第十四話 約束は言葉だけでいい?
「なあ、凛奈ぁ。今、入れ替わる……入れ替わりをやめる? ことってできるかぁ?」
夕方。手帳に文字を書き続ける凛奈の部屋を訪れたのは、沢山の道具を抱えた名だった。
真剣な表情の名に気圧され、一瞬戸惑ったが、結局凛奈は首を振った。
「え、うーん、ちょっと、いや、だいぶ難しいかも……」
「そうかぁ……入れ替わりの、条件とかあるのか?」
「え? それは、犠牲を聞いてるの?」
凛奈は首を傾げた。
「あぁー? そういう判定になるのか? ……できる限りでいい、教えてくれ」
「わかった」
名が必要とするのなら、必要なのだろう。
凛奈は、直接の犠牲を避けてうまく言える、そんな言葉を探した。
「私から入れ替わる、元に戻る方法は……入れ替わった場所で、眠ること。それと……」
情報の天秤が傾く。違う、傾きが是正されていく。そして、別の天秤が無情にも、そして暖かく、傾いていく。
凛賀の確かな存在に、凛奈は胸を抑えた。
「それとぉ?」
「……ごめんね、名さん。こっちは、言いたくない」
凛奈には、予感があった。
――これを言ってしまえば、像を取り返す機会が遠ざかってしまう。
勿論、聖者たちには聖者たちの目的があるので、像を取り返す作戦が中断されることはないだろう。それは凛奈もわかっていた。
だが。凛奈自身が、自分自身――体は違うが、凛奈の意識のままで取り返したい。そんな、人を巻き込むわがままが、浮かんでしまった。
凛奈にとって、今の像はそこまで大事なものではない、はずだ。
凛奈を止めるのは、凛賀の体にこもった、別の意識なのかもしれない。
「……わかったぜ」
「ありがと。それで、どうかしたの?」
名が頭を掻いた。
「あぁー? 像の捜索、そのためにテメーが必要だからなぁ。……アタシは安全なとこで待機するぜぇ」
「え? あ、そっか」
凛奈は手をたたいた。拍子に転がったペンを、慌てて追いかける。
「それと、テメー、走れるのかぁ?」
「それは……うーん、やってみないと……」
床とぶつかって折れたペンから、赤いインクが飛び散った。
「……移動は基本、小走りだ。だいぶキツイだろーがぁ? 行けるか?」
「うーん……」
名から手拭いを受け取って、凛奈は床を掃除する。水っぽいインクは、一瞬で吸い込まれていった。
「無理なら、アタシが行く。黎真の役割が増える分、そして黎真の犠牲の分、成功率は下がっちまうがな!」
「それは、でも」
凛奈は、真っ赤に染まった手拭いで、凛賀の手を赤く塗りつける。
「あぁ?」
「最悪、足が腐っちゃう……」
凛奈の懸念、それは。
移動できない犠牲。歩きを超えた主体的な移動が、どう牙をむくかわからない。
少なくとも、移動に使った足はボロボロになってしまうだろう。
弟を取り返すために弟の足を失わせる。そんな決断をするには、凛奈の意志は幼すぎた。
「……っち」
名の舌打ちに、凛奈は顔をあげた。
「テメー、凛奈! その程度でビビってんなら、行かなくていい、いや、行くな!」
突然の怒声に、凛奈は目を白黒させた。
「命がけなんだ、今回の作戦はぁ! 向こうが仕掛けてきた以上、そして時間がない以上! 最後は殺し合いしかねーんだよ」
「で、でも」
「テメーは、テメーの命だけ心配しろ! 体ぁ? 後でどうにかすりゃいいだろがぁ!」
「でも、この体は凛賀の……」
「そのうっすらした火傷は飾りかぁ?」
凛賀の瞳が、揺らめいた。
「ちげーだろ、テメーの弟が命がけでテメーを守ろうとした証拠じゃねえか!」
揺らめいたのは、瞳だけだろうか。
「……そっ、か。りんが」
「テメーは幼児だ、なんでかは知らねぇ。過保護すぎたんだろ、たぶん。そぉろそろ、子供くらいには成れよ」
「ん……」
名は身を翻した。
「待って」
「あぁ?」
凛奈は、手についたインクで、手帳に文字をにじませていく。
「これ、本当は、入れ替わるときにポケットいれておきたかったんだけど……名さん、預けても、いい?」
「……んだこれ?」
「私から弟に宛てた手紙、みたいなもの。あと、もう一つ」
凛奈は深く、息を吸い込んだ。
「私が死にかけたら。すぐに、死体の中に投げ込んでほしい」
「……テメー、それは……」
「お願い、名さん」
「……っちぃ、わかったわかった。黎真と由逢には、アタシから言っとく」
「聖者さんは?」
「アイツはどーせ、何も言わなくてもやるぜぇ?」
「そっかぁ」
「あぁ。明日は、頼むぜぇ?」
「うん、ありがとう。よろしくね」
フッと鼻を鳴らし、名は廊下を歩いていった。
『はぁ、覚悟決めるの早すぎだろ、アイツ……あー、二度目か』
(聞こえてるよ、名さん。大丈夫。明日、頑張るから)
凛奈は寝間着に着替え、布団にくるまった。
逸る心は、なかなか凛奈を眠りに誘わなかった。




