序文 誕生
「────だっこをしましょう」
妖艶な声は、そう言う。
甘くて、甘くて、
聞くものを全部溶かしそうな、そんな声。
引っ攣れを超えて、生殖器は脈打つように蠢き始める。
脈動に合わせて、空気を握りつぶす重圧も強くなった気がする。
その程度は激しすぎて──やがて、猛暑の下のような、陽炎を見せる。
だがあいにく、ここは酷寒の真冬の北方の地なのだ。
「キャ───ッ!!! ヤ───ァァッ!!!」
隣で、そんな悲鳴が上がる。
巻き毛赤髪の、人形のような見た目の少女の悲鳴だ。
それを聞いて最初に感じたのは、うざったさだった。
彼女がただただ馬鹿馬鹿しくて、たまらなかったのだ。
そんな醜悪な声をしてどうなるというのか?
できるなら、黙っていて欲しかった。
黙って、これからの誕生を見守って欲しかった。
番馬有鱈の目は、その肉塊の動きに釘付けになっていた。
もっと正確には、そのちらつかせる亀裂の向こう側を覗こうとする。
あそこから、何かが力強く産まれこようとする。
今の全ての騒ぎは、そのための羊水の中の泳ぎ、強靭な胎動。
つまり兆しであるのだ。
瞬時、見えてきた。
彼方から産まれるその現象の、手がかりが。
周辺の魔力の揺れみたいなものも少しは安定して行く。
その重さは一秒ずつ増してゆく。
だが、しっかと自分を認識した生物のように、
自分の形を分かった命のように、安静の状態に落ち着いていく。
亀裂からはみ出して来た最初のものは、真っ白い足先だった。
そこから産まれる赤子は何かの粘膜に包まれている。
しかし、それを破って、初めて世界の空気と接触しようとする。
生殖器の両の花弁は、その産まれを扶助し促すようだ。
排便する大腸の動きのように、中身を外へ押し上げる。
それは相反する雑多なものでいっぱいになっていた。
神聖と醜悪。
姦しさと静けさ。
冒涜的運動の悲しさと生命水のありがたさ。
観察者は、その矛盾の塊を拝見していて、ただ絶望に似た驚歎を覚えるほかはなかった。
「────」
いよいよ──赤ん坊は床に独立していた。
母体から離れて、世界に一人存在しきっている。
それは、裸の、瞑目の、華奢な体つきの、女。
髪の毛は赤褐色。肌は真っ白だが、血の色がよく回っている。
この世のものではないと思えるくらいの、艷やかさと、厭らしさだ。
彼女は、目を開いた。
真っ先に、その紅の双眼は有鱈の存在を確認する。
彼女は、にっこりと嗤った。
そして言う。
「こんばんは。私は美の女神──コンキリオウ、と申します」
これで本当に始まりです。
よろしくお願いします!




