バイト帰り
「暇になったねー」
店長の吉本さんが誰もいなくなった店内を見てそう言った。
吉本さんは少し小太りな男の人。
見た目から優しい人オーラが出てる。実際、優しくておおらかな人だ。
「そうですね。さっきまで忙しかったんですけど、一気に暇になっちゃいました」
「ピーク過ぎたからね」
夕方のピーク時は手が回らなくなるほど忙しかったけど、それを過ぎたら暇になる。
あとはこうしてレジに立ってるか、品物の整理をするか、ドリンクの補充をするか、それで時間を潰して終わる。
「発注してくるから、レジよろしくね。何かあったら呼んでね」
「わかりました」
店長は後ろのドアを開けて事務所に入って行った。
「…………」
レジでボーッとしとくのもなぁ。とりあえず品物の整理でもしとくか。
それからしばらく、品物を整理したり、ドリンクを補充したり、たまに来るお客さんのレジをしたりして時間を潰した。
そんなことをしているうちに、退勤時間が近づいてきた。
「もう帰っていいよー」
事務所から出てきた店長が、そう声をかけてくる。
「わかりました。お疲れさまです」
「お疲れー。また明日もよろしくね」
「はい、よろしくお願いします。お疲れ様でした」
結局、中島さん来なかったなぁ。
昨日「遊びに行くねー!」って言ってたから、来るのかと思ってた。
来たら来たで緊張するし、正直ホッとしてる。
そう思いながら鞄を肩にかけ、レジを出た。
自動ドアの前まで来たところで、外に人影が見えた。少し横に避ける。
ドアが開き、入って来たお客さんを見て俺は驚いた。
「な、中島さん……」
俺の声に反応して中島さんがこちらに顔を向ける。
「あっ! いた! 良かったー、もう居ないかと思ってた」
「今さっき終わったところ」
「真田くんがバイトしてるとこ見たかったなぁー、残念」
「中島さんはどうしてこんな時間に?」
「塾帰りだよ」
「塾ってこんなに遅くなるんだ」
「遅くなったのは塾関係ないかなぁ……それよりジュース買って帰ろうよ、喉乾いちゃった」
「良いけど、中島さん門限とかないの?」
「うちそんな厳しくないから大丈夫」
言って中島さんはドリンクコーナーに向かう。
「何飲もうかなー」
中島さんは並んだペットボトルのジュースを眺めながら悩んでいる。
「真田くんは何にする?」
「俺はこれでいいかな」
いつも飲んでいるブドウのジュースを手に取る。
「じゃあ私もそれにしよ」
それからそれぞれお会計を済ませ、お店を出る。
「これ美味しいね!」
外に出た中島さんが、さっそくブドウのジュースを飲んで驚いた顔をしていた。
「美味しいよね」
「めっちゃ美味しい! やばいハマるかも!」
駅に続く道を二人並んで歩いていく。
また中島さんと二人っきり……。
今までずっと遠目から見ていた人がすぐ隣にいる光景……平静を装ってはいるけど、手が汗ばんで仕方がない。
美味しそうにブドウジュースを飲む中島さん。それだけで絵になる。
そんな彼女の横顔に見惚れていると、不意にこちらに顔を向けて来たので、慌てて目を逸らした。
「真田くんってどうして坊主にしたの?」
見惚れて見つめていたことはバレてないみたいだ。良かった。
「髪の手入れが面倒になって、それで思い切ってバッサリ。お陰で頭洗いやすくなったよ」
「わかるー! 長いと手入れに時間かかるよね! 私も中学の時はこの三倍くらい長かったから、面倒になって今のショートに落ち着いたの」
「中島さんって昔ロングだったんだ……」
イメージが付かない……けど、絶対似合ってただろうなってことはわかる。
「写真あるよー」
そう言って中島さんがスマホ画面を見せてきた。
どこかの映えスポットで友達とハグした写真。そこに映る中島さんの髪の毛は腰の辺りまであった。
思った以上に長髪だった。ロングと聞いて、肩より少し長いくらいだと思っていた。
「長いね。髪質を維持するの大変そう」
「もうね、大変だったよ。軽く一時間かかるからね。だから私も思い切ってバッサリいったわけなのよ!」
「思い切ったね」
「こういうのは勢いが大事だからね! お陰で髪の毛洗いやすくなった。真田くんもそうでしょ?」
「そうだね。すぐ乾くし、寝癖とか気にしなくて済むようになった。ただまぁ、髪型のセットとか出来なくなったのはちょっと寂しいかな」
今日はセンター分けにしようとか、後ろで一つに結んでみようとか、そういったアレンジが出来ないのは坊主の唯一の欠点。
「そうだよね、坊主だと髪のセットとかしないもんね」
「でも、帽子被りやすくなったから。髪が長いと、蒸れやすかったり、はみ出した部分の髪の毛が気になって仕方がなかったり、脱いだ時に髪がぺたんこになったりして、今まで帽子は避けてきたんだよね」
その点、坊主はそういったことを気にしなくて良いから楽だ。
「わかるわかる! だから私は帽子被る時は、髪の毛潰さないようにフワって感じで優しく被ってるよ! まぁその代わり風で飛んでいきそうになるけどねー」
「そんな被り方があったんだ。俺はもう被る時は脱がない前提だったから」
「でも基本はそうだよ。脱がないといけなくなったらトイレ直行だよね!」
「それかスマホでちょっと確認するよね」
「そうそう!」
俺は勝手に中島さんのこと話しにくい人だと思ってた。
そもそも生きてる世界が違うから、関わっても話なんて合わないだろうって。
でも、こうして話してみて、そのイメージが崩れた。
俺に会わせてくれてるだけかもしれないけど、それならそれで、その気持ちが嬉しい。
駅が見えて来た。
「真田くんってどっち方面?」
「俺は佐倉方面、中島さんは?」
「私はその逆、草鹿。じゃあここでお別れだね」
「そうだね」
「また明日」
「うん、また明日」
笑顔で手を振って去って行く中島さん。俺も手を振って、彼女が階段を降りて行くところまで見送った。
中島さんと別れて、緊張は少し和らいだけど、今度は寂しく感じ始めた。
学校で会えるけど、中島さんとは関わることがない。
その後、俺は佐倉方面のホームへ向かった。




