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杭打ちの伝令  作者: にに部
第一章 「春失くし」
33/33

32 泥鬼



「────アアアアァァ!!!!」


 気がつくと、有鱈はそんな声を出していた。

 グンデルを殺した少年へ、彼は襲いかかる。


 跳ね上がり、少年を地面に倒した。

 そして、逆手で取った杭を高く上げた。


「────ッッッ!!!」


 この少年の形をした怪物の頭にこれをぶち込んで、息の根を断つのだ。

 そのつもりだった。


「…………く、う……ッ!」


 だが、出来なかった。

 迷いが生じた。


 なぜ?

 怪物がヴィルビ姉貴の顔立ちと似すぎているから?

 あるいは、子供の形をしたものを壊すことに恐れを覚えたから?


 答えは分からない。

 そもそも、そんなのが重要なのだろうか。


 理由など、理屈など、思想など、理論など。

 どうでも良いじゃないか?


 結局、現実では、行動するか、しないかが全てだ。

 そして自分は、肝心な時に行動しなかった。

 だから、全て失ってしまうのだ。


「────」


 とまどいの途中。

 少年の形をした怪物の爪先が自分の首に近づくのを、有鱈は見ていた。

 だが、見るだけで、何もしなかった。

 もう、どうでも良いと思うからだ。


 いっそ、このまま、終わっても。

 少なくとも、それで姉貴に絶望の報せを伝える役から逃れられるから。

 ヴィルビに、彼女の希望の全てを見殺しにしたと、白状しなくてもいいから。

 それだけが、ひどく、歪にも、安心感を覚えさせた。


 しかし、


 ────グチャッ、と。


 目の前で、フィーゼだったものの頭が爆発した。

 こっちへ近づいていた爪先も止まった。

 その返り血が有鱈に跳ねた。

 しとどになってしまう。


「…………え」


 何が、起こったのか。

 なんで。

 どうして。


 ふと、振り向いて、砦の門楼の上を見る。


「────」


 ソーフォイオールの杖が、ここを狙っていた。

 その相棒である少女騎士の方は──隣で、顔を両手で隠している。

 まるで、ひどく怒られるようなことをやらかし、怯えている子どものようだ。





❖   ❖   ❖





「……」


 是非もないことだった。

 やるべきことだったのだ。

 ソーフォイオールはそう考えた。


 ディギタリスだって、最初は同じ考えだったはずだ。


 なのに、跳ね上がる怪物があのボロ屋の息子だと分かった途端、彼女は変わった。

 少女騎士の中には、深い迷いがわだかまってしまった。


 相棒と言っても、自分とラダウニ家との盟約で、主は人間側である。

 主導権は何もかもディギタリスにいるのだ。

 彼女が許せないと、ソーフォイオールは何も為せない。


 だから、ディギタリスのためらいがソーフォイオールの行動を縛り付けた。

 だから、本当に重要な時に、助けられたはずのものが助けなかった。

 虚しく、機会を逃した。


「……」


 金髪の悪魔は、主の方を一瞥した。

 顔を隠し、小さく震えながら、呟いている。


「どうしよ、どうしよ、やっちゃった、ごめん、ごめんなさい……」


 こんな風に彼女をさせてしまったのは、誰だ。

 俗っぽいとはいえ、明確な目標だけを見て前に進んでいた彼女に、煩悶を与えたのは。

 非難するべき犯人は、誰なんだ?


 答えは既に分かっていた。


 ソーフォイオールは、生殖器の部屋の記憶を思い出す。

 彼女自身は当時、顕現してはいなかった。

 それでも、あの影灯籠の映像は、ソーフォイオールの中にも注がれた。

 そして、その映像がディギタリスに起こした動揺も、感じ取ったのである。


(杭打の東方人……)


 ──今後、杭打を自分の主に近づけてはいけない。


 ソーフォイオールは、そのことに気づいた。





❖   ❖   ❖





 使い魔は、隣の相棒の方を一瞥する。

 そして杖を以て、残りの怪物を処理し始める。


 ────グチャッ、

 ────ベチャッ、

 ────ブチッ、

 ────パチャッ。


 杖の先から、光線が放たれる。

 すると、さっきまで『可能性』だったものが。

 まるで虫けらのように、一つずつ壊されて行く。


 だが、有鱈には、見えなかった。

 そんなのは、もうどうでも良いのだ。


「────ッッ! ウアアアァァァ……ッッ!!!!」


 絶叫する。

 そして、何度も、何度も、横の地面に杭をぶち込む。


「クソ! クソッ! クッソ! クッソ! クッソッ!! クッソォォォッ!!!!」


 誰のせいなのか、これは。

 誰をなじって、責めて、殴りつけて、殺してやればいいのか。

 誰を誅罰すれば良いのか?

 誰に善悪を問えば良いのか?

 誰に、是非を齎したら良いのか。


 誰か、誰か……?


 この杭を打ち込むべき相手は、いないのか?


「はぁ、はぁ……はぁ、っ」


 ……馬鹿か、お前は。

 一番の大きい責任は、お前自身にあるじゃねぇか。


 せめてグンデルを確認した瞬間に包囲を抜けて、彼女だけは助けていれば。

 いや、そもそも、彼女がここに着くまえに、自分がしっかりと心を叩き直して、すでに逝っているものを冷静に処理していれば。

『可能性』などという幻想に縋らずに、現実を受け容れていていれば。

 そうしていれば、少なくともグンデルだけは救えた。


 考えてみれば、いつだってそうだ。

 自分はいっつもいつも、大事な時に誤る。

 自分の愚かさを露呈して、世界はそれを嘲る。

 そして、どうしようもない怒りに支配されて、でも本当に憎むべき相手には手が届かず。

 結局、自らを削り取ってゆくしか、怒りを鎮静させるすべがない。


 ────守れるかどうか曖昧な約束など、しない方が良いです。


 また、その声。

 自分の心底を全部見抜いているような、なさけの充満した、そんな声。

 黄金色の瞳が、こっちを見ている。


「黙ってろよォォ!!!」


 聞かれるはずもないと、分かっている。

 それでも、叫ばずにはいられなかった。


 また、俺が何もかも悪かったっていうのか。

 じゃあ、俺はどうしたら良かったのか?

 俺だって、何をどうしたら最善なのかなど、分からなかったのだ。

 俺は預言者じゃねぇんだ。

 未来のことなんか、分かるはずがねぇだろうが。


 ただ、俺は、姉貴に。

 ヴィルビに、希望を、伝えようと。


 糧を、与えよう、と……。


「…………ははっ」


 そこまで思って、自分を嗤うしかなかった。


 姉貴に希望を伝える?


 ふざけるのもほどほどにしやがれ、このゴミクズの役立たず。


 彼女の一番大事な希望を、グンデルを、フィーゼを、死なせたくせに、

 純粋を死においやったくせに、

 ヴィルビにとって一番価値あるものを見殺しにしたくせに、

 自分は何も悪くない、自分以外の何かが悪いのだ、って言うのか。

 そう言って、逃げるつもりなのか。

 逃げられると思ってるのか。


 考えてみれば。

 結局、クィレアクトが死んだことも、今回と同じじゃないか?


 誰がどんな動因を持っていたのかなど、関係がない話だ。


 誰がどんな行動をして、どんな結末を齎せたのが全部なのだ。


 それで、あの時、俺の行動と、齎せた結末は?


 何もしなかった。

 クィレアクトを苦しませて、死なせた。

 おまけに、自分も地獄のそこで、四年半も腐り続けた。


「は、ははは」


 嗤うしかない。


 なのに、俺はあの時、わめき散らかしていたのか。

 自分は罰を受けるべき人じゃない、と。

 こんなのが俺がされても良いような扱いなわけがない、と。


「……俺が、全部悪かった」


 結局、是非を齎す云々も、盛大な責任放棄じゃないか。


 明確な悪が自分の外側に存在すると見なす。

 自分はいつだってその外部の悪に責任を問っていればいい。

 自分はなに一つ間違ってなかったと、悪いのは全部あいつらだ、と。

 いつまでも、いつまでも、言いながら。

 それで、自分は逃げ切れる。


 たとえ、あの時、本当に自分以外の悪が存在したとしても。

 それを放置したのは、お前自身じゃなかったか?

 それが悪だと分かっていて、なお始末しなかったのは、お前の方じゃないか。


 その兆しが見えていたのに、何でその前触れの時点でそれを折らなかった?

 何で、その時点で、わずかな芽生えさえも全部踏みにじらなかった?

 何で、機会があったのに、それをやらなかった?


 悪より悪いのは、馬鹿だ。

 頭が悪い奴は、救える由がない。

 悲しい事情から人殺しになった罪人なら、せめてものなさけはもらえる。

 しかし、馬鹿は嘲笑しかもらえない。


 笑われて、馬鹿にされて、

 恥辱と罪悪感にかられながら、悔やみばっかり覚えて、

 そうやってひとりで、苦痛に悶えながら、暗闇のなかで、死んでゆくんだ。


 それが、俺の結末で相応しい。


 なぜなら、なにもかも、俺が悪いから。





❖   ❖   ❖





「ツガイバ・ウタラァァァ!!!」


 叫びが、街に轟いた。

 有鱈を呼んでいる。


「…………」


 しかし有鱈は、声が聞こえた方向を見なかった。

 そんなことをする気力がなかった。


「貴様が、貴様がァ!! 私にこのような苦痛を、侮蔑を、屈辱をォォォ!!!」


 だが、相手はそうさせない。


 火の上がる砦の側面から現れたモノは、奇妙な外見をしている。

 赤黒い岩のような形の肥大な両腕を持って、その表面は紫と血色の混じった珍かな色だ。

 まぎれもない、化物である。


 その化物が持っているのは、おぞましい『生殖器』の破片である。

 もとの姿は損傷されて、今には縦の亀裂が見えない。

 でも、そこから出てくる異様な気運は残存しているから、ただの肉塊ではないと分かる。

 もちろん、『女神』を生んだ時に放っていた圧倒的力の流れはもういないのだが。


「貴様は、私にどんな所以でこのような不運を齎したのだ?!」


 その泥浴び怪物の名前は、イントレド・バイネローホ。

 彼は火炎の中から現れて、邸の最上階、生殖器が置かれていたあの部屋の壊れた窓辺の上に立っている。

 その狂った目が注がれるのは、広場で跪いている男だ。

 杭打、番馬つがいば有鱈うたらである。


「疫病のような存在が、人の耕したものを全部無にしてしまう呪われた存在が、恥も知らずに、堂々とあらわれやがって!!!」


 イントレドの目からは、まるで瀑布のように、涙が流れている。

 しかし、その色は透明ではなく、泥のように粘る土色だ。

 あるいは、濁りすぎた血液のようだ。


「こんなのが、私がされても良いような扱いなわけがないではないか! 私が、いったい何をしたっていうんだ? 私はただ、美を追求した! 女神を崇めようとした!! 愛を愛して、想いを思い、彼女のあらの理想をこの世界に齎そうとしただけなのだ!」


 理性の域から外されすぎた叫びは、続く。

 しかし――それは、ある者によって過去に叫ばれた言葉と、酷似している。

 その者も、地獄の底で苦しみながら、血の涙を流しながら、それを名状していた。


「そうだ、悪いのは全部、貴様ではないか!!!

 どこからはびこってきた? 貴様のような汚物が、この完璧になりえた可能性の世界のどのような陰部から這い寄ってきたのだ! 蠢いて、くねって、汚しては食い散らし、暴れては放糞し、何もかも破り尽くしてもなお飽き足らず、壊すものを欲する貪欲な虫けらが!!!」


 怪物の外形は、更に変化していく。

 肌の色は全体的に土色の混じった鋼鉄のそれに似てきた。

 全身の筋肉は肥大化する。

 関節と骨は、本来ならそうはなるはずもない方向に発達していく。

 それに反応し、骨と肉が耐えず悲鳴を上げるが、変形の勢いは一向に耳を傾けない。


 それは、人間の域を越して、怪物の域すらも超えているようだった。

『女神』から感じた圧倒的権能感と同じものが、そこには確かに芽生えている。


「貴様が、美の結晶を虐待した。貴様が、拷問した。貴様が、侮辱した!

 貴様が、殺しちまった!!

 私のたった一つの愛は、惨たらしくも殺められてしまったのだ!!!」


 叫ぶ怪物の口からは、泥のような、朽ちた肉片のようなものが、しきりに飛び跳ねられる。


「貴様がやったことを見ろ! その憎たらしい存在が運んできた不幸の数々を見ろ! 貴様がやらかした殺戮と破壊と醜悪の顕現を見るのだ!! 貴様でなければ、彼女と私の永遠な愛の巣になっていた私の住処が、こうも無惨に壊されてしまった!

 貴様はこの地、プエスメンベリに絶望を伝えた! 貴様は疫病神だ!

 まさに艱難の伝令、病伝やまいづてなのだ!!」


 彼の変貌は、極めて醜いモノだった。

 眼球は突出して、円形の形が際立ち、ぎらつく眼光が赤い色を発している。


 口はまるで大蛇が巨大な卵を丸ごと飲む時のように開かれた。

 その内に、並びの不規則的な牙を多く連ねて、真っ赤で長い舌先が狂ったイトミミズのようにうねっている。


 皮膚もまた蛇の肌を裏返したようで、でこぼことした小さなくぎりが夥しく作られている。

 それは不気味な潤いと内臓の裏側のような血色を含んでいて、ますます赤褐色と紫色を混ぜたような汚い色に移りゆく。


 止まらず巨大化する図体は凡そ五メートルに至る。

 重くなりすぎたその体重を支えきれず、彼の足元の砦の構造物は、壁際から土と石をしきりに落とす。


「……これ、は」


 間近でそれを観察していたソーフォイオールは、その全貌に驚愕した。

 彼女自身をも遙かに超える大きさの怪物である。


 ソーフォイオールの足元、呆然としていたディギタリスも、悪夢の頂きを刮目している。


 化物の正体は、執行吏の正体は、紛れもない。


 ────『泥鬼』だ。

 それは、『美の女神』からの恩寵に特別に恵まれた個体だけが到達できる、半神のように強力な怪物の総称。

 今まで有鱈が虐殺していた虫けらのような怪物とは、格が違う。

 人ひとりなど、その前ではまさに虫一匹に過ぎないのだ。

 人々に絶望を与えるためだけに作られた存在のような、超越した種類なのだ。


「────」


 怪物は、絶頂に達した興奮状態で、目の前の全てを殺戮したいと願っている。

 今まで大事に抱えていたあの肉片も投げ捨てた。

 それは嫌な音をして、広場の隅っこのどこかへ落ちた。


 イントレドの変貌は、いよいよ完遂されようとしていた。

 彼の爪は鋭く、長く、太くなる。

 人の匠がどうしても作ることの出来なさそうに見える、威嚇的な凶器となる。

 それを、十個も生やしたのである。


 やがて、像でも余裕で真っ二つに出来るような禍々しい刃物と化した。


「病伝ェ!! 聞こえるか?!」


 腕を動かし、凶器を相ぶつからせて、火花を飛ばせながら、叫ぶ。


「貴様を、殺してやる!!!」


 十本の凶器を持つ腕を広げて、咆哮した。





「……ああ、現れてくれて、ありがとうよ」


 あそこに、確かに立っている。

 ──誅罰するべき、悪だ。


 そう、この世には、善悪が有るのだ。


 だが、その区分が為されただけで、二つの領域には妥当なものが齎されていない。


「テメェは、悪なんだ」


 これ以上は、自分を責めなくても良い。


 だって、そこにあるかねぇか。

 倒すべき、なじるべき、指さして蔑むべき相手が。

 叩くべき、ぶち込むべき、ぶっ殺すべき相手が。


 だからその存在は――悪は、有鱈にとって、救いだった。


「テメェが、この惨状の全ての原因だ」


 そうだ。

 この世に善悪は齎された。

 残った責務はただ一つ。

 悪に誅罰を齎すこと。


 有鱈が再度立ち上がったとき、その形相には悪鬼が宿っていた。

 妙にも、その口元には、微かに微笑がある。


 彼は仰け反り、口を大きく開いた。

 名状しがたい音を出しながら、右手をその中に入れる。


「────」


 彼がそこから抜いたのは──

 この戦闘で彼が使ったどんなやつよりも巨大な、杭。


 それは槍のように長く、金槌のように太い。


 もはやそれは、鈍器の類である。


 それを以て、力強く地面を突いた。


 そして、言い放つ。


「是非を、齎す」





❖   ❖   ❖





 二つの怪物は、空中で激突しようとした。


 泥鬼の方は、砦の最上部から飛び降りる。


 杭打の方は、広場の真ん中から飛び上がる。


「────」


 ディギタリスは目で追う。

 彼女は、あの巨躯の圧倒的重量から、それが杭打を押しのけるだろうと予想した。

 彼がどれほど超人であれ、あんなものと正面から衝突して無事なわけがない。


 しかし、


「ブホッ」


 泥鬼は後頭部から項あたりを強く叩かれ、そのまま地上へ垂直に墜落してしまう。


 激突の直前、杭打の方が体の軌道を変更したのだ。

 そっと側面に避け、そこから回転し、その杭で泥鬼を強く打ったのである。


 粉塵を巻き上げて、泥鬼の巨体は広場に伏せられた。

 だが、相手は止まらない。


「────」


 有鱈は、空中の衝突地点から自分を落とす。

 そして、杭で怪物の頭を貫こうとする。


「っ」


 が、それはならなかった。


 あの大きさからは信じられない速さで、泥鬼はそれを躱す。

 なので、杭打の杭は地面をいたずらに突いてしまうのである。


「……」


 杭打はそれをそっと抜いた。

 敵の方を睨む。


 泥鬼は、砦の方向へ後ずさっている。

 二人の距離は十五メートルくらい。


 しばらくの間、その構図のまま、杭打と泥鬼はお互いを睥睨していた。


 もちろんそれは、長くは続かない。


「────ハアアァッッッ!!!」


 叫び声を上げたのは、泥鬼の方だ。

 あまりにも轟音で、周囲の建物までも揺るがしてしまう。


「────!」


 それが合図だった。


 戦いは、決闘のように、広場の中央にて再会される。





 それは、展開して行く。

 その激烈っぷりに気圧された見物人たちは、ただその閃きの軌跡をおうだけである。

 閃光を放つのは、十本の刃と、一本の鈍器。

 花火を打ち上げる鉄のぶつかりあいの只中──

 それはまるで広々の舞台の上で脚光を浴びている二人の舞い狂いのようだ。


「────」


 だが、その攻防の大本はしごく明瞭なものである。

 杭打の大杭が突くと、泥鬼の爪先が防ぐ。

 泥鬼の刃物が斬りかかると、杭打の鉄棒が弾く。


 ただそれだけを、彼らは何十回、何百回を繰り返した。

 それに至るまで、いくらの時が過ぎたのだろうか?

 見物する騎士たち、そして使い魔には、分からなかった。

 ただ、長いようで、短いようで、そういう相反する感想を持っていた。

 状況のあまりの非現実性が、彼らに正常の時の感覚を奪ってしまった。


 ディギタリスは思った。

 ──泥鬼というものとは、かくも超越的力を出せるものなのか。


 それは納得できなくもない、かも知れない。

 彼らは化け物で、まさに人外の類なのだ。

 人でない者が、人でない力を出す。

 理屈として、何一つおかしなことのない現象である。


 ──だが、あの男はどうだ?

 鍛えられた戦士であることは既知だったが、まさかここまで戦えるとは。

 彼はあの怪物を相手にして、たった一歩の譲りもなく、対等に──いや、むしろ相手の先に行っている。


 にもかかわらず、今までその鋼の鉄槌の尖端が泥鬼の首を刺していないのは、たった一つの理由──あの怪物は人間とは違う本能を持っているからであろう。


 あの動きは恐怖や食欲などに駆られて生きる獣の存在のさがを遙かに超えている。

 確かな人間領域の外の存在である。

 そう、それこそ、ある意味神に近づいている。

 上位存在の姿に似ていると言っていいだろう。


 しかし、この舞踏会も、きっと永遠ではない。

 いつかは、どちらかが必ず倒れる。

 それが二つ者の決闘ということだ。


「────」


 そして、その兆候は既に見えている。

 せめて眼力の優れた者──例えば、ラダウニの血を継ぐものと契約した『悪魔』には、それが見えている。


 五メートルに達するその巨大な風体だが、武器はもっぱら上半身の爪を使って戦っているゆえ、泥鬼の方は下半身の防衛が疎かになっている。

 しかも、その刃捌きに宿っている怒り狂いは、どうやら自分のなりうる弱点を振り返ることを阻んでいるようだった。

 あるいは、単純に泥鬼の戦士としての格が杭打には及ばず、ただ生物的な力に優れているだけなのかも知れない。


 それに比べて、あの男、杭打は。


 ソーフォイオールはディギタリスの眼球を通じて見た、そして自分自身の目を通じて見た光景を確かに覚えている。

 彼はどうやら、身体のどこからでも鉄の棒──『杭』を何梃も抜けることが出来るようだった。


「……これは、ひょっとしたら」


 彼女は呟く。

 あるヴィジョンに辿り着く。

 ──もしかして、杭打は、新たな凶器を抜いて、泥鬼の下半身のどこかを攻めるつもりなのかも知れない。





「はぁ──っ、はぁ──っ、は、っ」


 ……だが、そのヴィジョンの実現は、なかなかできていない。

 もし有鱈が万全の状態で、もう少しその居合が続いたなら、すぐソーフォイオールのヴィジョン通りになったのかも知れない。


 しかし──彼は幾日を通じての激烈さの連続で、疲弊しきっている。

 そもそも、その身体は何年間の過酷に晒され、ほぼ常の困憊状態に駆られていた。

 相手である紫赤褐色の怪物の尽きることのないような気力には、とうてい長らく張り合えうるものではないのだ。


「はぁ──っ、はぁ──っ、は──」


 そのそそけだってきたものが、いましがた、爛れようとしている。


 つまり、来たる小結末は、


「────」


 泥鬼の爪の、一振りの強い攻めに、急いで有鱈の大杭が防御に出る。


「ウッッ!」


 致命傷は避けた。

 しかし、その重みに耐えきれず、有鱈は身体の均衡を失ってしまう。

 その余りの力により、次の瞬間、彼の左足は折られ、思わず跪いてしまう。


 瞬時、杭を杖のように地面を突いたので、どうにか転倒するまでは至らなかった。

 が、それでもそれは大きい隙を作った。

 泥鬼には、この上ない機会である。


「ハァッ!」


 その声と共に、イントレドの右手による鋭い一撃。

 有鱈の左側から、来る。


 平手打ちのような単純な動作である。

 しかし、それを行うものは一度の蹴りで猛獣も屠りうる泥鬼である。

 人間への直撃となると、命はない。


「────」


 有鱈には、それに刃向かう余力がない。


「これは」


 ソーフォイオールのヴィジョンは覆される。

 ほとんど無意識で、彼女は杖を前に翳した。


 今までは二人の舞いに挟み込む余地がなかった。

 そのせいで、ただ傍観しているほかは無かったのだが。

 もしこれで杭打が終わるとしたら、その後は、その恐るべき爪先は、彼女の相棒を狙うに違いない。

 それを阻むためには、こちらからも動かないといけない。


「────」


 やがて、イントレドからの平手打ちが杭打に届いたころ。


 しかし、そのあたりには、粉々になった肉体がいない。

 かわりに、泥鬼からの攻撃をまるごと受けたものは、有鱈がずっと使っていた大杭だ。

 その大きな鉄の塊は地面の上に刺されて、爪の強い打撃に耐えたのである。


「……はぁ、はぁ、はぁ」


 一方、杭打の方は。

 彼は、イントレドの後ろに立っている。

 彼の左手にはもう一つの杭が逆手に握られている。

 それは確かに、泥鬼の骨盤と脊椎の接点の部分に刺されている。


「……あの瞬間に?!」


 時間差でやっと理解がついて、ソーフォイオールは驚きの声を上げた。


 彼女の前の予想どおり、有鱈がイントレドの下半身の防備の脆さに集中していたのは、どうやら事実のようだった。

 彼は泥鬼の攻撃が当たる瞬きの間に、イントレドの股の下に身を動かしたのである。

 そこで辷るように通り、左手から別個の杭を出して、それを以て相手の脊椎を狙ったのだ。


 それはずいぼんと深いところまで行き届いていて、いくら泥鬼という常識外の存在だって、ある程度は被害に及んだはずに見えた。


「…………」


 これで戦いは決着に至った、のか……?


「────」


 状況は、もう一度動転した。


「しまっ──ッ!」


 油断していて、そして体力もほぼ尽きていて、無防備な状態だった有鱈の胸倉を、泥鬼の右手が強く掌握する。


 彼はそのまま一回左巻きに回転し、そこで得た慣性力を利用して、有鱈を砦の方へ投擲してしまった。


「────」


 彼はソーフォイオールとディギタリスの頭上を一直線に飛んで行く。

 まだ破壊されていない壁面に衝突し、そのまま壁を壊して、室内の奥へ投げられる。


 続いた轟音からして、内部の構造の崩壊が次いだと分かった。

 それから来る被害まで考慮したら、普通の人間はもう──


「――やっと潰されたか、虫けらが」


 イントレドは満足気に、にやりとした笑顔を浮かべる。





❖   ❖   ❖





 もうすぐ、夜が明ける。

 東がしののめになっている頃。

 この狂った夜にも、そろそろ終りが訪れようとしている。

 周りはどんどん青い灯りに抱かれようとしている。


「それが、貴様らの位置なのだ」


 優越感に浸ったその怪物の喉元からは、禍々しい声音が出ている。


「虫けらと同じなニンゲンのぶんざいで、私のような超越した存在、女神から最も愛されたものに触れようとするのでない」


 しかし、それが言おうとしているのは、その声音とは反している。

 それは、とてもちっぽけな、自己愛に溺れている、哀れな男の独白だ。


 彼は、杭打の投擲によって空けられた、邸の壁の穴を指さしている。

 舞台上の俳優の誇張された動作のように、その指先を揺らしている。

 鋭利な爪先が、それに連れられて、光る。


「……っ、ど、どうしたら」


 門楼の上、赤髪の騎士は、震えていた。


 杭打が泥鬼と張り合っていた時には、それほど狼狽はしていなかった。


 もしかしてディギタリスは、杭打の戦いに、ある種の希望を感じていたのだろうか。

 あの杭打の男なら、あの地獄から這い寄る怪物をどうにかやってくれるはずだと。

 そういう、淡い期待を抱いていたのだろうか。


「……仕方ありません。ディギ、わたくしたちは、ここから逃げます」


 しかし、ソーフォイオールの方は平静を失っていない。


「え」


「ディギ、わたくしたちでは彼に勝てません。ここでぐずぐずしていたって、成せることなど何もないのです。せめて命を取り留めて、今後の日々を期するべきです」


「で、でも……」


 勝利の余韻をたっぷり味わっている人外の怪物、泥鬼・イントレドの姿を、少女騎士は見る。


 彼が泥鬼として、領主として、この土地で何をやってきたのは歴然だ。

 それこそ残酷な悪行の積み重ねである。

 今はまだ生き残った住民だって、これからきっと、同じ運命に巻き込まれるだろう。


「ディギ、しっかり」


 使い魔の声は、落ち着いている。

 落ち着きすぎている。

 それは、冷酷に聞こえるほどだ。


「ディギタリス。ここに来た理由を、思い出してください」


 その声に促されて、その『理由』とやらを、思い出してみた。


 ……自分は、そもそも何でここに来たんだっけ。


 そうだ。

 任務を完遂して、

 昇進して、

 帝都で名を馳せて、

 自分の価値を証明──

 ……。


「……そんなの、どうでも良いでしょ」


「え?」


「──うっ、人が死ぬのよ! もうすでに死んでいる! こんな状況で、私一人逃げてどうなるの?!」


 人形のような外見のディギタリスの頬に、涙が流れる。

 その上には、悔しさからの上気した赤さがある。


 夜明け前の薄い青は、ディギタリスの頬の上にも宿って、激情の赤と混合される。

 結果、彼女の顔の上には神秘な色合いが現れた。


「……騎士とか、首席卒業生とか、由緒正しい家の末裔とか、華々しい名前を自負してきたくせに」


 悔しいように、歯を食いしばる。


「っ、いつも、いっつも、人からどう見られるのかばっか気にして、虚栄心だけ満たして、それで、本当に困った時は逃げる?! そんなの、一番の子供は、私じゃない!! 遊びだったのは、私の方じゃない!!」


「…………ディギ」


 使い魔としては、返す言葉があまりなかった。


「くだらない、ほんとにくだらないわ、私って」


 ディギタリスは続けた。


「自己中心で自惚れているくせに、能力は何もない。……っ、ひぐっ、あの女の子だって、きっと私が数秒早かったら、助けたのに。何で、なんで……。

 こめん。ごめん。ごめん、なさい、っ」


 その謝罪は、きっと、もうこの地上には存在しないものに向かって放たれた言葉だ。


 彼女の泣き顔は、まるで子どものよう。

 ソーフォイオールは、その顔を覚えている。

 ラダウニ邸の庭の隅っこで、人形を抱えたまま、人に見られないように隠れて泣いていた、あの時の小娘とそっくりだ。

 

「私なんか、騎士になる資格もなかった。馬鹿みたいな、箱庭の小娘、だわ」


 今になって、ソーフォイオールには、実感することがある。


 本当に、この娘が、どうしようもなく、純粋だということ。





「──小娘よ、相当悔しいようだな」


 声は、広場から出された。

 泥鬼・イントレドからの言葉である。


 広場から砦の門楼までは、かなりの距離がある。

 そんなに話がやすやす伝えるようなものではない。

 なのに、こっちの呟いた言葉を聞いている。

 どうやら、その怪物は聴覚も優れているようである。


「でも、仕方がないのだ。弱者の出来ることは……逃走が全てなのだ」


 泥鬼は、とても愉快な気分であるらしい。

 その重たそうな体とはどうも似つかわしくない軽快な身動きを見せつけている。


「貴様らニンゲンは全て弱者……少しの個体差はあれども、羽虫の速さ比べにすぎない。私のような上位存在から見れば、どいつもこいつもただの虫なのだ」


 肩をすくめて、良い続ける。


「だったら、逃げることが悪いとは言えないだろう。それしか術がなく、能がないのだ。だったらそれを使いこなして、いつだって逃げて、逃げて、逃げ切ったらそれで良いではないか?

 だから、それは、ニンゲンという劣等種としは当然だ。だから、そんなに悔しがる必要は何一つないのだ。ははっ、ははははははっ」


 笑い声が響き渡る。

 しかし、それを見つめていた少女騎士の方は、笑うつもりなど全くないらしい。


「……あの部屋で聞いた『女神』の言葉が、分かっちゃった。

 いつまでも──『つまらない男』なのね、あなた」


 女神、コンキリオウが発していたのと同じ言葉を、ディギタリスは自分の口で言う。


 それは、はっきりと伝えられた。

 愉快そうだった怪物の顔は、瞬時に顰められた。


 少女騎士の応答に、ソーフォイオールは愕いた。


「……ディギ、今は、彼を刺激しない方が良いと思います」


「いいえ」


 しかし、ディギタリスは首を横に振る。


「今分かったの。あの泥浴びの本質を」


 彼女は立ち上がり、広場の中央の泥鬼を見下ろす姿勢を取る。

 彼女の顔色は、まるで不浄のものを見ているよう。

 まるで、『美の女神』の、あの紅の双眸みたいだった。


「『逃げること』があなたの本質、さがだったのね」


 ディギタリスは、断言した。


「人間で居続ける程強くないから、あの汚い泥を選んで、人間存在の重みから逃げた。だが、人外の世界からも愛されなくて、捨てられた」


 それが、少女騎士の診断だった。


「自分勝手に相手に愛を押し付けて、それが答えられなかった途端、暴力を振る舞う。そして今はその鬱憤を、関係ない周りに晴らして、また逃げようとしているだけ。本当に、弱くて、卑怯で、ちっぽけで、つまらない、男。

 ──つまらない『ニンゲン崩れ』。それがあなたの本質。

 イントレド・バイネローホ、つまりあなたは、世界で一番小さな男だったのね」


「──ッッッ!!! 何だとォォォ!!!」


 激憤は、空気を通じて伝達される。

 その泥鬼は、もはや目に見える誰もかもを殺す気でいる。

 このままでは、絶対に生き延びられないということが、分かった。


 それを理解したはずなのに、妙にもこの少女騎士はビクッともしない。

 その横顔には、何かの決心が垣間見える。


「──まさか、ディギ」


「うん、ここで、使おう」


 彼女は、使い魔に向かって頷いた。


「ソーフォイオール、アンタの全部、ここで解放して。あの男を殺すために」


 それを聞かれたソーフォイオールは、驚いて、また悲しんでいる様子だった。


「で、でも!! それを使ったら、ディギは──」


「それで良いの」


 少女騎士は、笑っている。


「大丈夫。私がいなくなっても、ラダウニの血は絶えていない。だからソーフォイオールとラダウニ家の盟約は続く。

 多分兄様は今後誰かと結婚するだろうから、そこからも。

 そして今はまだ早いけど、コンフェルデッティも成年したら子孫を残すだろうね」


 それほどまで純粋な笑みをディギタリスから見たことは、いつぶりだったか?

 ソーフォイオールは、思い出せなかった。


「これからあなたは、新しく産まれるはずの私の家族に専念してちょうだい。もちろん、お母様も叔母様にも……そしてお父様にも、直接伝えないのはつらいけど、私からの挨拶を、あなたから伝えてね」


「ディギ、そんな!!」


 使い魔は、胸に手を置いて、訴えようとした。


「そんな、これが最後だなんて、急すぎますよ!!」


「……ディギタリス・ラダウニは、立派な騎士として死んでいったって、ちゃんと伝えてね?」


 少女騎士は、苦笑いをする。


「私、やっぱり虚栄心強いから、いつも偉そうで不機嫌そうに振る舞ってばっかの小娘だったって、皆におもわれるのは嫌だから」


 ソーフォイオールはこの少女のこんな顔が好きだった。

 たまに自分に見せる、純粋に満開した笑顔。

 彼女が騎士になってから、いつしか見せなくなった顔。


 ディギタリスは、その目尻に雫を凝結させている。

 その事実が、ひどく嫌な予感をさせてしまう。


「ディ、ギ……」


「さようなら、ソーフォイオール」


 少女騎士は言った。


「今まで守ってくれて、ありがとう」


 それが、ディギタリス・ラダウニの最後の言葉だった──





 ──と、思った。


「感動の別れを、邪魔して悪ぃんだけど」


「──えっ」


 後ろの崩れた邸の壁の闇の中から、何時間の間に聞き慣れしまった声が聞こえた。


「俺、まだ死んでねぇぞ。なに勝手に決めつけて、死を覚悟してんだ」


 両頬に現れたひょんな紋様。

 ボロキレのマントで纏われた丈夫な体。

 栗色の混じった黒髪と無精ひげの靡き。

 そして、その右手には、長い鋼の杭。


「お前みたいな小娘には早すぎんだろ。その必要は、ねぇよ」


 杭打、番馬つがいば有鱈うたらだ。


 荒い息を上げて、体の所々に傷を負って、口からも吐血の痕が残っているが。

 それでも、どうにか倒れないでいる。

 まだ、生きている。


「あ、アンタ、アンタ……!!」


 ディギタリスの頬は、さっきよりも赤くなっていた。

 目尻の雫が更に大きくなって、やがては流れ出してしまう。

 だが、それは悲しいからではない。

 むしろその真逆のものである。


 有鱈は、門楼の前まで跳躍して渡ってきた。

 塔の真上に、彼は堂々と立っている。


 少女騎士の方を一瞥して、言う。


「……まぁ、少し見てろよ。もうすぐ終わるから」


 杭打は深呼吸をした。

 そして、東の空を一瞥した。

 何分もあれば、日の出の頃だ。

 明るくなった天空が、恐ろしかった夜の影を祓おうとしている。


「――――」


 有鱈は、両手を合わせた。

 その動作は、まるで祈祷する人の、合唱にも似ている。


 そして彼は、持っていた杭を合掌した両手の間に挟んでいる。


 彼は、呟いた。


「────『背反術はいはんじゅつ』」


 そんなことを名状する。

 その目は、瞑ったまま。


「……これは」


 ディギタリスは、彼の体から奇妙な流れを感じた。

 何かのエネルギが、杭打を中核にして集まっていた。

 だが、それは魔術とは違う。


 いったい、彼は何を為せるつもりなのか。

 それが理解できなかった。


「まだ、まだ、まだ死んでいなかったのかァ!!!」


 相手の存在を再び認識した泥鬼は、塔の上の彼を指さして言った。


「どれだけ諦めが悪い蛆虫なのだ、貴様はァ!!!」


 その動作は、まるで距離を測るようだ。


「貴様は、もう存在自体が滅ぼされるまで木っ端微塵にして、二度と蠢かないようにしてやる!!! そして、その後は、この街にたがっている全ての不愉快なニンゲンどもを始末してやる!!! あの蛆虫が終わったら、後は貴様、恐れ知らずに私を謗った火取蛾の小娘だァ!!!」


 その殺人予告は、確かに恐るべきものだった。


 だが、杭打は動じない。

 その間にも、ふしぎな気の流れは有鱈に集中され続ける。


「────『解放の印』」


 それを言った途端、彼の持っていた杭に異変が発生した。

 気の流れは、その鋼の棒に集中されて、集約される。

 まるで溝に引っ込まれてゆく驟雨のたまりのように。

 やがては、肉眼で見えるような形を取った。


 それは────黒くも白くもない、不思議な光の塊である。

 もとの杭の形に纏い、それから前後に伸ばされて、やがては2メートルを超える大きさになった。


 有鱈は合掌の姿勢を崩し、右手にそれを握りしめた。


 そして彼が取った姿勢は。

 まるで、槍を投げる投手のような、そんな姿勢。


「ツガイバっ、ウタラ────ッッ!!!!!」


 轟音を出しながら、地上からあの怪物は飛び上がる。

 そのとんでもない跳躍力の先に光る爪先が狙うのは、

 もちろん、杭打という男。


 だが、それが届く前に、


「────は、ああああああああ!!!!!」


 有鱈は、右手に握っていた、あの白黒光の纏われた杭を、擲つ。


 それは、恐ろしい速度を持っている。


 その勢いを止められるものなど、どこにもいない。

 それが為せようとする意志はただ一つ。

 前方の何もかも、破壊しつくす、ということ。


「────」


 それは、飛びかかるイントレドの巨躯の腰の部分に直撃する。


 まるで灼熱する音と、数多くのぎざに削られる音が合わせられたような響きが、広場の全域にどよもす。


 白黒の光の前進は、ずっとずっと続いた。

 やがては、その意志を妨害するものが何も残らないまで続く。

 そして、やっとそれが為された時────


「う、うあああああ────ッ!!!!」


 怪物は、情けない悲鳴を上げた。

 その巨躯は、真っ二つになってしまう。


 その起点は、彼の腰の部分。

 上半身と下半身が、まるで別物のように、別れてしまったのだった。


 力を失った醜悪の巨体は、攻撃する力を完全に失い、


 そのまま、墜落した。





❖   ❖   ❖





 ……。


 朝がやってきた。

 朝はいつだってやってくる。


 暁前までどれほどの悲鳴と絶望が描かれたのかなど、登る旭は無関心なのだ。

 ともかくも、この輪なりは、いつまでも巡り続ける。





 泥鬼の身体を吹き飛ばして間もなく、しののめから旭が登る。


 その圧倒的な光が、不浄な肉と血を散々浴びたこの北方の街を照らした。

 それを受け入れざるを得ない万象は、満遍なく清らかな佇まいを自分の中に宿らせるようになるのだ。

 全ての錯綜とさまよいが解かれて、何もかも昇りのための翼を得る。

 そんな力が、太陽にはあった。


 それをあの男が、感激に近い表情で拝見している。

 有鱈は、目が遠くなるような光明に向かって、両腕を広く開いた。

 そして、言う。


「糧を、与え給え」


 今までずっと息を忘れたように、忙しく、大気を何度も吸って、また吐く。

 その度、白い煙が彼の無精髭の真ん中から放たれて、すぐ霧散する。

 その白さが、冬の朝の碧さを一段と際立たせる。


「────」


 やっと、その呼吸が安定した頃。

 有鱈の瞼が下ろされた。


 次の瞬間。

 杭打は、そのまま後ろに倒れてしまった。







❖   ❖   ❖





第一章「春失くし」、これで終了です!


いや、やっと終りましたね。

ここまで来られるとは、確信が無かったんで、感激です。

今まで見てくださった皆様に、本当に感謝します!


とにかく、第一章終了です。

お疲れ様です!

ありがとうございました!


また会いましょう!

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