第十五・五話 答えろ、姉貴はどこだ
椎羅黎真 視点です
どんな生き物でも、生き物である限りは、死の直前には異変を告げる。死にたくないと願い、それが望みとなって僕を縛り付ける。
(何故、どうして? ……残念、だな)
犠牲の対象となるはずだった人間は……目の前で、切り刻まれた。
異様なほどに切れ味のいい刃物で、何の抵抗もせず。
頭と胴と四肢と、バラバラになって崩れていく。
この街にきて初めて、僕は足の震えを感じた。
人だった物が崩れ落ちていく。見慣れた光景だったが、今回は少し違った。
「……おい」
「あああぁあああああああああ? なんだなんだぁぁぁあああ? ふひゃひゃ、研究者研究者研究者あああ!」
僕の行動に、僕が驚いていた。
気づかぬうちに、言葉を発していた。
「そいつは、僕の獲物だぞ?」
「ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、あぁ?」
「返せ、返せ返せ!」
ああ、そうか。
怒っているのか。
「ほろぼしてやるうううう、研究者あああああ!」
二つの刃を光らせて、狂人が突っ込んでくる。速度は僕に劣らない。だが、突っ込むしか脳のない狂人には、僕は捉えられない。
砂埃が地面をえぐり、僕の腕を重たくする。指の先の先の先で押しのけ、貫くように振り下ろす。そのまま呼吸を奪い、肺を——。
「っち」
狂人も馬鹿ではないらしい。腰から短刀を抜き、迎え撃つ。
「ひゃあ、あっはっは、ほろびろ! あ?」
狂人の刃が片方吹き飛んでいく。
「隙間ができたよ、君の手に」
切られた腕の先の先の先を鞭にして、両眼を抉る。咄嗟に下がっても無駄、君の後ろにも風はある。着実に、追い詰めていく。
「ほろびろ、ほろびろ、ほろびろ! 研究者がああ!」
刃が飛んでくる。一つや二つではない。どこに隠していたのか、大量に。
避けるじゃだめだ、腕は伸びない。どうにか、防がないと。
「ごめん、使うね」
運よく。あるじゃないか、障害物が。大量の死体が。
音を立てて、ナイフが刺さっていく。
同時に、僕は動きを止めた。狂人も、止まった。
異常事態だ。そう、異常事態。死体は普通、動かない。
だが。奇しくも僕の行動が、嵩陽凛奈の望みを叶えたのだ。死体の中に投げ込めと言う、嵩陽凛奈の遺言を。
「あは、あははははは! 嵩陽、嵩陽凛賀! 君は本当に、何者なんだい!?」
端から、死体が蒸気をあげて消えていく。
煙が上がる死体の山、その頂上で、人の形が構築されていく。
すべての死体が煙と消え、一人の人影が残った。
「は、はあああああ? ほろび、ない!?」
その人影は……確かに、先ほどバラバラになった嵩陽凛賀その人だった。
心臓が高鳴る。高揚する、炎の渦を貫いたときよりも。
「姉貴、あとは脱出するだけだ! ……あれ? ここは……?」
僕は確信した。今は、嵩陽凛賀なのだと。嬉々として、声をかける。確かに屋外だが、今この場にいるのは三人。名前を呼んでも、問題ないはずだ。
「嵩陽凛賀! 今は、嵩陽凛賀なんだな!?」
僕は期待していた。どう期待していたのかは分からない。打ち砕かれて気付いたからだ。
「……は? どうして、名前を知っている?」
向けられたのは、憎悪だった。
「それは、君のお姉さんが教えてくれて!」
それは、人に向ける目ではない。理由はわからない。
「……あの時の。そうか、姉貴を唆したな?」
「ま、待って、勘違いだ! あ、危ない!」
後ろの狂人が何をするかわからない。本心からの、忠告のつもりだった。
しかし。狂人は虚ろな目で、ほろびないほろびないとつぶやいている。
刃物も持っておらず、敵意さえない狂人と、短刀を握った僕。怪しいほうは、明らかだった。
「危ない? 俺には、お前のほうが危険に見える」
迫力満点。殺し合いになったら一瞬でつぶせるだろう、そんな嵩陽を前に、僕は動けない。
命の危機がないからこそ、恐ろしく感じることもあるのだ。
動けない僕の胸ぐらをつかみ、目を見開いた嵩陽が一言。その声は、どす黒い赤に染まっていた。
「答えろ、姉貴はどこだ」
今後の視点について
整数話→嵩陽双子寄りの三人称視点(本編)
小数話や章末おまけ→主人公以外のキャラの一人称 (おまけ)
でいきます。




