、射精したいわよねえ?」


 すみません、あんまり耳元で『射精、射精』と叫ばないでください。

 とても、恥ずかしくて耐えられません。


「と、取りあえず、男にとっては画期的なことだとは思いますよ。ただ、経済的には凄いことですが、社会は、その、倫理上の制約が厳しくなると思いますけどね」

「倫理? わかってないわね、クズ。倫理規定が厳しくなるのは、それだけ需要があるからよ。売春だって犯罪なのに撲滅できないでしょう? けれど、これなら合法的なゲームで射精できるのよ。倫理がなによ! 精々、R18でしょ。あなただって時間接続3千円で合法的にナスターシャと射精できるなら、絶対契約するでしょう?」


 ズキリとした。

 あの、少しだけ憂いがあるナスターシャの姿を思い出してしまった。

 ターチャに少し似ていた。

 熊人はみんなあんな感じなのだろうか?


 ナスターシャと射精?

 ナスターシャに射精じゃないところが真実なのだろうか?

 『に』だと、一方的に射精するみたいだよな。


 いやいや、今はそれ何処ではないよな。


 しかも、時間3千円って、さっきより安くなってるけど、通信ゲームとしては高額なのでは?

 いや、勿論、ナスターシャなら安いけどさ。

 1時間じゃ3回とかしちゃうかも?


 そう言えば、明日から好きなのを好きにしていいって言ってなかったっけ?

 実はヴィヴィアンとか、グレースとかも楽しみにしていたのに、どうしてくれるんだ!

 オードリーにキャサリンは?

 ソフィアも凄い身体していたよなあ。


 まあ、そんなことは、今の段階では言えないけれど……


 実際に、あの滾るような性欲は消えていて、少し疼くような気怠さに変わっている。

 現実に出すことが、こんなに違うものなのだろうか?


 確かにアレは、凄い体験だった。

 二度目の絶頂が俺自身のものだった。

 二段突きと呼称しようか。

 そのために身体を張った悦子先生に感謝すべきだろうか?


 凄く良かったよ、とか言ったら殴られそうだが。


 性格はアレな人だけれども、少しは、その、俺のことを、いや、俺は本当に、先生とやっちゃったのだろうか?

 まだ、混乱は続いていた。


「わかっていないのは悦子の方です。未来央さんが射精できたのは、憑依率が65%に達していたからです。悦子の憑依率は幾つでした?」

「そ、それは、47%だったわ。でも、一般のユーザーだって使用を続ければレベルアップして行くと思うわよ」


 考え方にもよるけれど、47%は悦子先生を抱いたことになるのだろうか?

 それとも、身体はクーリャ100%なのだと思うべきだろうか?

 取りあえず、VRで初めて射精した男、ということになるそうだ。

 VR内でではないが、実はVRを介してでもいないんじゃないか?

 憑依体同士だったとすればだが、判断基準など、まだないのだった。

 そう言えばナフタが素人童貞とかに拘っていたような気がする。

 実験を知っていたな!


 しかし、これは名誉なんだろうか?

 凄く恥ずかしい称号のような気がする。


『童貞40男、VRで初射精! 卒業か?』


 などと言う記事が、ネット上に飛び交っているのだろうか?

 死ねそうである。


「それは今後の臨床実験が必要です。誰も65%以上を達成できなかったら、詐欺になるかもしれません。その時は、契約不履行、リコールで倒産します。ここで倒産などしたら、未来央さんは死んでしまいますよ」


「わかったわよ。慎重に事を運べばいいのでしょ」


 少しだけ、頭が冷えたようである。


「応用特許申請はするとしても、臨床、追試とお金は出ていきます。でも、成功すればゲームはともかくクローン治療で毎月収入は増えていくでしょう。結果的には投資額の何倍も儲かると思います」

「そ、そうよね」

「ええ、ですから、ここは無理せずに地道に出資者を募って、それで実験棟を作りましょう」

「実験棟ですか?」

「ええ、実は町会の方々に頼んで敷地内の離れに別館を建築申請してもらっています。悦子?」

「な、何よ?」

「出資者、臨床希望者、従業員と、許可が出たら忙しくなりますよ」

「そうよね」


 実はこの辺りの土地は、(ちょい高級な)ベッドタウンとして開発された頃が最高値である。

 その後は、少子化と産業のなさ、都心部のマンションに人気が移ったことから右肩下がりを続けている。

 今では三分の一が売り地であるが、買い手はそれほどいないので、値下がりは止まらない。

 広めの庭は手入れが大変だし、プールとかもコケが生えて面倒なだけの代物である。

 家庭菜園にしている家は割とマシだが、資産家か、元々地元の農家の人たちだけである。


 特にうちは山に面した広い敷地であるが、年々、僅かずつ庭が自然と山に帰って行く。

(還っていくだが)

 離れの客間なんか、床から竹が生えてきて、今では屋根を貫きそうである。




 町会の役員たちは、VR技術が地場産業として有望ではないかと考えているらしい。

 ゲームはともかく、VRによる治療を望むクローン再生患者の希望が多く集まっているらしく、そのための産業を興せるのではないかと考えているのだ。

 確かに郊外の治療施設という意味では、環境は悪くない。

 急行が止まらない駅でも、通勤する訳ではないから、それほど不便ではないだろう。

 

 現在、隣の空き家を借りて、3名の患者を実験的に受け入れている。

(勿論、先生方がである)


 金持ちのおっさんばかりだが、簡単なVR世界で新婚生活ゲームを送っているらしい。

 設定は一夫多妻であり、夢のようだと言う。

 一応、昼間(起きている時)は拡張空間(AR)を仮想のオフィスにして軽い仕事もこなしているらしい。

 やがてはVRにも繋げられるかもしれない。

 在宅勤務であり、新婚さんであり、一夫多妻制である。

(見舞客や家族には、VR世界は見えないのだ)


 一人は心臓の再生治療で、今までは人工心肺装置に繋がれたまま苦痛しかかなかったらしい。

 今は背負うだけの装置で、家の中なら少しぐらいは歩き回れるとのことだ。


 もう一人は腎臓の再生で、24時間透析だから寝たきりで死ぬほど退屈な入院生活だったのが、ここでは一変した。

 ベッドにいるのは同じだが、一日の大半はVR世界なのだ。


 3人目は腰椎の再生で、やはり寝たきりの退屈な生活だったのが、今では毎日VR内で腰を使って楽しんでいる。

 当然、EDで悩むこともないそうだ。


 うーん、それも羨ましい。

 干からびて死ねばいいのに。

(勿論、実体で射精するような人はまだいないのだが、今後はわからない)


 照子さんがメインで世話しているが、他にも地元の奥さんたちを家政婦のバイトとして使っている。

 家政婦も希望者が多いようだ。

 住み込みでも、特に性的なご奉仕は不要であるから危険はないし、容姿や年齢も関係無いだろうし、食事と掃除や軽い洗濯ぐらいの世話ですむから安心できるのだろう。


 看護師か介護士の資格が必要になるか、まだわからないらしい。

 患者は退院許可が出ている自宅療養患者だからである。

 それで、家族が介護した場合、介護資格が必要かという話になる。

 必要ないなら、家政婦でも世話ができるのだから十分である。

 政府も補助金など出したりしたくないから、家族や家政婦でいいと思っている。


 便利屋のおっさんも、今では見習いの部下を連れて一日に一回は家の点検をしているらしい。

 特に電源の管理が大切で、非常用バッテリーやソーラーパネル、それにネット回線のセキュリティなどもハードウェア的に管理している。

 勿論、現実の侵入者や不審者の警戒も兼ねているが、人の少ない郊外だからか、不審者など見かけない。


 しかし、そもそも、クローン再生治療が国の保険適用外なのだった。

 VR技術とセットとなれば、縦割りの省庁ではお手上げである。

 馬鹿馬鹿しい話だが、俺が受けているのは治療ではなく『健康診断』なのだった。

 それも、年に1回の公費負担以外は(ああ、40過ぎだと年1回は保険適用なのだ)、全額自費負担扱いである。


 もし、実験に成功したら、金持ちたちがクローン再生を行う別邸が次々に作られて、医者や家政婦も仕事が沢山できるのだろう。

 建築、増改築、医者にシステムエンジニア、家政婦に便利屋なども必要になっていく。

 悦子先生の言う『クズ治療施設』である。

 地場産業になり得るのかもしれないな。




 それで、『VR射精』(こんな名称いやだ!)は記録されることになった。

 科学と言うのは、追試験が必要なのだとか?

 紋章が役に立つらしい。


「それで、これだけの結果が出たのだから、今日ぐらいは成功の夢を見たっていいじゃない。そんな夢のない性格だから、美加は恋人のひとりもできないのよ」

「あら、悦子は恋人ができたみたいな言い方ですね」

「でで、できてないわ。私はお金持ちになるんだから、く、クズみたいな男は必要ないのよ」

「そうですか。では、未来央さん、新型の維持装置を説明します。違和感のあるところは指摘してください」

「な、何よ! もう、クズ!」

「はい、悦子先生?」

「クーリャを大事にするのよ。そうしないとナスターシャとか絶対に紹介しないからね!」


 どうやら、往年の大女優に似ている女たちは、神様が集めたようだった。

 そりゃ、そうか。

 神様でなければ、できないことだろう。

 神様なら何でもありなのだった。


 肖像権の侵害とかになるんじゃないか?

 そっくりさんはいいんだっけ?

 しかし、やりたい放題だよな。


 子供だと言い張ったのもクーリャではなく、神様のご感想か?

 でも、クーリャは精々、18から20はたちじゃないか。

 自分はあの辺の年齢のつもりなんだな。


 悦子先生は『さあ仕事、仕事』とかいいながら、部屋を出て行った。

 どうやら、出資者に対する説明会があるらしい。

 口笛を吹いていて、上機嫌に見えた。


 結局、俺は混乱し、恥ずかしがり、悦子先生に、その、何も確認することができなかった。

 美加先生の前で、した時の話や、ナスターシャの話などできないではないか。


 とても、クズっぽいだろう?




 新型の維持装置とやらは、例の蒲鉾状のアーチ型ではなく、カーボンファイバー製の、何というか、バットマンの衣装のような見た目をしていた。

 おれが、筋肉質のマッチョな身体をしているように見える。

 漆黒のゴムでできた衣装みたいだったが、美加先生の趣味だろうか?


 首回りのVR接続装置もインプラントになり、首を動かせるようになった。

 それどころか、顔の痒いところを自分で掻いたりもできる。

 両腕が動かせるようになったのだ。

 最も、俺の場合は意識がない時間が多いので、少ししかメリットはないのだが、それでも凄く良くなった。


「凄いですね。腕もこれだけ自由に動かせるなんて、スカートめくりもできそうです」


 しまった。

 ここは現実世界なのだ。

 つい、女中たちと話すようなノリで軽口を叩いてしまったが、相手は美加先生である。


 部屋の空気が凍りついたかのようだった。


 美加先生は、軽く乗り出すようにして機械をのぞいていたポーズを戻し、両手でスカートの後ろを確認したが、当然、白衣で後ろは隠れているから何も見えてはいなかった。


 スタスタと歩いてくると、俺の脇に立ち、赤い顔してじっと見る。

 さあ、怒られるぞと身構えてしまった。


「どうぞ」


 俺の右腕の側に、白いミニスカートが寄せられた。


「さあ、いいですよ」


 美加先生の声は冷たい感じなので、冗談とかがわかりづらいのである。

 美声なんだけど、感情がこもってない感じで、受け取る方は慣れる必要がある。

 最も、こんな台詞に慣れることはないだろう。


 静寂が耳に痛かった。

 沈黙が心に痛かった。


 パーソナルスペースという言葉を思い出した。

 これは、人間の心が持つ親密度を、対人距離で表した数字などを分析し、統計して作られた対人関係の作り出す隙間である。

 個人差はあるものだが、普通は親密度(好意)が高いほど隙間は狭くなる。


 普通の人は会話ができる距離に、偶然、手が触れ合ったりする距離は選ばない。

 思春期の女の子なら、教室でクラスの男子と話をする時にでも、スカートをめくられる距離には近づかない。

 勿論、色々と条件が付け加えられるが、それでも女は男より距離をとる傾向がある。

 特に女の子は同性が側にいないと距離をとる。

 男と話をする時に、女の子二人なら寄ってきて話をするが、一人だとスカートをめくれる距離には入らないことが多い。

 それがまるでテリトリーの一種に見えるから、パーソナルスペースと呼んでいるようだ。

(今のところ、ただの仮説に過ぎない)

 目に見える『ATフィールド』である。


 逆に、好意を持っていて近づけないと言うことも発生するが、普通は観察していればわかる。


 各国の公園で、鳩が人にどれくらい近づくかの統計を作り、住民の穏和度を示そうとした学者がいたような気がする。

 当然、鳩を食ってしまうような国では、鳩は寄ってこない。

 何故、公園には鳩が住んでいるのだろうか?

 食われるためではないだろう。

 つーことは、スカートというのも、めくられるために存在するわけではないと思う。


 つまり、何が言いたいのかと言えば、現実逃避していたのだった。

 本当はスカートをめくりたいのだが、本当にいいのだろうか、という自分の欲望と常識の混乱を鎮めたいだけである。

 本当に、自分の頭が良くわからない。


 ようし、集中するぞ。


 ①スカートをめくって『クズ』と言われる。

 ②スカートをめくらずに『クズ』と言われる。


 但し、二度目のチャンスなどないものとする。


 一体、どちらがより後悔するものだろうか?


「し、失礼します」


 俺は、①を選んだ。

 クズらしい答えではないだろうか。


 殆ど見えそうなスカートの裾をちょっぴりと持ち上げた。


 ぴら。


 美加先生はピクリと動いた。

 純白のレースが見えた。

 いやあ、俺、何してるんだろう?


「ご、ご馳走様でした」

「えっちね!」


 初めて感情を乗せたフレーズが聴けたような気がした。

 やはり、冗談のつもりだったのだろうか。

 それにしても、この人は可愛いよな。

 何故、お一人様なんだろう?

 誰ももらわないなら、俺がもらいたいけど、クズじゃあ本人が嫌だよな。

 誰かにもらってもらう方が諦められるような気がする。

 でも、何故スカートめくりをさせてくれたんだろう?


「あの、理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

「嫉妬です」

「ええっ、どうしてです?」

「本当は、言いたくなかったのですが…… 実はあなたの童貞を奪ったのは、私です」


 俺はやはり混乱しているのだろう。

 美加先生の言ってることが、ちっとも理解できないのである。


「一体、どういうことでしょう?」

「こういうことです」


 その後に起きたことは、想像を絶していたが、簡潔に説明をしよう。


 ーー ご注意! ーー


 一部には過激な描写があります。良い子の皆さんはまねしないでね。えへっ!


 ーー ーー ーー


 美加先生は、ウェアラブルコンピュータの情報網をカットオフした。

 美加先生は、部屋の情報結界を三重に張り巡らせた。

 美加先生は、部屋のドアに鍵をかけた。

 美加先生は、部屋の照明を少し落とした。

 美加先生は、白衣を床に落とした。

 美加先生は、スカートを床に落とした。

 美加先生は、純白のパンツを床に落とした。

 美加先生は、黒々としていて扇情的だった。

 美加先生は、手元のコンソールを動かして何かをした。

 美加先生は、目の前で腰を振った。

 美加先生は、いい匂いがした。

 美加先生は、思ったよりお尻が大きかった。

 美加先生は、俺の股間辺りの連結スイッチを押して、俺の股間を解放した。

 美加先生は、俺のものを引っ張り出して、大きくなっていることを確認した。

 美加先生は、目で確認しているのに、手で確認した後、口でも念入りに確認した。

 美加先生は、まとめていた髪を下ろした。

 美加先生は、俺の上に跨がった。

 美加先生は、俺のものを自分の股間に近づけた。


「しぇ、先生しぇんしぇい、そ、その前に、き、キスしてくれませんか?」

「どうしてでしょう?」

「俺は先生が大好だいちゅきだからでしゅ」

「キスは、毎日口内洗浄の後にしています」

「うっ、で、でも、俺はしていません」

「仕方がありませんね」


 美加先生は、軽くキスをした。

 美加先生は、強くキスした。

 美加先生は、深くキスした。

 美加先生は、お尻が柔らかくて熱かった。

 美加先生は、可愛い声を上げた。

 美加先生は、自律運動を始めた。

 美加先生は、リズミカルだった。

 美加先生は、凄く気持ちが良かった。


 俺はずっと続けていたかったが、当然、限界は訪れた。


 パンパカパーン!

 MGMか!

 いや、今週のハイライト、ってやつがあったような気がする。

 誰だっけ? ナフタがいれば突っ込みを入れてくれるんだが、このクズ頭め。

 見られたら困るだろう。


 例の真っ白になるような快感が訪れ、去って行った。

 残ったものは、充足感と愛おしさだった。

 残ってないものは、きっと童貞だった。


 美加先生は、俺の上(というかバットマンの胸?)に倒れ伏して、荒い呼吸を続けていた。

 俺は、まだ美加先生の中にいて、幸せというのはどういうものか、実感として噛みしめていた。

 男はえっちに生まれついたのだから、えっちが最高に気持ちいいに決まっている。

 そんな単純なことに、今更のように気づいた、というか、気づかされた。


「はあはあ、女にとっては、これが愛するということだ思います。伝わりましたか?」

「はあはあ、男にとっても、これが愛だと思います」


 刹那の中に永遠を見る、それは人生と同じだ。

 これが人生のすべてではないだろうが、この時に人生のすべてがあるような気がした。

 日々、苦労して生きるのも、こうした喜びを感じるためだろう。


 お互いが求め合い、お互いが与え合う。

 これが愛の形である。

 けれども、第三者には説明不可能なことも確かである。


 こんなこと、説明できるかってんだ!

 俺たちの愛がどうだろうと関係あるか?

 いちいち、人様に見せたりするものじゃないだろう?


 しかし、良い子にまねをするなって、こりゃ無理だろう。

 いつまでもまねできない子は、悪い子になりそうである。

 俺のようにだ。


「始めは、ウメの行動に対するあなたの反応でした」


 ウメ?


「そう、あなたはウメに、その、散々擦られて、こっちの身体が少しだけ反応したのです」


 あの時のことだろうな。

 モルと終わった後、ウメが綺麗にしようと頑張ったんだ。

 確かにあの時は終わった後なのに、その、出そうになった。


「調べると、ちょっぴりと痕跡がありました。それで、色々と調べたのです。男の人は定期的に射精しないと生殖細胞が弱体化することを論文で見つけて驚きました。我慢させることは、医学上は間違いなのですね。医師としての私の責任は明かです。そこで、私があなたとすることにしました。1年以上も放置した医者の責任だと思ったのです」

「先生が責任を感じることも犠牲になることもないでしょう? それこそ機械か何かで……」

「嘘です! 私がしたかったの! 私が自分でしているのを見ていたでしょう?」

「……」


 そんなこと、答えられましぇん。

 ノーコメントである。

 美加先生は、涙目だった。

 それに、繋がったままなんですぅ。

 物事を冷静に考えられる人はいないのではないでしょうか?


「先生。しかし、処女だったのではないですか?」

「最初は処女でした。でも、今はかなり上手になったでしょう?」


 確かに。


「でも、今回は自分が終わるだけではなく、終わらせることができるように、しなければなりませんでした。

 何しろ、私はVRに潜れないのですから、悦子があんなことを思いついて未来央さんとして来るなんて言い出して……

 それで慌ててこちらからアノ世界を覗いて……」


 確かに、よく考えると、アレばかりの世界かもしれない。

 あっちにいると、結構、現実に近い感じなんだけど。

 でも、あり得ない世界だという自覚もある。


「それで、あの時、未来央さんは初めて私に射精したのです。嬉しかった。悦子の手柄なんて思いたくありません! できれば、あちらにも私が行きたかった。でも、仕方なく、こちらで見ながら……」

「先生! 何故、俺なんかにそこまで……」

「私は医師です!」

「へっ?」

「ウソです! 医師だから、私の周りには立派な男たちが大勢いました。勿論、交際を申し込まれることは何度もありましたが、どうも私は男らしい男が少し怖いのです。ところがあなたは最初からへたれで、ちっとも怖くありません」


 それって、けなされてるんじゃ?

 しかも、見た目は、バットマンの胸に改造されていますが?


「それで気づきました。私は立派な男とかは嫌なんです。暴力的で粗野な男は紳士のフリをしていても、結婚すれば本質が出てきます。私の父親がそうでした。社会的には立派な男なのに、家庭では酒飲みで暴力的でした。だから、怖くないあなたに惹かれてしまいました。意識のないあなたにあんなことをして、止まらなくなったの」


 あんなことって、どんなことでしょう?

 とっても聞きたかったが、何とか自重した。


「これで、お詫びになりましたか?」


 俺はまだ先生の中にいるので、先生のことをどう思っているかは説明する必要がなかった。

 ちょっと、先っぽに力が入れば伝わってしまうのだ。


「あっ、はぁぁ」


 普通は、こんなに好きだと証明するために、事前の手続きが色々とあって、女の子が受け入れてくれてから、やっとこんなことになって証明できるのだけど、俺は先に想いを証明してから、伝えるというあり得ない手続きを踏んでいた。


 もっとも、相手が誰でもピンピンできる可能性はあるが……


 ごほん!


 俺はクズだったが、先生が素晴らしい女なのだと思う。


「ふぁ、美加って呼んでください」

「み、美加」

「うぅん、はい」

「美加」

「うぁ、はぁい、未来央さん」


 うー、やっぱり人には説明なんかできない。

 バカップルの気持ちがわかるような気がする。


「あぁ、一度だけのそれもVRでの体験を悦子が得意そうに言うので、あっ、少し腹が立って、それで、そしたら、こんな恥ずかしいことに、あぁぁ」


 俺は美加先生を抱きしめた。

 そうできることが、どれほどありがたいことか、これも人には説明できそうもなかった。


 俺は童貞を失ったが、貴重なものを手に入れた。

 人間の彼女ができたのだ。

 彼女は俺より一回りも年下だったが、何か文句があるか、ってところである。


「うふふ」

「どうしたんです?」

「現実にも、別邸ができてしまいましたね」


 そう、正妻(エステル)がいるので、俺たちの関係は何となく秘密になった。


 エステルは、男の喜ばせ方を研究していたが、こちらでは実体がなく、あちらでは事後統合しかできず、唯一憑依できる相手は妊娠中だった。

 エステル、ごめん。




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