EP 3
金貨5000枚の消失と、ブチギレる金庫番
「……あ、あの……リアンさん……」
翌朝。ポポロ屋の開店準備をしていたリアンの視界に、世にも奇妙な光景が飛び込んできた。
店の土間で、この世界の創造神と、元シーラン国親善大使が、額を地面にこすりつけ、見事なまでの「土下座」を披露していたのだ。
そしてその前には、相棒の算盤を真っ二つに叩き割り、こめかみに太い青筋を浮かべた猫耳商人が立っていた。
「……何をしてるんだ、お前ら。開店早々、縁起でもねぇ」
リアンが呆れて声をかける。
「リアンはん……聞いてえな。コイツら……コイツら、やりよったんや……ッ!!」
ニャングルの声は、怒りと絶望で激しく震えていた。
「どうしたんだ、ニャングル。その算盤、ゴールドランクの特注品だろ」
「算盤どころの話やあらへん!! ワイがコツコツ貯めて、L-Payのシステムホールを突いて運用しとった『秘密の投資用裏口座』……コイツら、パスワードを盗み見て勝手にログインしよったんや!!」
「……あ」
リアンの脳裏に、昨夜のルチアナの「天井を抜ける」という言葉が蘇る。
「それで、全財産を……**『レバレッジ1000倍』**とかいう、神も仏もあらへん地獄の倍率で、一気に全ツッパしよったんや! そして今朝……強制ロスカットで、口座がスッカラカンどころか、莫大な『追証(借金)』が発生しとるんやぁぁぁ!!」
ニャングルが発狂したように叫ぶ。
リアンは恐る恐る、その金額を尋ねた。
「……いくらだ。被害総額は」
「合わせて、金貨5000枚や。……手数料込みでな」
「ご、5000枚……ッ!? 五千万円だと!?」
簿記1級を持つリアンの計算能力が、瞬時にその数字の重さを弾き出した。ポポロ村の年間予算が吹き飛ぶレベルの巨額である。
「助けてえええ! リアン、なんとかしてえええ!」
「うわあああん! 私、隠しステージだと思ったんですぅぅ!!」
床を叩いて号泣するダメ神と極貧アイドル。
そこへ、騒ぎを聞きつけた村長のキャルルが、冷めた目で「人参茶」をすすりながら現れた。
「……金貨5000枚の借金ねぇ。……これ、現代文学で言うところの『蟹工船(強制労働)』行きじゃないかしら」
「「ひいいいいいいいッ!!?」」
二人の悲鳴が重なる。
「……待ってください、皆さん。そんな悲しい顔をしないでくださいっ♡」
その時、リビングの奥から、純白のドレスを翻してエルフのルナがしなやかに現れた。
彼女の手には、なぜか冷たく輝く『医療用のメス』が握られていた。
「ル、ルナ? な、何故メスを……?」
リアンが嫌な予感に顔を引きつらせる。
「はいっ! お金がないなら、『腎臓』を売れば良いんですよぉ☆」
「……は?」
「大丈夫です♡ 私の最高位回復魔法を使えば、摘出した直後に再生させられますから! つまり、『腎臓取り放題・売り放題の無限錬金術』ですぅ! 私、天才じゃないですかぁ♡」
ルナは天使のような笑顔で、メスをキラリと光らせた。
「「嫌あああああああッ!! 助けてぇぇぇ!!」」
「何処の闇医者だよお前は!! 発想がサイコパスだろ! 戻れ! そのメスをしまえ!!」
リアンが全力でルナを羽交い締めにして止める。エルフの善意は、時として悪魔の所業すら凌駕する。
「……フン。まぁ、腎臓を売るんは後でもええわ」
ニャングルが、凍りつくような笑みを浮かべて二人を見下ろした。
「リアンはん。コイツら、ワイの飼い主(身内)や。……責任、取ってもらわな困りますわ。……ちょうどええ仕事が一つ、舞い込んどるんです」
「……仕事?」
「えぇ。遠洋漁業や。……伝説の魚獣、マグローザを追う『マグロ漁船』や。リアンはんは飼い主として。キャルルはんは、逃げへんよう監視役として。全員まとめて、直行便で送り出させてもらいまっせ」
「俺までかよ!!」
かくして、自業自得の借金5000万円を背負った一行は、ポポロ村の平和を後にし、荒れ狂う大海原へと放り出されることになった。
伝説の魚を仕留めるか、海の藻屑となるか。
絶望の「遠洋漁業編」が、今、幕を開けたのである。




