帰り道
「じゃあ俺部活行ってくるわ」
「頑張って」
吉村はウキウキに教室を出て行った。
剣道部の彼女に会えるから部活が楽しいのだろう。授業は怠いけど、部活は楽しいって言ってたし。
同じ部活に先輩の彼女がいるってどんな感覚なのか気になる。
部活中は流石に人前でイチャイチャしたりしないだろうけど、隠れてはしそうだな。それで部活が終わったら一緒に帰るまでがセットだろうな。
俺も何か部活入ろうかなって思ったけど、そんな動機で入るのは不純すぎる。今まで部活入って来なかった奴がいきなり部活始めても続けられるかどうか。
と言うわけで、俺は帰る。
校門を抜けて、駅に向かって歩く。
前には同じ制服姿の学生たちが歩いてる。
友達と楽しく喋りながら帰る者、チャリで走り抜ける者、一人黙々と帰る者。
駅へ向かう道中には、寄り道したくなるお店が立ち並んでいる。
前を歩く女子三人組がオシャレなカフェに入って行くのが見えた。
寄り道は校則で禁止されてはいない。
俺が通う高校はかなり校則が緩いで有名だ。
髪染めOK、ピアスOK、髪型も指定はない。加えて制服のちょっとした着こなしならOK。だから、派手な人は派手になるし、高校デビューを果たす人もいる。
そんな中で、中島さんは圧倒的なルックスと誰とでも分け隔てなく喋れる社交性でクラスの人気者だ。
髪も染めてなければ、ピアスもしてないし、髪型もショートヘアで、制服もちゃんと着てる。初期装備でクラスのNo. 1だ。
そんな人に今日、坊主似合ってるって褒められた。
嬉しすぎる。
テンションが上がってるから、今まで寄り道したことないけど、ちょっとしたくなってる。
そうだ、ずっと気になってたコロッケ屋さんがあったんだ。そこに寄ってみよう。
思い立ったが吉日だ。
駅へ向かう道を少し外れると、小さなコロッケ屋がある。
昔から営業しているような少し古風な雰囲気のあるコロッケ屋。店先には「揚げたて」と書かれたのぼりが揺れている。
店から香ばしい匂いが漂ってきて、お腹が小さく鳴る。
「いらっしゃい」
店のおばちゃんが笑顔で迎えてくれる。
「えっと……」
特製ビーフコロッケ、スパイシー牛タンコロッケ、カニクリームコロッケ、きのこグラタンコロッケ、明太子クリームコロッケ……。
たくさん種類があって悩む。
どれにしようかな。
どれも食べたいけど……ここは「オススメ」って書かれてる特製ビーフコロッケにしようかな。
「すみません、この特製ビーフコロッケ一つお願いします」
「はーい、今ちょうど揚がったところだから熱いよ」
紙袋に入ったコロッケを受け取ると、じんわりと熱さが手に伝った。
おばちゃんにお金を払う。
「はいちょうどね、ありがとうねー」
おばちゃんに笑顔で見送られた後、歩きながら紙袋からコロッケを半分ほど出して、熱いので慎重に齧る。
「っ、あふっ! うまっ」
衣はサクサク、中はホクホク。
じゃがいもの甘さが口の中に広がる。火傷しそうなほど熱いのに、その熱さまでもが病みつきになってもう一口いってしまう。
あっという間に完食だ。
紙袋は小さく丸めてズボンのポケットにしまう。
美味かった。毎日でも寄りたくなる。
今度はスパイシー牛タンコロッケにしてみよう。
なんて考えながら帰路についていると、
「さなだくーん!」
後ろから女子の声が聞こえた。
思わず自分が呼ばれたと反射的に振り向きそうになったけど、すぐに勘違いだと気づいた。
俺に女子の知り合いはいない。
だから他に「さなだ」という人がいるのだろう。
「さなだくーん! ちょっと待ってよー!」
次第に声が近づいてくる。
どこかで聞いたことある声だ。でも、ここで振り返って違ったらめっちゃ恥ずかしい。
そうやって歩き続けていると、
「坊主のさなだくーん!」
そう呼ばれた瞬間、足がぴたりと止まった。
坊主のさなだ……?
え、まさか俺のこと? だって坊主で、さなだって……。
恐る恐る振り返る。
すると、小走りでこちらへ向かってくる女子がいた。
肩で息をしながら手を振っている。
ショートヘアが揺れて、いつも遠目から見ている笑顔が目に入った。
「な、中島さん!?」
「やっと止まってくれたぁ」
中島さんは俺の隣まで来ると、ふぅっと息を吐いて胸を押さえた。
「何回も呼んだのに全然気づいてくれないんだもん。真田くん、酷いよー」
「ご、ごめん……俺を呼んでるとは思わなくて」
な、何で中島さんが俺を……。
「でも、坊主の真田くん、って言ったら止まってくれた」
えへへ、と笑う中島さん。
その笑顔が眩しすぎる。
でも、どうして……。
「中島さん、どうしてここに?」
俺が尋ねると、中島さんは息を整えて答える。
「真田くんって電車でしょ?」
「そうだけど」
「私もそっちだから一緒に帰ろ」
一瞬、思考が止まる。
「……え?」
「帰る方向、一緒でしょ?」
当たり前のことのように言う中島さん。
いや、そういうことではなくて。
クラス一の美少女から「一緒に帰ろう」だなんて……夢かな?
「もしかしてどこか寄り道する感じ?」
「いや、真っ直ぐ帰るつもり」
「じゃあ問題ないよね!」
「う、うん……」
ほんと、夢みたいだ。
坊主似合ってると褒められただけじゃなくて、こうして一緒に帰れるなんて。
でも、き、緊張する……俺あんまり会話広げたり盛り上げたりするの下手だから沈黙が続くけど大丈夫かな……。
隣を見ると、中島さんと目が合った。
中島さんは目を細めて柔らかな笑みを浮かべた。
可愛い過ぎて、何か話さないとって思ってるのに何も話題が出て来ない。
このまま駅まで沈黙はマズイ……。
視線だけ辺りを見回して話題を探していたら、
「真田くんって、いつも一人で帰ってるの?」
気を利かせてくれたのか、中島さんが歩幅を合わせながらそう聞いてくれた。
「うん……吉村は部活だから……な、中島さんはいつも一人なの?」
せっかく話を振ってくれたんだから、会話を広げないと。
「私? 私は友達と帰ることもあるけど、今日は塾があって先に帰らないといけなくて」
「塾通ってるの?」
「通ってるよ」
「そうなんだ」
塾でも中島さんは人気者なんだろうな。その光景が容易に想像出来てしまう。
「私もバイトしたいなぁー」
いきなり中島さんがそんなことを言い出した。
「バイトしたいの?」
「したいしたい。だってみんなバイトしてて、バイトの話されてもわかんない時あって、それに、みんなの話聞いてたらしたくなってきちゃった。真田くんはバイトしてる?」
「一応、コンビニで」
「いいなぁー、どこのコンビニでしてるの?」
「ちょうどそこの」
目の前にあるコンビニを指差した。
「けっこう近場じゃん! 今日はバイトない感じ?」
「今日は休み」
「明日は?」
「明日? 明日はあるけど」
何でそんなことを聞いてくるんだ?
「じゃあ遊びに行くねー!」
「え……」
ほんとに来るつもりなの……?
なんかバイトしてるところ見られたくない気持ちがある。恥ずかしいというか、緊張するというか。
そんな話をしているうちに、駅前の広場が見えてくる。
「私ここの塾だから」
中島さんが駅の横にある大きなビルを指差す。
二階の窓には「○○進学ゼミ」という看板が見えた。
「あ、ここなんだ」
「そう! だからここで、また明日ね!」
「うん、また明日」
そう言って手を振りながら中島さんはビルの中に入って行く。
自動ドアが閉まり、中島さんが見えなくなって、ホッとしたのと同時に、名残惜しさもあった。
明日、本当に来るのかな……?
嬉しいような、気まずいような……。
俺は中島さんが入って行ったビルに背を向けて、改札に向かった。
まだ足元がふわふわしてる。




