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双子の交差線  作者: 鳥藍
第一章 集え、交差点へ。
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第十二話 初めての会議


 重たい雰囲気で満たされた、少し広い部屋。中央に置かれた、丸くて大きい木製の机。その周囲には、六つの椅子。そのうちの一つに、凛奈は座っていた。


 凛奈は、言葉を発することもできない。犠牲のせいではない。とても緊張していたのだ。

 

 他に座っているのは、名と黎真、そして、凛奈の知らない二人。片方は穏やかな笑みを浮かべ、丸メガネをした初老の女性、もう片方はモノクルをつけた細長い顔の男性だった。


 ひとつ、席が空いている。凛奈たちは、席が埋まるのを待っていた。

 

「っちぃ、まだか、アイツはぁ? もう三十分も遅れてるぜ?」


 名が怒りをあらわにするとすぐに、凛奈の後ろの扉が開かれた。

 入ってきたのは、仮面を被った聖者だった。


「遅いよ、聖者」


「テメー、何分遅刻してると思ってんだ、あぁ?」


「すまない。寝坊した」


 聖者の一言で、部屋は沈黙で満たされた。

 聖者は、血だらけだった。どこからどう見ても、寝坊などではない。


 沈黙を破ったのは、初老の女性だった。


「おやおや、あなたが聖者さんですね」


 目に見えそうな温かさを全身に纏い、初老の女性は聖者の方へ手を向けた。凛奈には、何がしたいのかわからなかった。


「……すまない、名乗ってくれないか」


「おやまあ、ごめんなさいね。(わたくし)造里(つくり)或居(あるい)と申します。バイオ改造生物養殖研究室所長兼、バイオ生物作成機加速式開発研究室研究所長兼、バイオ東区筆頭研究者。そして、バイオ聖者派筆頭をさせていただいております」


(長い長い長い!)


 あまりに長い肩書きを、スラスラと唱える女性に、凛奈は困惑した。何一つわからないが、それほど偉い人なのだろうと、凛奈は納得した。


 聖者がうなづいた。


(す、すごい! あんなに長いの、理解できるの!?)


 凛奈の期待と裏腹に、聖者は首を傾げた。


「……? すまない、もう一度言ってくれないか?」


「わかりました。(わたくし)は、」


「いやいやいや、もういうもういい! ……あ」


 凛奈は思わず、声を上げてしまった。一斉に向けられる視線。あまりの恥ずかしさに耐えきれず、凛奈は俯いた。


(やらかした……)


 凛奈は緊張していた。生まれて初めて、会議というものに参加するからだ。緊張は、時に失敗となって現れる。


(どうしようどうしよう、みんな怒ってるよね)


 失敗した時。慌てる心は、悪い想像を膨らませてしまう。

 罵倒し、怒りを表す幻聴が。指を刺して嘲笑う幻覚が。凛奈の居場所を奪っていく。


(私なんて、私なんて……)

 

 居た堪れない気持ちになり、凛奈は席を立った。振り返り、扉の方へ向かおうとした。

 しかし。腕を掴まれ、凛奈は歩みを止めた。


「凛奈ぁ、まずは謝罪、な?」


(あ……そ、そっか)


 凛奈は名の方を見た。怒っている顔ではない。だから安心、とは言えないが。


(謝らなきゃ、遮ってごめんなさいって……)


 心の中で謝罪を反芻する。言葉にしようとする。……出てこない。喉を通る間に、真っ白に塗りつぶされてしまう。真っ白になった分は、口ではなく、こめかみに向かってしまう。


「はぁ、ったく、うちの凛奈がすまねぇ、がわだけ大人の幼児なんだ」


「おやまあ、大丈夫ですよ、(わたくし)は。この程度、ミスにすら入りません」


「おぉ、そいつはありがてぇ」


 何も言えない、何もできない凛奈。名に庇ってもらっているのだと、自覚してしまうだけで、悔しさが溢れてくる。


(……凛賀ぁ、私、せっかくもらったのに……自力で、生きていかなきゃいけないのに……)


 だめな自分を、どうすればいいのか。凛奈には、わからない。

 涙を流さないように堪える。それだけでいっぱいいっぱいだった。


 そんな凛奈に、静かな、そして高圧的な声が、降りかかった。


「……嵩陽凛奈とか言ったか?」


 聖者の声。仮面の下でどんな顔をしているか、凛奈にはわからない。わからないが……その声は、どんな感情も灯していなかった。


「は、はい」


 震える声が、歯の隙間から飛び出した。


「そうか、座れ。或居ばあさん、今回は助かった」


 凛奈は呆気にとられ、言われるままに座った。

 心底どうでもいい――そんな悪い意味で毅然とした態度に気押されて、凛奈は何も言えなかった。


 それから、指名されるまでの短い間、凛奈はぼうっとしていた。何を考えていたのか、本人の記憶にすら残らないほど、凛奈は放心していた。

 わかっていることは、作戦会議が始まったことだけ。


「凛奈……凛奈ぁ!」


 名の鋭い声で、凛奈はハッとした。


「え、ええっと……?」


「嵩陽凛奈。あの像について、後で共有してくれ」


「……は?」


 小さな怒りが湧いた。

 

「襲撃の一回目は……誰だったか?」


 聖者の問いに、モノクルの男性がハキハキと答えた。


「一度目の襲撃の首謀者は、青辛(あおから)頼事(らいず)! バイオ愚者派筆頭であり、バイオ死体改造研究室研究所長兼、バイオ生物作成機外角式開発研究室所長兼、バイオ街西区代表研究者! 動機は不明!」


 またしても、長い肩書きが語られた。凛奈は手で口を押さえた。


「ああ、そうだったな……二回目は?」


 聖者の問いに、またしてもモノクルの男性が答える。


「二度目の襲撃の首謀者は、加速愚者! 現在最悪の愚者として知られています!」


 加速愚者。その名が話された時、会議室の空気が揺らいだことに、凛奈は気づいた。

 しかし、凛奈は加速愚者など知らなかった。凛奈の頭の中には、最悪の愚者=相当な脅威という等式だけが思い浮かんだ。


「……ああ、そうだったな。襲撃は、それだけだったか?」


「いいえ! 実際に像を持って行ったのは、加速愚者と聖者一行の交戦中、改めて急襲した集団!」


 凛奈は勢いよく顔を上げた。目が充血していく。取り返さなければ、という思考に、意識が吸い寄せられて行った。


「我々バイオ中立派の調査で、この集団の首謀者が青辛頼事であると突き止めました!」


「青辛頼事……ああ、一度目の首謀者か。加速愚者と青……? が繋がっているとしよう。動機は分かるか?」


 凛奈は、早る体を押さえつけ、深呼吸した。


「青辛頼事は、(わたくし)の邪魔ばかりしてくる、死体研究者……マッドバイオロジスト。これは(わたくし)の推察ですが……像を完全な死体とみなしたか、加速愚者と出会って要らぬ衝動に駆られたか……」


「あぁー? 或居さんよ、前者だと青辛頼事が主犯ってことになるが……ソイツ、バイオの最高権力者の一人なんだろぉ? あってるか?」


「……ええ。研究者の実力主義。それが、バイオですから」


「そんな奴が、あ゙ー、こんなこと言いたくねえがぁ、最低でも村三つ分ある像の中で、危険を犯してまでウチの凛奈を狙う理由があるのかぁ?」


 村三つ分。その言葉に一瞬冷静になったが、凛賀の体は止まろうとしない。凛奈は必死で、体を押さえつける。

 会話は進んでいく。凛奈を置いて。


「そうですねえ……これは(わたくし)の、青辛の普段の様子を鑑みた、予想になってしまうのですが……三つ目の理由がありまして」


「三つ目ぇ?」


「ええ。彼女は、複数の目的を一度に達成するタイプですから。おそらく、私の地位を下げるか、暗殺をしようとしているのではないでしょうか」


 凛奈は目を見開いた。また、一瞬だけ、体の動きが止まった。


「はぁ? 飛躍しすぎじゃねぇかぁ?」


「……或居ばあさん、保身に走るのか?」


 或居を疑う声二つ。その声を静止したのは、モノクルの男性だった。


「我々、バイオの住人にとって、青辛頼事が造里或居を暗殺しようとしている、というのは、噂としてよく上がる話題です! 実際にそうだ、と断定はできませんが……青辛頼事なら、やってもおかしくない! 我々はそう、思います!」


「我々ぇ?」


「ああ、申し訳ございません! 我々、特殊能力により、幾つかの人格を持っておりまして!」


「……バイオの住人がそういうなら、可能性として無くはないのだろう」


 聖者が首を鳴らした。


「よし、凛奈。そろそろ、あの像について話してくれないか」


 聖者の言葉に、凛奈は口を開いた。

 早る体は、凛奈の意志と裏腹に、加速した。凛賀の指が、斜め下を指した。凛賀の喉が、声を上げた。


「あっちだ。あっちの方に、凛奈がいる!」


 凛奈は驚愕した。他の五人も、差はあれど、おどろいている……いや、黎真だけが、狂気的な笑顔を浮かべていた。


「あっはははは! やっぱり、やっぱりだ!」


「あぁ? どうした、黎真ぁ?」


「なに、いいニュースだよ。嵩陽にとってね」


 指を指したまま、凛奈は黎真の方を向いた。


「君の弟は、生きてるよ。よかったじゃないか!」


 予想外の言葉だった。


「え? でも……」


 確かに、凛奈の像の中に、凛賀の気配はなかった。しかし、黎真が嘘をついている様子はない。凛奈は混乱した。


「そこの中立派の人なら分かるでしょ、一人の体に二人って」


「ええ、わかりますとも! なるほど……どういうわけかは存じ上げませんが、そのような状態自体は、わかりますよ!」


「え、ええ?」


(黎真が言うなら、そうなのかな。そんな事、今までに無かったけど……)


 激しい混乱と激情が、凛奈の心をかき乱した。凛奈は、涙を流した。


「そっか、そっかぁ……凛賀、りんがぁ……」


 凛奈の外で、物語は進んでいく。凛奈は一人、涙ぐむ。


「……すまない、どういう事だ?」


「あぁ? 弟と入れ替わってる。弟の気配がねぇ。実はひとつの体の中に二人ともいた。これでいいかぁ?」


「ああ、さっぱりわからん。本人に……」


「おいこら、聖者。空気読めよなぁ?」


「む……仕方ない」


「あらまあ、素敵な……素敵なのでしょうか?」


 会議室の扉が勢いよく開かれた。


「ん! 真、苦しい? 一撃で……」


「おいおいもっとヤベーのがきたぜ。黎真ぁ、なんとかしろ」


「はいはい、わかったよ」


 二つの足音が遠ざかって行った。


 人前で、みっともなく。しかし、暖かい空間に包まれながら。

 敵の居場所を指したまま、凛奈は泣き続けた。

 

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