EP 3
経済封鎖の絶望と、極貧アイドルの決意
「……アカン。今日も『エラー』や。L-Payの決済サーバーから、完全に弾かれとる」
ポポロ村の広場にあるコンビニ『タローソン』。
そのレジ前で、財務担当のニャングルが忌々しげに舌打ちをした。
普段なら、ルナミス帝国からの観光客や近隣の冒険者たちで賑わい、魔法のQR決済音が「ピピッ♪」と軽快に鳴り響いているはずの店内は、文字通り閑古鳥が鳴いていた。
商品棚はスカスカになり、物流トラック(魔導装甲車)の姿もない。
内務卿オルウェルの情報操作によって「反社村」のレッテルを貼られたポポロ村は、大国による完全な『経済封鎖(兵糧攻め)』を受けていた。
広場の隅では、農家のおじさんたちが、山のように積まれた『月見大根』や『太陽芋』を前に頭を抱えていた。
「どうすんだべ……。ルナミスの市場からの発注が全部キャンセルになって、このままじゃ野菜が腐っちまう……」
「嘆いても無駄だ、人間ども」
農家のおじさんの隣で、突然変異のポーン『ネギオ』がポポロシガーをふかしながら冷たく言い放つ。
「これぞ巨大資本主義の脆弱性よ! オルウェルという一人の管理者の『鶴の一声』で、物流という大動脈が止まる。需要なき供給は、ただの有機廃棄物に過ぎん。……プラトンの言う『国家』のイデアがいかに脆いか、思い知ったか!」
ネギオは哲学的な正論で農家を論破するが、その葉巻を握る手(蔦)も悔しさで微かに震えていた。
一方、定食屋『ポポロ屋』の店内。
厨房では、リアンが無言で中華鍋を振るっていた。
「……出来たぞ。肉椎茸とロックバイソンの特製大和煮丼だ。食え」
カウンターに置かれた、三ツ星シェフの技術が詰まった極上の丼。
普段なら歓声を上げて飛びつくはずのルチアナやリーザ、そして下級天使のキュララだが……今日は誰一人として箸を伸ばさなかった。
「……ごめんなさい、リアンさん。胸がいっぱいで、喉を通りませんぅ……」
リーザが、どん暗い瞳でうつむく。
「私の……私の配信のせいで、皆さんの生活が……ポポロ村が……っ」
キュララに至っては、大粒の涙をポロポロとこぼして泣きじゃくっている。
(……チッ。どんなに美味い飯を作っても、食う人間の『心』が死んでちゃ、どうしようもねぇな)
リアンはエプロンを乱暴に外し、深々とため息をついた。
暗殺術も、極上の料理も、ネットの向こう側にいる『一億人の悪意(炎上)』には届かない。リアン・クラインというチート存在が、初めて味わう完全な「無力感」だった。
「……湿っぽい顔してんなや、自分ら」
その時。
バンッ! と勢いよく扉を開けて、ニャングルが店に入ってきた。
彼の目は、決して死んではいなかった。それどころか、凄まじい『商人の執念』でギラギラと発光しているようにすら見えた。
「ええか? ワイら九尾族や猫耳族の商人はな、大損こいた時こそ笑うんや。……オルウェルのメガネは、ワイらを『情報』で孤立させて殺す気や。なら……こっちも**『情報』**で反撃するまでや!」
「情報で反撃って……どうやって?」
ルチアナが顔を上げる。
ニャングルはニヤリと笑い、黒板に『反脆弱性』という文字を書き殴った。
「ええか? 今、ポポロ村はルナミス帝国で一番『検索』されとる。炎上やろーがフェイクニュースやろーが、**【1億人の注目】**が集まっとるんや! これを逆手に取らん手はないやろ!」
ニャングルは算盤をバチィッ!と弾いた。
「ルナミスの検閲を受けん、地下帝国ドンガンの『裏の魔導通信網』を使う! そこで、村を挙げての【超大型・生配信フェス】をブチ上げるんや! 嘘偽りのない、ワイらの最高のメシと、最高のエンタメを、大陸中に直接叩きつける!」
「……なるほど。相手の土俵で、真っ向から殴り勝つってわけか」
リアンが口角を上げる。
「せや! ただし……問題が一つある」
ニャングルは、泣き腫らした顔のキュララを見た。
「キュララはんは今、アンチの標的にされとる。メインを張れば、フェスそのものがスパムで潰される危険がある。……この一世一代の配信の『センター』を張れて、なおかつ一瞬で一億人の心を奪えるような、圧倒的で純粋な『光(才能)』が必要なんやが……」
ニャングルの言葉に、再び沈黙が落ちる。
そんな都合の良い、圧倒的な才能を持つ者が、この辺境の村にいるはずが……。
ガタッ。
その時、丸椅子から立ち上がった小さな影があった。
「……私、歌います」
全員の視線が集中する。
そこに立っていたのは、いつもみすぼらしい芋ジャージを着て、パンの耳をかじっている極貧の人魚姫――リーザだった。
「私……ずっと、誰かの施しを受けて生きてきました。炊き出しに並んで、試食コーナーでお腹を満たして……でもっ!」
リーザは、店の隅にあった『みかん箱』を引っ張り出し、その上にドンッ! と力強く立ち上がった。
「私だって、元・シーラン国の親善大使です! そして……『アイドル』です!!」
リーザの瞳に、かつてないほどの『真の光』が宿っていた。
ポンコツでも、極貧でもない。誰かを笑顔にするために生まれてきた、本物のアイドルの輝き。
「私の歌で……ポポロ村の本当の魅力を、世界中の人に届けます! フェイクニュースなんか、私の『Love & Money』で全部吹き飛ばしてみせますっ!!」
みかん箱の上に立つ少女の宣言に、ポポロ屋の空気が一変した。
絶望のどん底にあった村に、一筋の、しかし強烈な『反撃の光』が差し込んだ瞬間だった。
「……フッ。言ったな、極貧アイドル」
リアンが、再びエプロンを締め直す。
「お前が世界を相手に歌うってんなら……俺は、裏方として最高の舞台(メシと環境)を用意してやる」
「ニャハハ! 決まりやな! ポポロ村の全戦力を投入した『絶対防衛フェス』の開幕や!!」
かくして、物理と暴力を封じられたポポロ村は、彼ららしい「エンタメ」という武器を手に、ルナミス帝国との前代未聞の【情報戦】へと挑むことになったのである。




