穏やかな日々
それからというもの、僕はたびたび彼女の家を訪れた。
何をする訳でもない。森で野ばらを摘み、昼過ぎに扉を叩いて、作業台の端に座り、日が落ちるころまで彼女の仕事を眺める。彼女は苦味の強い、何とも変わった香りのハーブティーを出してくれるので、僕は家から持ってきた甘いお菓子をつまんだりする。毎度変わりのない風景だったが、僕が訪ねるごとに窓際の野ばらが一輪ずつ増えていった。
薬草師の仕事は僕にとってもの珍しく、飽きることはなかった。むしろ、彼女の細く白い指が無駄なく器用に動くさまは思わず見惚れてしまうほどに美しかった。また、この家に満ちた不思議な匂いすらもいつしか馴染んで、僕の心に甘い高揚感を内包した穏やかさを与えるのだった。
僕と彼女の間に交わされる会話は、ほとんどが僕からの質問だった。薬草の種類、作業の手順――そんなことをぽつりぽつりと訊いた。彼女はそれらひとつひとつに丁寧に答えてくれたが、彼女から僕に話題を振ることは決してなかった。だから彼女が僕についてどう思っているのかはわからない。
ただ、出されたお茶の苦さに顔をしかめる僕を、ときどき彼女がほんのわずかに目を細めて見ていることがあった。そんなとき僕は決まって気恥ずかしく、また申し訳なく感じるのだった。
「苦いのなら、苦いと言えばいいのに」
ある日彼女にそう指摘され、僕は思わず顔を赤くした。
「すみません」
「謝らなくていいわよ、それは一番苦いお茶なんだから。もう少し飲みやすいものを淹れるわ」
そこで初めて、彼女が僕の反応を試していたのではないかと気付いた。改めて出されたハーブティーは、さっぱりとした爽やかな香りのものだった。
不思議なこともあった。
ある晴れた昼下がり、僕がいつものように彼女の作業を眺めていると、彼女がふと顔を上げた。
「もうすぐ雨が降る。今日は早めに帰った方がいいわよ」
こんなにいい天気なのに、と僕が反論すると、彼女は肩をすくめた。
「まぁ、好きにすればいいわ」
しかし間もなく空が暗くなり、彼女の言うとおり本当に雨が降り始めた。
「どうしてわかったんですか?」
「……雨の匂いがしたから」
彼女はそう答えたが、薬草を煎じる湯気が充満するこの家の中で、雨の匂いがするかどうかの判別は僕にはつかなかった。
もしかして、と僕は思った。
彼女は本当に、未来が視えるのかもしれない。
しかし一度彼女に否定されていることなので、僕がそれを口にすることはなかった。
ときどき、彼女に来客があった。
僕は数人の顔を見たが、大概がこの近隣の村に住む人々のようだ。その誰もが暗い表情をして、おどおどしながら彼女を訪ねていた。彼女から薬を受け取って小さな声で礼を言う者、金だけ置いて無言で帰る者など様々だったが、皆彼女を畏れつつも頼りにしているように見えた。そして静かに部屋の中にいる僕に対しては、無関心を装いながらも好奇心が漏れ出たような視線をちらちらと送ってくるのだった。
しかし幸いなことに、僕が長時間不躾な視線に晒されることはなかった。彼女は客人が来るなり要望どおりの薬を差し出すのだ、まるで来客があることを前もって知っていたかのように――
最初の日にこの家の前ですれ違った婦人も、一度見かけた。息子の病気の薬をもらいに来ているということだった。僕はふと、この領地で流行っているという謎の病の話を思い出した。
婦人は彼女が薬を壺に詰めるのを待つ間、値踏みするような、遠慮のない視線を僕に向けてきた。それにはさすがに辟易したが、そもそも僕が最初にここを訪ねようと思った動機を考えると文句も言えない。
彼女はそんな婦人に対して、ほんの少しだけ眉根を寄せた。婦人は気付かなかったようだが、僕にはそれで充分だった。




