EP 26
ベンチの相談屋と、エリートの号泣
翌朝。ポポロ村の小さな公園。
朝日が差し込む木漏れ日の中、ポツンと置かれたベンチに、一人の男がうなだれていた。
帝国特別査察官、ユリウス・フォン・クラウゼン。
オーダーメイドの軍服はボロボロの布切れと化し、自慢の銀縁メガネはセロハンテープで無惨に補修されている。
しかし、彼の肉体そのものは、キャルルの『無限全回復ループ』の恩恵により、かつてないほど肌ツヤが良く、肩こり一つない絶好調の状態にあった。
「……もう、嫌だ」
ユリウスは、健康すぎる両手で顔を覆い、ポロポロと涙を流した。
「私利私欲を暴くはずが、隕石で吹き飛ばされ……映画の悪役にされ……一晩中、雷を纏ったウサギに蹴り飛ばされ続けた……。帝国の常識など、この魔境では紙くず以下の価値しかない……。もう、公務員辞めたい……田舎で畑でも耕したい……っ」
エリートのプライドは完全にへし折られ、ただのメンタルを病んだ青年がそこにいた。
『……随分と、お疲れのようだな。お役人さん』
「……ッ!?」
不意に、ユリウスの座るベンチの下から、低く、渋い声が響いた。
驚いて飛び退くユリウスだが、周囲には誰もいない。
「だ、誰だ!? どこから声が……!」
『警戒しなくていい。俺はただの……【ベンチの相談屋】だ』
それは、ポポロ村に伝わる都市伝説。
公園のベンチで悩みを打ち明けると、姿なき賢者が的確なアドバイスをくれるという噂。
(※正体は、リアンが魔物退治の情報収集のために仕掛けた『盗聴器&小型スピーカー』である)
厨房での仕込み中、たまたま盗聴器のスイッチを入れていたリアンは、昨日自分が散々いたぶった査察官のあまりにも可哀想な独り言を聞き、ほんの少しだけ良心が痛み、変声機を通して声をかけたのだ。
「そ、相談屋……? あなたが、噂の……」
『あぁ。お前の泣き言、全部聞かせてもらったぜ。……自分の常識が通用しない場所で、心が折れちまったようだな』
「ッ……! そ、そうなんです! 聞いてください賢者様! この村は異常です! 料理人はサイコパスで、エルフは爆弾魔で、村長はナチュラル・ボーン・キラーなんです! 私が今まで積み上げてきた帝国のエリートとしての人生は、一体何だったのかと……っ!」
ユリウスは、姿なき賢者(※全ての元凶)に向かって、堰を切ったように愚痴と涙を吐き出し始めた。
リアンはキャベツの千切りをしながら、スピーカー越しにふむふむと相槌を打つ。
『……なるほどな。お前は真面目すぎるんだ。自分の「物差し(常識)」で測れないものを、無理に測ろうとするから壊れちまう』
「え……?」
『魔境には魔境のルールがある。悪党の不正を暴く? そんなちっぽけな正義感は捨てろ。お前がすべきことは、その狂気を受け入れ、自分の心を守ることだ。……まずは、身だしなみを整えろ。そして、温かくて美味い飯を食え』
「温かい……飯……」
『そうだ。人間、腹が減ってちゃ絶望しか見えねぇ。あの定食屋に行って、もう一度「生姜焼き」でも食ってこい。そうすりゃ、報告書に何を書くべきか、自然と答えは見えてくるはずだ』
リアンはただ、「うちの店に金(売上)を落としてから帰れ」という営業トークを織り交ぜただけだった。
しかし、心身共に限界を迎えていたユリウスの心には、その言葉が『神の啓示』のように深く、温かく染み渡ってしまった。
(この賢者様は……私がポポロ屋の料理に心を救われたことまで、全てお見通しだというのか……!)
ユリウスの目から、今度は「絶望の涙」ではなく、「感動の涙」がボロボロと溢れ出した。
「あぁ……ありがとうございます、賢者様! あなたの仰る通りです! 私は自分のちっぽけな常識に囚われすぎていた! この村の異常性(狂気)をありのままに受け入れ、私は私の成すべき仕事(報告書)を全うします!!」
ユリウスはベンチに向かって深々と、土下座の勢いで頭を下げた。
「このご恩は一生忘れません! 顔も知らぬ賢者様……いえ、私の人生の師よ!!」
『……お、おう。まぁ、せいぜい頑張れよ』
スピーカーからの通信がプツリと切れる。
ユリウスは立ち上がり、清々しい表情でポポロ屋へと歩き出した。
彼は知る由もなかった。自分が今、一生の忠誠を誓い、人生の師と崇めた相手が、自分を特効魔法の飛び交う映画撮影に放り込み、無限全回復ループの地獄をカメラで録画して笑っていた「あの料理人」であることに。
そして、この見事なまでの「勘違い」が、ルナミス帝国におけるポポロ村の歴史的扱いを決定づけることとなるのである。




