第4話
「マリアよ。マリア!」
その瞬間だった。
頭の中で何かがぐらりと揺れた。
血の気が引く。
間違いない。
本物だ。
彼女たちは本当に夢の中にいた人物だ。
そして今、僕の目の前にいる。
そんな馬鹿な。
夢を見ただけで、どうしてこんなことになるんだ。
最悪だ。
「あ、そういえば」
マリアが思い出したように言った。
「そのあと小説にするとき、メアリーに変えたわよね」
「だから今はメアリーでもいいわ」
隣でスザンヌも頷く。
「そんなことどっちでもいいから、早く何とかしてよ」
「うーん……」
僕は額を押さえた。
どちらにしても原因は僕だ。
夢を見て、小説にして、そして今こうなっている。
観念するしかなかった。
「わ、分かったよ」
僕はため息をついた。
「確かに君たちを書いたのは僕かもしれない。でも、どうすればいいんだ?」
すると二人は声を揃えた。
「続きを書いて」
「え?」
「あなたが今書いてる温泉旅行の続きを書けばいいのよ」
「そうそう」
まるで当然のことのように言う。
だが、僕には何も思い浮かばなかった。
そもそも、この小説自体が迷走している。
スザンヌのことも。
他の三人のことも。
何一つ整理できていない。
「と、とにかく一晩考えさせてくれない?」
二人は顔を見合わせた。
数秒の沈黙。
そしてスザンヌが言った。
「分かったわ」
ほっとしたのも束の間だった。
「その代わり、逃げないように私たちもあなたの部屋で寝るから」
「えっ?」
思わず変な声が出た。
「いやいやいや、それはさすがにまずいでしょ!」
「高校生男子の部屋に女子二人が泊まるなんて聞いたことがない!」
「どうして?」
スザンヌは本気で不思議そうな顔をした。
「どうしてって……」
僕は言葉に詰まった。
「だって男女だぞ!」
「だから?」
「だからって……」
「別に寝るだけじゃない」
マリアも当たり前のように言った。
「そういう問題じゃないんだよ!」
「日本人って変ね」
スザンヌは肩をすくめた。
「変なのは君たちだ!」
しかしマリアは意に介さず
僕の部屋に入っていき指差した。
「ベッド二つあるじゃない」
「あなた1人じゃ勿体ない」
「それに下には布団も敷けるし」
「私たちがベッド」
「あなたが布団」
「決まりね」
あっさり決定された。
最悪だ。
人生でこんな理不尽なことがあるだろうか。
だが、そんな状況にもかかわらず――
僕の頭の片隅では別の考えが浮かんでいた。
これ、小説にしたら面白いかもしれない。
我ながらどうかしている。
完全に職業病だ。
「何をぶつぶつ言ってるの?」
スザンヌが不審そうにこちらを見る。
「いや、何でもない」
僕は慌てて首を振った。
和室を見ると、旅館の人がいつの間にか布団を敷いてくれていた。
僕は窓際の椅子に腰掛けた。
夜の熱海の街が見える。
遠くに海。
点々と並ぶ灯り。
静かな夜だった。
小説の最後で、温泉に浸からせて、彼女たちを幸せにしたつもりだった。
少なくとも作者としてはそのつもりだった。
だが、その結果がこれだ。




