よぎる陰
「すごいな。皆、あなたを頼りにしているんですね」
一日じゅう薬の調合をしている彼女に、ある日そう言ってみた。すると彼女はふと匙を掻き回す手を止めて、顔を俯けた。
「……そうじゃなきゃ私だって生きられないのよ、こんなところで」
その声はとても暗く、僕はどきりとした。
魔女という噂、彼女を訪れる客人の態度――どういう経緯で彼女がこのような辺鄙な場所で暮らしているのか、僕は改めてその考えに及んで苦しくなった。窓際の花が、そっと首をもたげていた。
僕は顔を上げた。
「こんなところ、だなんて。ここだからこそ、僕はあなたに会いに来られるのです。それに森の中の野ばらも摘んで来られる」
彼女は伏し目がちに僕を見た。漆黒の瞳がかすかに揺れたような気がしたが、その視線はすぐに逸らされてしまった。
「……そうね」
しかしそれでも、彼女の唇にはほんのわずかな微笑みが浮かんでいた。その表情ははっとするほど美しく、僕は思わず吸い込まれそうになった。
少しでも彼女が笑ってくれるのなら、僕はいつまでも、何度でもここへ来よう。心の中で、小さくそう誓った。
僕の屋敷といえば、相変わらず暗い雰囲気に包まれていた。
隣の領主からは密書が届き、それを見た父上は渋い表情をした。
「やはりあの旅人の言ったとおり、隣の領主は領地拡大を目論んでいるようだ。互いの領地の共同管理なぞを申し出てきた。うまいことを言って、期を見てこちらの領地を自分のものにするつもりだろう」
そして外出しようとする僕に向き直った。
「よいか息子よ。このところどこかへ出かけているようだが、隣の領地にはあまり近付かぬようにな」
僕は若干の後ろめたさを感じながらも、隣の領地にある彼女の家へと今日も向かうのだった。




