12 メンテナンス
12 メンテナンス
「流石はクズね。女集めは順調みたいじゃない」
久しぶりに朝の目覚めが悪く、頭痛がひどかった。
腕の中にナカとマリーがいたような気がするのは、どうやら錯覚のようだ。
だが、満足感は持続していた。
あれから、ユキナが妊娠すると『規制緩和』があり、ウエほか5名の添い寝が(正式に?)決まり、モルかサリが励んだ後に始末というか世話をしてから女中たちが希望者を連れてくるようになった。
いやあ、まだ添い寝ですよ。
少しずつ、過激な添い寝になりつつあるけどな。
えへへへ。
「寝ぼけてるんじゃないの、クズ。私が誰かわかる?」
「え、ええと、悦子先生?」
「西園寺先生よ、クズ!」
「はい、そ、それで、これは、どうなったのでしょうか。トラブルとか?」
「残念ながら順調よ。今日はメンテナンスなので上がってもらったわ。処女の味見でも予約していたのなら良いのだけど?」
メンテナンス?
処女の味見?
何言ってんだ、この人?
俺には何だか、自分なんだが自分でないような感覚があった。
分裂しているのではなく、一部が凍結されているような感じである。
休眠状態の脳の一部に戻ってしまったような、奇妙な感覚だった。
喪失感に近いのだろうか?
身体には痛みはないが、その身体がないような感じで、今まで身体を動かしていた脳の部分も止まっているような錯覚を覚えた。
俺の一部がなくなってしまったような感覚である。
それに、あちらの世界には『処女』という概念はあっても、処女の苦痛は存在しないのだ。
キスすると紋章が浮かび上がってしまうが、それが実質の初夜に近い。
というか、この人が設定したんだよな。
「こ、この停止しているような、脳が、分割されているような感じは何なのでしょう?」
「あなたのアバターが処理していた感覚部分の多くが休止しているからよ」
VR世界での経験とは言え、女性経験を積んだせいか、恐ろしげな悦子先生が意外と女らしいことに気づいた。
白衣の下に女らしいワンピースを着ている。
眼鏡女子にしか見えなかったが、実はウェアラブルコンピュータであり、その下の素顔はかなりの美形である。
先日、いや、いつだったか、美しい笑顔を見てしまったのだ。
美加先生ほどボリュームはないが、背は高くてスレンダーな感じである。
年齢的に成熟期を迎えていて、本人には自覚はなさそうだけど、性格などに関わらず、色気が匂い立つように感じられる。
見た目よりもずっと柔らかいんだろうなあ。
だが、性格は変わっていないようだった。
俺の受ける印象が少しだけ変わったのだ。
「他にも、もっと感覚がないような気がするのですが」
「駄目になった内臓を摘出したからでしょうね。脳というのは内臓の出先機関みたいなものなのよ。頭が管理していると言っても、頭は身体を守るために進化してきたのだから、身体の要求が優先されるのよ。
原始的な動物は口と腸と肛門でできているけど、やがて進化して目玉や手足ができ、最後に脳が発達したの。
つまり、内臓が生き延びるために脳を作り出したと言っていいのかしらね。今でも『腹が立つ』とか使うでしょ。頭の怒りより切実だからよ」
「しかし、精神とか理性とかは?」
「胃腸と脳が喧嘩すると、大抵は胃腸の勝ちでしょ。飢えると野獣化するじゃない。煩悩と理性では、常に煩悩の勝ちだわ。脳は判断はできるかも知れないけど、生きる基本である信号や命令を出すのは胃腸の方なのよ。腹が減ったぞ、何とかしろとね」
「すると」
「そうよ。あなたは今、命令を出す胃腸がないのよ。信号が来ないから脳が戸惑っているの。お腹がすいたとか、腹一杯で満足とかの信号がないの。混乱状態かしら?」
「確かに混乱していますが、い、一部は記憶が変な感じです。目もシバシバして変です」
「日常の記憶がアバター側に蓄積されているからよ」
「アバターも俺じゃないんですか? 別個の人格ではないんでしょう?」
悦子先生は、急に真面目な顔になって説明し始めた。
医療より、自分の専門分野の方が大事だからだろう。
「VR世界は現実ではないわ。見た目は同じように見えても物理法則などはなくて、物事が現実のように作用するプログラムされた世界なの。それを維持するためにAI群が常に監視しているわ。例えば重力など存在しないけど、まるで重力があるかのように物は地面に落ちるし、勝手に空を飛んだりしないし、人は地面を歩いたり、床に寝転んだりできる」
難しいことは良くわからないが、あちらの世界で違和感を感じるのは人の行うことばかりであり、自然や物理法則にあまり違和感はなかった。
ほぼ4倍から12倍で成長する動植物と、そのせいなのか水分の蒸発が早く、海水から塩を得るのがかなり楽だということぐらいだろうか。
だが、物理法則がない世界で同じように暮らしていけるというのは、確かに不思議だ。
それは別にして、悦子先生が言うとおり、人間は脳で生きているのではなく、身体の要求を満たすために脳を使っているというのは理解できる。
俺の脳を生かすために、VR世界が必要だったからだ。
食事、排泄、睡眠というもっとも強い欲求に対して、脳が必要とするのは睡眠だけだ。
栄養不足は脳も訴えてくるだろうが、腹が減る感覚が先に来る。
ある意味、VR世界ではプログラムを弄くれば、煩悩を切り離すことも可能なのかもしれない。
色即是空を修行しなくても体験できるかな。
しかし、あらゆる欲求をなくした世界で生きると言うのは、生物としては生きていると言えるのだろうか?
多分、脳が駄目になるのだろう。
それで、こんな処置が必要だったのだと思う。
脳が健康であるためには、身体が健康でなければならないのだ。
クズはどちらも不健康だけど。
「あちらでの生活とか常識に適応しているアバターに、あなたの自我部分を上手く混ぜたのよ。上手く表現できないけど、憑依体とかかしらね。だから普通に違和感なく生活できているでしょう。一から学習していたら、物の見え方から呼吸の仕方、皮膚感覚まで覚えなきゃならないの。効率が悪いわ」
「デメリットで2重人格というか、別人格の記憶のようなものを持っていますが。自分の記憶は閃いては消えていく、儚い記憶になってますよ」
「こっちの脳の深い記憶部分を使う時、意識はいつも通り瞬時に読もうとするのだけれど、アバターの生活記憶領域からAI群を一度経由するから、読み込むのに少し時間がかかるわ。生活の大半はアバターで反復処理しているけど、オリジナルの記憶を読み出すのは結構大変なの。ランダムに読めないから時間をかけて読み出すことになるわね、シーケンシャルというか芋ずる式というか、そんな感じよ。あなたが会話の途中でフリーズするのに、現地人たちは慣れてきたようね」
それで、特殊な記憶は淡雪のようにつかみ所がないのか。
欠陥ではないのかな?
しかし、思い出している間、馬鹿面しているのだろうか?
それは少し嫌だなあ。
「今のところ、あちらの生活記憶が十分に機能していると判断したわ。自分だと認識できて不都合はないでしょ。これ以上はバスとCPUの処理を上げても、あまり変わりそうもないのよ。実はこれで特許を取ったわ。多人数参加型のVR環境が実現できそうなの。憑依型VRMMOとかかしらね」
所謂、多人数参加型のVRMMOは、個人差が大きすぎて、観賞目的(サッカーの試合とか音楽のライブだ)以外では、今のところ実現不可能だった。
だが、これでは受動型のテレビと大差がない。
同じものを同じように感じさせるというのは、意外と難しいものなのだった。
しかも、複数の個性に同じものを同じように感じさせることは、人数が増えるほど難しくなる。
極端な例では、空中に逆さまに漂っている人間が現れたりする。
音量や痛みなども個人差が大きく、万人が満足する設定は難しい。
結局、人間の精神はアバターを形成できないのではないかと予想する学者もいる。
今は、そのアバター以前の浮遊精神体を環境プログラムに適応した機械的アバターに取り込むことで解決している。
これは航空機や戦車のSLGに見られるような、外部環境を機械に頼る形のVRでは成功している。
ある意味、パイルダーオンしてしまえば解決してしまうのだ。
だが、外部環境を機械的アバターの入出力に依存するというのは、今ひとつ現実感がないのだ。
簡単に言えば、女の子とデートするのに自分だけが戦車の中とか、あり得ないでしょう?
お互いがロボット同士で手を繋いでも面白くないと思う。
(特殊な趣味な人を除いて)
それで環境に適応したNPCをアバターにして自意識を混ぜる、つまり憑依するという形で現実感を持たせたのが、悦子先生の開発した、この憑依型アバター世界である。
開発者本人の目的はAIの進化というまったくの別目的のところが、この人の特別性というか、天才なんだろうなあ、非常に才能を感じさせる。
地図音痴みたいだが。
「お陰で今回は機能アップもあるわ。視覚情報が480iから720iに変更されるの。凄く変わると期待していいわよ」
悦子先生は、やはり技術オタクに見えた。
自分の得意分野だからか、楽しそうにしている。
しかし、インターレースだったのか。
目がシバシバするのはそのせいか。
「一気に、2056Pとかにはならないのでしょうか?」
「4Kは、GPUを上位版に切り替えないとならないから、今はまだ無理ね。今回だってカノンソリューションがカナダのマットドックス社に発注してた分を少し無理言って回してもらったんだから。それにフレームレートを上げなければプログレッシブにする意味はないと思うわ」
専門用語ではないが、一般的な技術用語がスラスラと出てきても理解できるのが、何となく嬉しかった。
しかし、俺が知りたいことは、殆どあちらの世界のことになってしまった。
実際に生活しているという実感があちらにあるからだろう。
「ボクセル処理も専用のソフトからハードで処理できるようになったから、主観時間も変更可能だわ。法線ベクトルも新開発の専用のローバスフィルタをAIで処理して……」
「悦子先生、佐渡に金山はあるのでしょうか?」
「えっ?」
悦子先生は一瞬、きょとんとした顔をしていた。
いつもの上から目線で罵倒するような感じがなくなり、素の顔がのぞいた。
険と言うのだろうか、嫌みったらしい表情がとれると、年相応の知的な、すっきりとした顔をしている。
現実の俺の年齢からすれば、実際に凄く若いのだ。
眼鏡を外せば、かなりの美人なのだが、性格までは外せない。
でも、今は性格の悪い神様ではないように見える。
まあ、研究分野には真面目な人なのだろう。
優秀なのだから仕方がないか。
「クズは、何を思い付いたの?」
まあ、すぐに意地悪そうな顔つきに戻って尋ねてくる。
女性が気持ちよく語っている時には邪魔するものではない。
俺は身体の何処かに冷や汗をかいた。
「青銅が主流の世界ですが、燕国というところに鉄器がありました」
「ああ、朝鮮王朝ね」
やっぱり、朝鮮なのかい!
倭国といい、まんまじゃないか!
「悦子先生は、歴史とか地理は?」
「そ、それなりに成績良かったわよ。まあ、一夜漬けがって、何を言わせてるのよ、このクズ! それに私は西園寺先生よ! 少しは敬意を払いなさいよ」
「しかし、あまりにも世界が安直で」
「し、仕方がないでしょ。世界なんかデザインできないし、歴史なんかも考えるのは面倒なんだから、フリーデータから適当にコピペしたのよ。お陰で費用は安上がりだったわ」
安上がりな世界なんだな。
とは言え、下手にオリジナルの世界を作られるより、把握しやすいことは確かである。
いきなり、ファンタジー王国に投げ込まれるよりは理解しやすいだろう。
中世ヨーロッパ風の中央大陸にあるイケメニア王国で、イケメンばかりの貴族社会とかだったら、まあ、やる気は起きないわな。
腐女子展開も嫌だしなあ。
大体、女の子と仲良くなる度にイケメンが現れては手袋を投げつけてきて『決闘だ』とかは、生き残れそうもない世界である。
美形の王女がいても、俺みたいにハーレム展開にはならなさそうだしな。
教会とかに断罪されて終わりに決まっている。
しかし、世界がコピペで地球と同じ設定になっているのなら、内容も殆ど同じなのだろうか?
いや、物理法則が違うし、時間設定も異なるから、何処までも同じではないはずである。
「それで、佐渡金山なんですが」
「ああ、それね。ちょっと待ってよ」
悦子先生は専用端末を持ち出して叩き始めた。
パラメーターを確認しているらしい。
「金は、佐渡とカリフォルニアとアマゾンとキンバリーで産出するわ。全埋蔵量の90%近いわね。それ以外はバラバラで少量だわ」
キンバリーってアフリカで、確かダイアモンドがあるのではなかっただろうか。
キンバリーだから金なのだろうか。
それなら、アマゾンも少し変だ。
範囲が広すぎる。
ガリンペイロだっけ?
まあ、ここは突っ込んだら負けである。
情報というアドバンテージは、絶対に逃すわけにはいかないのだ。
「鉄は朝鮮半島よりも、中国大陸の方が埋蔵量は大きいのでは?」
「面積が大きいから全体的にはそうね。でも、高純度で露天掘りなんて場所は限定されるわ。日本では九州と北海道だけね。石炭も同じ場所で採れることになっているわ」
石炭だと!
いや、今騒ぎ立てるのは拙い。
世界の創造神が教えてくれているのだ。
情報漏洩は歓迎すべきではないか。
案外、チョロい性格をしているような気もするが、対人スキルゼロの俺は、石橋でも渡るには慎重を期するべきである。
「流石は悦子先生、鉄と石炭がセットになっているって、環境破壊を防ぐにはベストですね」
「そうよね。鉄のために森林が犠牲になったって聞いたから、こうすれば良くなるかと思ったのよ」
俺は生まれて初めて『よいしょ』などという高度な技を繰り出して、冷や汗ものだったが、上手くいったようだった。
冷や汗などかけない状態なのだったが、何処かではかいている。
しかし、世界の9割の埋蔵量を4カ所に集めているなどと言う、無謀なことを平気でするような人なのだ。
学者馬鹿な面も持っているのだろう。
この感じだと、ダイアモンドの産地はベルギーとかになっているかもしれない。
取りあえず、佐渡に世界の埋蔵量の2割以上があることがわかったので、俺は安心したのだった。
今後、2千年ぐらいは産出し続けるのだ。
アジアの金市場は牛耳ったも同然である。
「直江津でも、と、採れるものって、何かありませんか」
「えーと、海老と蟹と昆布にスルメかしら」
海産物かい!
蟹って、越前ガニかな?
スルメは既に保存食にできている。
昆布と合わせれば、松前漬けか。
醤油が、まだ、できていないが。
だが、味噌はできたから、もうすぐだろう。
しかし、佐渡金山より松前漬けに魅力を感じるのは、あちらの世界に浸っている証拠かもしれない。
ちなみに、米作は順調である。
そう言えば、俵物三品というのを歴史の授業で習ったような気がする。
煎海鼠・干鮑・鱶鰭だったか?
フカヒレは仙台じゃなかったかな?
いや、寒天・昆布・鰹節・鯣も俵物だったと思う。
要は、乾物というか、保存食なのだろう。
漁業はまだ発達してないから、これはチャンスだ。
「あと、沖合なら石油も採れるわ」
海底油田かい!
ボーリングでもしろってか!
2千年先になるよ。
そこへ、緊張した面持ちで、美加先生が入ってきた。
正確には、美加先生もメガネっ娘に変貌していた。
やはり、ウェアラブルコンピュータなのだろう。
いや、照れ隠しかな。
悦子先生より小柄でボリーミー(ボリューミー?)な体型をしているから、相対的に女学生のように可愛く見える。
ああ、ちょっと頬が緩んでしまった。
何故か、今までご機嫌だった悦子先生の顔が再び急変し、いつもの鬼の形相に変化してしまった。
ああ、短い蜜月だった。
部屋はしーんとした気配に変わり、悦子先生が不機嫌そうに端末を叩く音が流れていた。
もう、さっきまでの気軽に声をかけられる雰囲気ではない。
俺は首回りに機械が巻き付けられていて、身体の方は蒲鉾状の治療器に腕ごと納められていた。
脚の方は治療器の陰になっていて見えない。
ベッドは人工臓器と一体型であり、そこから更に幾つかの外付けユニットと繋がれている。
頭の方が少し高い位置にある。
呼吸をしないでもいいことが苦しくもあり、不思議でもあった。
小型の人工心肺装置の音が、規則的に聞こえてくる。
勿論、声はかすれ、発声はしにくい。
首を回して様子を窺うことなどできない。
というか、実際の身体の感覚がなく、目と口ぐらいしか動かすことができないのは、実は恐怖に近かった。
少し顔を赤くした美加先生が隣に来ると、ちょっと他人行儀に問診を行った。
心持ち、ツンとすましているような気がする。
「何処か、苦しいところはありますか」
いつもの、冷たいが優しい口調は健在である。
「く、口が渇いていて、しゃべりづらいです」
悦子先生が一瞬顔を上げたが、すぐに背けてしまった。
やはり、本当は鬼ではないのだろう。
気づかなかったと顔に出ている。
まあ、専門ではないのだからと俺に慰められても怒るだけだろう。
美加先生は綿に水を含ませて、口の周りを湿らしてくれた。
ゴクリと飲むことはできないのだ。
ついでに目薬をさしてくれるところが、専門家の凄いところだった。
「あなたの肝細胞なのだけど、親族に提供する気はありますか?」
「親族? 誰も残っていませんけど」
「そう、やはり知らなかったのですね」
「どういうことです?」
突然の話に、俺は戸惑っていた。
幾ら考えても、俺には親族など心当たりはなかった。
「家政婦をやっている照子さんは、あなたのお母様の弟の配偶者の親族、つまりあなたの叔父さんに当たる方の義理の妹なんです」
ああ、確かに母方の叔父さんはいたが、ずいぶんと昔に南米かなんかに行ったまま音信不通である。
ガリンペイロではないが、何か商売するとか言って出かけたままである。
親父に金を借りたままだから、もう現れないだろうと言われていた。
その叔父の妻の妹が家政婦をやってくれていたのだという。
でも、それって他人だよね?
「娘が難病で、お金がかかるとか。それで母さんが家政婦として雇ったんだっけな」
「私が聞いた話では、お母様が断ろうとしていた時に、あなたが雇うと言ったそうですよ」
ええと、思い出せないな。
母とうるさくしていた時に、怒鳴り散らした記憶ぐらいしかない。
クズだったからなあ。
恥ずかしくて、そんなことは話せないが。
「その後、お母様が亡くなってから、あなたが娘の治療費を使って良いと許可したとか」
ああ、面倒なので、必要な分は勝手に使えと言ったんだっけ。
どうせ、親の金だったし、看病もしてもらったお礼のようなものだった。
あの頃は、話を聞くのも面倒なので適当に言って追い払ったのだ。
そう言えば、夫と離婚して大変だとか何とか言っていたような気がする。
興味がないので、追い払うことしか考えてなかった。
その後、叔母さんは一階に住み暮らして、午後には娘の所へ通っているようだった。
家は賃貸だったから、引き払ってしまったようである。
娘も病院暮らしだし、自分は俺の世話をしているから、家など無駄だからだろう。
その頃の俺は、夕食が朝食だったし、朝食が夕食だったりで、生活時間もズレていたしな。
勿論、風呂場でバッタリなどと言うことはない。
同居している実感はまったくなかった。
身持ちも金遣いもきちんとしている人みたいだったから、自分よりも信用できた部分もある。
娘の治療費は、病院から来た請求書を給料日に回してもらい、手当としてネットで支払っていた。
難病に指定されていたせいか、それほど高額ではなかったと思う。
「それで、その娘の難病と俺が繋がるんですか?」
「ええ、娘さんは肝臓が悪いのですが、その悪い肝臓ではクローンが作れないのです」
「俺の肝細胞なら大丈夫なんですか?」
「そうです。10万分の一ぐらいの確率なので駄目元で検査してみました」
「ふうん、美加先生もお人好しなんですね」
「ち、違いますよ。照子さんには面倒をかけていますし、娘さんの症状にも興味がありましたから。それに治療費があなたの所から出ているのなら、無駄にはできないでしょう?」
「へえ?」
「ちち、違います! クズの目で見ないでください!」
美加先生は時々おたおたするところがあって、何となく可愛い。
世の男どもは、何処に目をつけているのだろう。
まあ、高嶺の花過ぎて手が出せないというのは何となくわかる。
患者にすれば、先生に憧れるのは現実的ではない。
小学校の担任と結婚するより難易度は高いだろう。
勿論、クズにはまったく可能性などない。
勘違いなど、とっくにしなくなっているのである。
「もう! ちょっと女を知ったからって偉そうに。やっぱり、あなたはクズ人間です!」
俺がギャルゲーを見るようにクズの目で見ていると、美加先生は怒って出て行ってしまった。
やっぱり、可愛い。
「それで、クズ。OKなの?」
悦子先生が吹雪のような視線で睨んでくる。
「も、勿論です。どうせ助けてもらった命ですから、使えるものは使ってください」
「そう。じゃ、クズの細胞に適合する患者はみんな助けるわよ」
「ええっ、患者はひとりだけなんじゃ?」
「無料はひとりだけよ。でも、他も助けられるのなら、別にいいでしょ。肝臓だけでなく、腎臓や膵臓の患者も多いわ」
そうなのか?
でも、俺の臓器に適合するのだろうか?
「まあ、提供者がクズだと、相手も迷惑かもしれないわね」
「クズは感染ったりしないでしょう?」
「わからないわよ。みんなクズになるかもしれない。でも、そうなったら、私のクズ治療世界で治せるかも? 私は大儲けできるわ」
悦子先生は大笑いを始めた。
クズ治療世界だって?
そうだったのか!
「それから、エステルが勝手に作った紋章だけど」
エステル!
何てことだ!
俺はエステルを忘れていた。
まったく、クズ頭には自分でも呆れてしまう。
「面白いから、そのまま継続することにしたわ。でも、紋章が現れるのは処女喪失時に変更しておくわね。処女の苦痛が何となく嫌だったからなしにしておいたけど、やっぱり復活させることにしたわよ。私が考えるに、処女性とは……」
「え、エステルは?」
「あんた、人の話を聞いてないでしょう!」
「それより、エステルは? エステルに会いたい!」
「うるさいわね、クズ! エステルは事後統合で狂喜乱舞中よ。とても見せられないから、終わるまで会えないわ」
エステルに拒否されたのか!
忘れていた俺がそんなこと言う資格はないのかもしれないが、ひどく寂しかった。
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