↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『双子の交差線』  作者: 鳥藍
第一章 集え、交差点へ
24/31

第二十二話 無意識の自殺


「あ、気付いていたのか。流石聖者、侮れないね」


 いたずらっぽい笑顔を浮かべ、愚者王が頷いた。対するのは、仮面をつけたままの聖者。

 暗に気付くのが遅いと言っているのだろう。凛賀は眉をひそめた。


「死ぬこと……? お前が死ねば、姉貴は元に戻るのか?」


 言い切った途端に、凛賀の喉を襲った熱。焼けつくような熱に、凛賀は喉をおさえた。


「おっと、気を付けてね。わかってると思うけど、質問は許してないからね」


「う、ああ」


「まあ、答えようかな。折角の会話だものね」


 愚者王が醸し出す雰囲気が一段険しくなった。


「君の言う通りさ。私が消えれば、君の姉は、私が外したすべての人は、帰ってくるだろう」


「そう、か」


 姉貴の仇が目の前にいる。そして、どうにかして殺せば、姉貴が帰ってくる。最愛の人が帰ってくる。消えてしまいそうな大切な者が帰ってくる。

 帰ってくる。そう、帰ってくるんだ。


 大切な、凛賀の全てが。


(姉貴。姉貴は、望まないかもしれないけれど。ごめん、俺は、どうしても)


 人が人でなくなるには、十分な動機だった。


 殺意を向けた分だけ、体は重くなっていく。そして、頭の中が白くなっていく。


「……動くな、嵩陽。今はまだ、殺せない」


「はあ? なんでとめるんだ! こいつが、こいつを!」


 ぐちゃりと、左手が音を立てる。凛賀の体が熱くなっていく、全身が燃え上がりそうなほどに。呼吸も、鼓動も、異常値に驚いている。

 

 肩に置かれた聖者の手を右手で払いのけ、凛賀は舌を噛む。


「……止まれ。いや、止めろ、嵩陽。君は今、何をやっている?」


「はあ? 何をって……」


 ようやく、凛賀は気付いた。左手が液体に触れていることに。恐る恐る、視線を下ろす。


 ——人が人でなくなるには、十分だったのだ。


 凛賀は目を見開いた。驚きと、恐怖。震える体、そこから発せられた、気の抜けた声。


「……はぁ?」


 無意識に胸元を引っ搔いていた。

 

 指先がなにか固いものに触れている。

 

 血に塗れたその奥に、白っぽいものが覗いていた。


 熱を送るそれは、凛賀を。


「……は、ぁあ?」


 背筋が凍る感覚。腕が震えている。

 

 恐る恐る、といった感じで、凛賀は左手を目の前へ持って行った。爪が割れて、指先がつぶれて、あらぬ方向へ曲った指は、血の嫌なにおいを発している。


(ありえない)


 遅れてやってきた強烈な痛みが、脳を刺激する。


(そ……そうか、天秤……ごめん姉貴、俺、浅はかだった……)


 呼吸しようと暴れる膜が、息を押しつぶして痙攣している。

 血を送ろうとする心のありかが、寒気を訴えている。

 

 そして迫りくる、静かな死の足音。

 倒れることはなかった。いや、倒れることさえもできないほどに、天秤に縛られていた。


 仮面の内側で、聖者が口を開いた。


「……愚者王、はなれ」


「あはは、これ以上は譲歩しないよ」


 低い声。

 

「だめか。そこの、青い服の君。手伝ってくれないか?」


「え、ええっと、えええっっとおお、ぼ、僕のこと……?」


「そうだ。嵩陽が危険な状態だからな。この怪物から少しでも離してやる必要がある」


「そ、そう、そうですか、えっと、わかりました……」


 おどおどしながら凛賀を支えたのは、古枝だ。

 ゆっくり、古枝の肩をかりて、凛賀は愚者王から離れていく。もともと、片足を負傷しており、歩ける状態じゃないのだ。その足取りはどこかおぼつかなく、そして鈍かった。


 それでも、それだけ鈍くなっていても。愚者王から離れていく凛賀の目は、真っ赤に充血していた。果たしてこれは、痛みのせいだけだろうか。


 十数歩進み、凛賀の腕は震えをやめた。凛賀を破滅させようとする分だけ、だが。

 

「あり、がとう、古枝」


 顔を顰めて、痛みに耐えて、それでも凛賀は感謝を述べる。


「大丈夫? ええっと、病気の類は、えっと」


「だ、大丈夫だ、最近、特殊能力を使ったばかり、ってぇ」


「そっか、じゃあ、止血しないと……痛いよ!」


 鼓舞するように叫び声をあげ、古枝は勢いよく手を突き出した。その手には、布。薄汚れた布だ。そこら辺に落ちていた、なんの変哲もない布だ。


「うあっ」


 痛みに耐えかね、凛賀はうめき声をあげた。



 そのまま数分。

 ずっと、聖者と愚者王の、一方的な討論が、避難所内に響き続ける中。

 

「ええっと、止まった、かな?」


 布を取り換え、埋め込み……ようやく、凛賀の流血がおさまった。完全に止まったわけではなく、まだ滲んでいるのだが。

 それでも確かに、血の勢いは明らかに弱くなっていた。


「あ、ああ、大丈夫そう、だ。あとは、俺がおさえる、よ」


 壊れた体を布でそれっぽく戻した凛賀は、胸を押さえ、今度は血を吸った布に視線を移した。


「なあ、その布……それ、左足に、巻いてくれない、か? ちょっとは、歩けるようにしないと」


「え、あ、うん、わかった」


 べちゃ、とまだ温かい液体が足を包み込んでいく。一通りの処置が終わったことを確認し、凛賀はゆっくり立ち上がった。

 歩き方を確かめながら、聖者の元へ歩みを進めていく。当然、胸を貫かんばかりの痛みが襲っているが……この程度、姉貴を失うよりは痛くないだろと、凛賀は心の中で言い聞かせる。


 そして、凛賀は口を開いた。


「な、なあ、聖者、さん。外に出るんだろ? ついていっても、いいか?」


 凛賀と古枝が止血に勤しんでいた間、聖者と愚者王は話し合っていた。痛みに耐えきれず、凛賀は会話の最初の方を聞き取れていなかったが、結論だけは知っていた。


 凛賀の言葉を受け取った聖者は、仮面越しでもわかるように、目を細めた。

 

「どうして外に行くのか、分かっているのか?」


「いや、知らない。俺には、結論しか、聞こえなかったから」


「そうか」


 はあ、と聖者がため息をついた。


「なぜ、ついて来ようとしている?」


 聖者は今、不満な表情をしているのだろう、と凛賀は感じ取った。

 だが、それでも、凛賀は引けない。なぜなら。

 

「この怪我を治す。それと、姉貴をもう一度、呼び戻す。俺の特殊能力なら、できるかもしれない」


 そしてその犠牲を知っている者は、凛奈がいない今、凛賀と聖者だけだ。

 聖者が目を見開いた。


「……そうか。だが、足手まといだ。移動でも、戦いにおいても」


「それでも! いててて」


「……何をしに行くのか、聞いていなかったのか。それでも、遊びに行くわけじゃないことは、わからないか?」


 凛賀はうつむいた。事情を分かっていない以上、凛賀の望みは我儘以外何でもない。

 

「愚者王が、あの巨人愚者と接触したいらしい。うまくいけば、これ以上の破壊を止めることができるからだ。だが、愚者王が何か命じて、巨人愚者を逃がす可能性もある。愚者だからな」


 凛賀は眉をひそめた。

 

「だから、愚者王の監視と、巨人愚者の捕縛。そのために、外に出る。幸い、戦闘が始まって、投石が減ったらしいからな。多少は安全だ」


「そ、そうか」


「もー、聖者、監視なんて言わないでほしいな。まるで私が悪役じゃないか」


「悪役だろう?」


「知識の伝道師が、悪役に見えるのかい?」


 また始まった会話を他所に、歯を食いしばり、凛賀は思考を展開する。

 

(巨人愚者とは、戦えない。もともと戦える特殊能力じゃないし、何よりこの怪我だ、満足に動けない。でも、俺は……誰かを殺さないといけない。でも)


 凛賀は振り返った。凛奈が息をひそめている。


(避難中の人を殺したりしたら、姉貴が許さないだろう。何とかして、早く)


 こうしている間にも、刻一刻と、死が凛賀を蝕んでいる。


「……仕方ない。嵩陽、今、仲間の一人が外でパトロールをしている。戦力が巨人愚者に集中し、かつ外が安全になりつつあるから、悪さをする奴らが蔓延っているらしい」


「……そう、か。それなら」


(悪さをする奴らを、一人でいい。どうにかできれば)


「ああ。仲間と合流して、どうにかしろ。そこまでは、連れて行ってやる」


「あ、ああ、ありがとう。姉貴は……」


 凛賀はまた振り返った。いまだ、足取りはふらついている。が、弾んでもいる。


「なあ、古枝さん。その像、姉貴を、守っておいてくれないか」


「ええっと、いい、けど……無理して外に出なくても……」


「俺の特殊能力で、怪我を治す、みたいなことができるんだ。だから……」


 古枝は戸惑ったような表情をした。


「そ、それなら、犠牲を誰かにとってきてもらって」


「俺がやらないと、いけないんだ」


 凛賀の、擦れた熱量に押され、古枝は頷いた。凛賀は頬を緩ませた。


「たのんだ」


「ええっと、わかったよ」


 愚者王が階段を上っていく。それについていくように、聖者も上っていく。


 凛賀は小さく手を振って、階段を上り始めた。一段一段、着実に。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。