EP 8
『流星脚』の銛と、究極の神経締め(解体ショー)
「いっけぇぇぇぇっ!!」
暴風雨が吹き荒れる夜の海に、キャルルの可愛らしくも恐ろしい掛け声が響き渡った。
満月ではないが、彼女の脚力は常軌を逸している。クラウチングスタートからの爆発的な踏み込みでマストを蹴り折り、時速100キロを超えるトップスピードで空中へと跳躍。空中で美しく一回転し、全体重と闘気を踵に一点集中させる大技。
『流星脚』!!
ドゴォォォォォォォォォンッッ!!!
キャルルの踵が、海面から突き出たマグローザの巨大な眉間に、文字通り『隕石』のような凄まじい運動エネルギー(約33,750ジュール)を伴って激突した。
鋼鉄の装甲船すら凹ませるその一撃は、マグローザの分厚い鱗と頭蓋骨越しに、巨大な脳髄へと強烈な脳震盪を引き起こした。
「ギ、ギュルルルル……ッ!?」
白目を剥き、巨体をビクンッ!と痙攣させて動きを止めるマグローザ。
致命傷には至らないものの、その規格外の巨体が完全に「スタン状態」に陥った。
「ナイスだ、キャルル! 完璧な『銛』だぜ」
その瞬間、リアンが動いた。
揺れる甲板を蹴り、マグローザが船体に倒れかかってきたその巨大な頭部へと飛び乗る。右手には、銃と剣が一体化した恐るべき殺戮兵器『銃口剣』が握られていた。
「いいか、お前ら! 魚ってのはな、暴れさせてストレスをかけると身に血が回って味が落ちるんだ! 鮮度を最高級の状態で保つための基本は、一瞬で脳と脊髄を破壊する『神経締め』だ!」
「お前、あんな巨大魔獣相手に『鮮度』気にしてんのかよ!!」
邪神デュアダロスが、あまりの料理人思考にツッコミを叫ぶ。
「当然だ。こいつの身は、俺たちの借金をチャラにする『金塊』だからな」
リアンは銃口剣のスイッチを切り替えた。
『ヒート・ブレイズ・エッジ(焦熱灼刃)』!!
シュゥゥゥゥッ!!
刀身が一瞬にして数千度の熱を帯び、赤熱化して眩い光を放つ。
リアンはマグローザの延髄(頭部と背骨の境目)に狙いを定め、赤熱化した刃を突き立てた。
「硬ぇ鱗だが……熱で溶かせばバターと同じだ!」
ジュワァァァァァッ!!
装甲のように分厚いマグローザの鱗と皮膚が、高熱の刃によって抵抗なく焼き切られ、銃口剣が深々と急所へと突き刺さる。
「仕上げだ。……極上の大トロとして、美味しく食ってやるよ」
リアンは冷徹な暗殺者の目で、剣を突き刺したままの状態でトリガーに指をかけた。
『ゼロ・インパクト』!!
ドシュゥゥゥンッ!!
剣の内部に装填されていた、357マグナム弾並みの威力を持つ魔力カートリッジが、マグローザの『体内(延髄)』で直接炸裂した。
外部への爆発は一切なく、音すらも鈍い。しかし、その破壊力はマグローザの中枢神経をピンポイントで、かつ一瞬にして粉砕した。
ビクンッ、とマグローザの巨体が最後に一度だけ跳ねた後。
ピンと張っていた背ビレが力なく垂れ下がり、その巨大な質量が、完全に『ただの新鮮な極上肉』へと変わった。
「……フゥ。完璧な『神経締め』だ。血抜きもバッチリだな」
リアンは赤熱化を解いた銃口剣を引き抜き、シュッと空中で血振るいをしてホルダーに収めた。
「「「…………」」」
第三天魔丸の甲板は、嵐の音だけが響き、奇妙な静寂に包まれていた。
荒くれ者の漁師たちも、インテリヤクザの邪神も、全員が口を開けて呆然としている。
「す……すっごぉぉぉい!! リアンさん、カッコいいですぅ!」
「信じられない……あんな伝説のバケモノを、マグロの解体ショーみたいな手際で瞬殺するなんて……ッ!」
ゲロまみれでへたり込んでいたリーザとルチアナが、目を輝かせて立ち上がった。
「よし、野郎ども! ボーッとしてねぇでクレーンを回せ! 最高級の大トロだぞ! 傷をつけずに船倉に引き上げろォ!!」
リアンがパンパンと手を叩いて漁師たちに指示を出すと、我に返った海の男たちが「ウオォォォ!! 大漁だァァァ!!」と歓声を上げて動き始めた。
「……おいおいおい。なんだあの料理人、マジでバケモンじゃねぇか」
デュアダロスが、冷や汗を拭いながら葉巻を咥え直す。
かくして、ルチアナとリーザの借金と嘔吐から始まった絶望のマグロ漁船の航海は、リアンの『究極の調理技術(暗殺術)』によって、奇跡の大漁という形で幕を下ろした。
あとはこの規格外の獲物を港で売り払い、忌まわしき5000金貨(8000金貨)の借金とオサラバするだけである。
……だが、この時のルチアナたちはすっかり忘れていたのだ。
彼らがポポロ村に帰った後、借金を返済した『残りカス』の小銭で、リアンがどんな「打ち上げの宴会」を用意しているかということを。




