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双子の交差線  作者: 鳥藍
第一章 集え、交差点へ。
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第三話 弱い奴ほどよく群れる


 真っ暗な森の中を、大きな塊が爆走していた。

 その中には、一人の男と鞄、そして大きめの箱。

 そして周りには、一人の男を狙う化け物たち。


 そう。凛賀の乗った車は、化け物たちの寝床を横切っていた。


「まずいまずいまずいまずい! 突っ切れるか、この車で!」


 凛賀は焦っていた。前後にしか動けない特性上、車の前後には分厚い甲殻が張り巡らされている。だが、横からの衝撃にはめっぽう弱い。そして敵は前後左右、上からも襲ってきている。

 

「しかも雀の巣じゃねえか! 俺は穀物じゃねえ!」


 真夜中の逃避行。

 凛賀は腕を振り回しながら、鳥たちが興味をなくすよう願った。

 だが願った程度で奴らは消えない。


 たくさんの雀たちが、一斉に車に襲い掛かった。ぐちゃ、ぶしゅっ、と肉の裂ける音がした。

 

「俺はいい。俺はいいが、姉貴がいるんだ! 通せ!」


 左右がボロボロになり、血を吹き出す車の中で、凛賀は叫んだ。こんな世界だ、凛賀は一応の護身術をもってはいる。

 だが、真夜中の暗闇の中で襲ってくるたくさんの化け物たちに対抗できるような力を、凛賀は持っていなかった。


(車のほうが速い、耐えきればにげきれるかもしれない)


 凛賀はとにかく、こぶしを振るった。雀を殺すことはできないだろうが、ないよりはましだと、凛賀の本能がそう訴えていた。凛賀の見立ては正しかった。

 たしかに、雀の移動速度よりも車の移動速度のほうが速い。そのため、初撃さえ耐えれば追撃はこない。

 

 だが、凛賀はひとつ計算を間違えていた。化け物どもの生態を。


「何羽いるんだ、これ!」


 雀は、群れる。

 数十羽、数百羽、群れによっては数千羽。

 なぜか?

 その答えは簡単だ。


「これで”弱い化け物代表”だ、やっぱ意味わかんねえ!」


 数千羽の雀たちが、順番に、そして数羽で一斉に、互いに目くばせしながら襲い掛かってくる。絶望以外の、何物でもなかった。


「誰か、誰か助けてくれ!」


 凛賀の声は、森の中に消えていった。

 ……そして、助けの代わりに、一羽の雀が車に飛び込んだ。


「ひっ」


 凛賀は咄嗟に雀を殴りつけた。が、ふわふわの羽毛によって拳がそらされ、そして羽毛圧で弾き飛ばされた。

 雀は、ちゅんちゅんと凛賀を睨みつけた。


 その大きな黒い目に、やつれた人間が写りこんでいた。……いや、囚われていた。


「いやだ、やめろ、やめろ!」


 逃げ場はない。武器もない。撃退する術もない。しかし。

 

 なぜだろうか。雀は、動きを止めた。

 そして、口を開いた。


「ぴよぴよ」


「……は?」


「ぴよぴよぴよ」


「…………は?」


 凛賀の目の前で雀が裂けた。縦に。

 凛賀は口をあけたまま、固まった。


「いま、何がおきた……?」


 凛賀は頬をつねり、目を擦った。

 だが雀は、先ほどまで死の象徴であった雀は、半分になっていた。

 そしてその後ろから、一人の少年が凛賀を見ていた。

 

 凛賀の喉まで驚愕が込み上げたが、声にはならなかった。

 見つめ合い。気まずい空気が車の中を支配した。

 

 依然、車は静かに走り続けていた。


 * * *


「な、なるほど、助けに来てくれたんですか。ありがとう」


「うん。助けてって聞こえたもんね。ところで、君はなんであんなことに?」


 凛賀はじっと目の前の少年を見た。何を考えているのかが予想できない、にこにこ笑った顔に、凛賀は恐怖を感じた。


「えーと、その……怪物たちに襲われて、逃げてきて……」


「へー、なるほど、それは大変だあ……それ、半分嘘でしょう?」


 凛賀はぞっとした。空気が凍りついた。

 焦ったら負けだと、自分に言い聞かせながら、それでも凛賀の手は震えていた。


(まずい……もしこいつの犠牲が人の命だったら……)

 

 もう嘘はつけない。凛賀は考えの末、ひとつの案を思いついた。

 

「……俺がもつのは、双子の姉と中身だけ入れ替わる能力、だ」


 口にした瞬間、胸の奥がずしりと重くなった。

 まるで、自分の言葉そのものが誰かを押しつぶすかのように。


「おお、びっくりした。なるほどね、策士だなあ」


 少年は指を合わせ、にやりと笑った。その無邪気な表情には、どこか化け物を思い出させる恐ろしさがあった。凛賀は身構えようとした。だが、緊張した体は動こうとしなかった。


「どこまで言えばいいかなあ。僕のはね、風を操る能力!」


 凛賀は撫でられるようななにかを感じた。第六感というものだろうか。

 少年はきょとんとし、そして目を見開いた。


「うっそお、こんなけじゃだめなの、まじかー」


 凛賀の胸がざわついた。嘘じゃない、でも足りない。

 言葉にできない確信が、体の奥にじわりと広がっていく。

 

 凛賀は知っている。いや、人は皆、知っている。

 

 ――人は生き延びるために、情報を天秤にかける本能を持っているのだ。

 

 天秤がざわついている間、対価を求められるものは情報の提供者に害を加えられない。

 互いに同じ重さを差し出したときだけ、その天秤は静まるのだ。


「えーっと、どこまで教えてくれたの、君。情報交換といっても、ふつうはそんな深くまで教えないでしょ、見ず知らずの他人にさあ。しかもちゃっかり犠牲のほうは伏せてるし」


 少年は腕を組み、頬を膨らませた。

 知ったこっちゃない、と凛賀は思った。凛賀は基本、警戒心が強かった。

 ただ、凛賀はじっと少年を見続けた。


「わかったよ……僕の能力は、この地上を満たす空気の一部を体の延長線とする能力」


 これでいいでしょ、と少年は首を振った。

 凛賀は頷き、顔を伏せた。


「じゃ、今度はこっちからね。なんでさっき嘘ついたの、ねえ?」


 怒り、または威圧だろうか。にこにこの笑顔で、でも目だけは笑っていない。

 嘘をつかれたことを、たいそう怒っているのだろう。それか、不審に思っているのだろう。

 凛賀はぐるぐる頭を回し、どうにか言葉を紡いだ。


「……はっきり言うと、信用できないんです。命の恩人とはいえ、こんな世の中なので……」


 何かを察したのか、それとも……。

 少年ははっきりと、目元の力を抜いた。ふっと、人を見る視線ではなくなった。


「……なるほどね、じゃあ、やめておくよ。またね」


 そう言って少年は立ち上がり、頭をぶつけ……闇に消えていった。

 

 残されたのは、血と羽毛の匂いだけだった。

 

 依然、車は静かに走り続けていた。

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