EP 6
大時化と、究極の撒き餌
「うぉぉぉっ! 波がけぇぞ! 帆を畳めェ!!」
「新入り! お前らも死にたくなきゃロープを引っ張れェ!!」
深夜のルナミス沖合。漆黒の海は突如として荒れ狂い、第三天魔丸は『大時化』の真っ只中に放り込まれていた。
山のように巨大な波が甲板を打ち据え、船体は遊園地の絶叫マシンのように上下左右に激しく揺さぶられる。屈強な漁師たちですら足元をふらつかせるほどの、まさに地獄の海であった。
そして、その地獄の中心で。
「あ……うぅ……あ、アタシ……もう……限界……」
「ルチアナ様ぁ……世界が、世界がグルグル回ってますぅ……」
甲板の端にしがみついているルチアナとリーザの顔色は、もはや『土気色』を通り越して『半透明』になりかけていた。
無理もない。
日頃からコタツでゴロゴロしているニート神と、反復横跳びしかしていない極貧アイドルである。
そこに『慣れない遠洋漁業の重労働』と『FXとチンチロによる8000金貨(約8000万円)の借金ストレス』がのしかかり、とどめにこの『殺人級の船の揺れ』である。
二人の三半規管と胃袋は、とっくに限界のレッドゾーンを突破していた。
「おい、お前ら! 飛ばされるぞ、船室に……って、おい! 顔がヤバいぞ!」
異変に気づいたリアンが駆け寄る。
しかし、遅かった。
「……う、うっ……借金……5000枚……いや、8000枚……」
ルチアナの瞳からハイライトが消え、口を大きく膨らませる。
「……サバ缶……オーガニック雑草……」
リーザもまた、涙目で限界を迎えていた。
「「オロロロロロロロロロロロロロロロロロォォォォォォォォォッッ!!!」」
二人は船のへりから身を乗り出し、荒れ狂う漆黒の海に向かって、胃の中のものをありったけブチ撒けた。
「うおっ!? 汚ねぇな! ……って、ん?」
リアンは鼻を覆おうとして、ピタリと動きを止めた。
海に撒き散らされたのは、ただの吐瀉物ではなかった。
創造神ルチアナの体内に宿る『神のオーラ(神気)』と、人魚姫リーザが持つ『海産物の王族としての魔力』。
そこに、ポポロ村で摂取した『特売のサバ缶』『タンポポとヨモギの雑草サラダ』、そして『8000金貨の借金という極限のストレス物質』が複雑に絡み合った、世にも恐ろしい**『究極のブレンド撒き餌』**だったのである。
ポチャン……ジュワァァァァァァァッ!!
二人の『撒き餌』が海面に触れた瞬間、真っ黒だった海が、突如として不気味な黄金色に発光し始めた。
「……な、なんだ!? 海が光ってやがるぞ!」
甲板から身を乗り出した漁師たちがどよめく。
ボボボボボッ! バシャバシャバシャバシャッッ!!
光る海面に向かって、深海から無数の魚群が弾丸のようなスピードで飛び出してきた。
ピラダイ(ピラニア鯛)や、巨大な深海ザメ、さらには見たこともない奇怪な海獣たちが、二人の吐き出した『究極の撒き餌(神と人魚のゲロ)』を求めて、狂乱状態となって海面を埋め尽くしていく。
「ヒィィィッ!? なんやあれ! 魚が……海中の魚が全部集まってきとるで!!」
船室から顔を出したニャングルが、恐怖で猫耳を逆立てる。
「……おいバカ。お前ら、海になんてモンを食わせやがった……ッ!」
リアンが顔を引きつらせて海面を睨む。
神の力と人魚の魔力が凝縮されたそれは、海の生物にとっては『極上のマタタビ』、あるいは『究極のドーピング剤』に等しかったのだ。
「オイ! どうなってんだ! なんでこんなに魔物どもが寄ってきやがる!!」
船長室から飛び出してきた邪神デュアダロスも、周囲を取り囲む狂乱の海を見て、葉巻を落として青ざめた。
「ゲホッ、ゴホッ……あー、ちょっとスッキリしたわぁ……」
「……はいぃ……胃の中が空っぽですぅ……」
そんな阿鼻叫喚の甲板で、全てを出し切ったルチアナとリーザだけが、青白い顔のままスッキリとした表情でへたり込んでいた。
だが、二人の『究極の撒き餌』が呼び寄せたのは、ザコ魚の群れだけではなかった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ッ!!
突如、海底から響くような重低音が第三天魔丸を震わせた。
狂乱していた魚群が、怯えたように一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「……おいおいおい、嘘だろ」
リアンが、海面の下から急速に浮上してくる『巨大な影』を見つめて呟いた。
それは、船の何倍もの体積を持つ、絶望的な質量の塊。
「ゲロの匂い」という最悪のトリガーによって、この海域の真の主、伝説の魚獣『マグローザ』が、ついにその巨大な姿を現そうとしていたのである。




