EP 7
強襲! 伝説の魚獣『マグローザ』
ズゴォォォォォォォォォンッッ!!!
漆黒の海面が爆発したかのように吹き上がり、数万トンの海水が第三天魔丸の甲板に降り注いだ。
「ヒィィィッ!? な、なんやアレはぁぁぁ!?」
ニャングルがマストにしがみつきながら、悲鳴を上げて天を指差す。
雷光に照らし出されたソレは、もはや「魚」という概念を逸脱していた。
全長は第三天魔丸を遥かに凌ぐ五十メートル超。鋼鉄のように黒光りする流線型の巨体、大木のような太い背ビレ。そして、船を丸ごと飲み込めそうなほど巨大な口には、サメのように鋭利な牙が何重にも生え揃っている。
伝説の巨獣。遠洋の悪魔、**『マグローザ』**である。
「ウ、ウソだろ!? マグローザって、普通はこんな浅い海域には出ねぇはずだぞ!!」
漁師たちがパニックに陥り、甲板を逃げ惑う。
「クソッ! アノ馬鹿どもが撒き散らした『神と人魚の魔力』の匂いに釣られて、深海から浮上してきやがったんだ!」
アルマーニのスーツをずぶ濡れにした邪神デュアダロスが、葉巻を噛み砕きながら悪態をつく。彼でさえ、海という絶対的なホームグラウンドで、この規格外の巨獣を相手にするのは分が悪かった。
「グルルルルルルル……ッ!!」
マグローザの巨大な眼球が、甲板でへたり込んでいるルチアナとリーザを正確に捉えた。
撒き餌の『発生源(本体)』である彼女たちを、極上のエサと認識したのだ。
「ひぃぃぃっ! こっち見てるぅぅ!」
「ル、ルチアナ様ぁ! 私、あんなののお刺身になりたくないですぅ!」
二人が抱き合ってガクガクと震える。
バシャァァァァンッ!!
マグローザが巨大な尾ビレで海面を叩き、その反動で第三天魔丸へと巨体を突進させてきた。
「アカン! 船が真っ二つにされるでぇ!!」
ニャングルが目を覆う。デュアダロスが懐からトカレフを抜くが、あんな巨大な質量兵器に対して鉛玉など豆鉄砲にもならない。
絶体絶命。誰もが死を覚悟した、その時。
「……チッ。面倒くせぇ」
甲板のド真ん中で、一人だけ全く動じていない男がいた。
リアンである。
「お前ら、よく見ろ」
リアンの声は、嵐の轟音の中でも不思議なほどハッキリと、全員の耳に届いた。
「あの巨体、あの黒光りする鱗……そして、脂の乗り切った分厚い腹のシルエット。……間違いねぇ。アレは最高級品の『大トロ』の塊だ」
「……えっ?」
ルチアナとリーザがポカンと口を開ける。
「借金5000枚だか8000枚だか知らねぇが……あのマグロを一匹水揚げすりゃあ、そんなモン一瞬でチャラになるどころか、お釣りでポポロ屋の新しい冷蔵庫が買えるぜ」
リアンは静かに、腰のホルダーから愛用の『銃口剣』を引き抜いた。
その瞳は、もはや「面倒事に巻き込まれた一般人」のそれではなかった。
獲物を解体して極上の皿に仕立て上げる『三ツ星の副料理長』の情熱と、確実に命を刈り取る『元・暗殺者』の絶対零度の殺意が、見事に融合した恐るべきプレッシャー。
「おい、キャルル。監視役の仕事の時間だ」
「はーいっ☆」
リアンの呼びかけに、マストの頂上にしゃがみ込んでいたキャルルが、楽しげにウサギ耳を揺らした。
満月ではないが、彼女の脚力は健在である。特注の強化靴が、ギチギチと闘気を溜め込み始めている。
「デュアダロス! 船が沈まねぇように、てめぇの重力魔法で海面を固定しろ!」
「あぁん!? なんで俺がてめぇの指図を……チッ、船が沈んだら元も子もねぇ! 今回だけだぞ!」
邪神が舌打ちをしながら、両手を海面に向けて放ち、巨大な波の衝撃を相殺する。
「ルチアナ、リーザ! お前らはそこでそのまま震えてろ! 最高のエサ(囮)だ!」
「「囮扱いィィ!?」」
リアンは銃口剣のシリンダーを弾き、特製の『357マグナム弾並みの魔力カートリッジ』が6発装填されているのを確認した。
「さぁ、最高の解体ショー(一本釣り)の始まりだ。……キャルル、いけ!」
「了解ですっ☆ 『流星脚』!!」
ドゴォォォォォンッ!!
キャルルがマストを蹴り折るほどの凄まじい脚力で、空高く跳躍した。
マッハの速度で放たれたウサギの飛び蹴りが、迫り来る巨大マグローザの眉間を狙って、文字通り『流星』のように真っ直ぐに突き進んでいく。




